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3話
しおりを挟む『さあ、着きました。ここから速やかにお帰りください』
「え?穴……?」
鴉頭の執事が立ち止まり、白い手袋をはめた指で足元を指すので、柳がその先を見ると、そこには真っ黒な穴がぽっかりと空いていた。
穴と言ってもその先が余りにも深い"闇"過ぎてここだけ黒い塗料でも零したかのようになっている。
全ての光を吸収するほど深い闇の穴は、人が一人通れるかどうかくらいの大きさで、決して大きくはない。
「えーと…ここに入れば帰れるんですか?」
闇の深さにビビった柳は、確かめるようにして鴉頭の執事を振り返る。
すると鴉頭の執事は『ええ、そのはずです』と曖昧な返答でありながらも力強く頷く。
「"そのはず"って…確信なさそうですけど大丈夫ですか!?これ、地獄に繋がってたりしません!?」
柳の言葉に、鴉頭の執事は半ば笑いを含んだ声で『地獄?ここに比べたら地獄の方が天国ですよ』と白い手袋をはめた両手を軽く上げた。
『私の言葉が余りに足りなかったことは謝罪いたします。申し訳ありませんでした。私共はココから出ることが出来ない身ですので、この穴の行く先を正確に把握していないのです』
「そんな…」
『しかし、来訪者の皆さんに共通している点が1つございます』
「ほう」
『その穴に耳をすませてください』
柳は鴉頭の執事に言われるがまま、穴の傍にしゃがみこみ、耳を傾けた。
すると、穴の中から微かに歌声のようなものが聞こえてきた。
『なにか聞こえますか?』
「歌声…?なのかな?とりあえず綺麗な声が聞こえます」
『それは良かった、でしたら貴方の安全は保証されています。どうぞこの穴に飛び込んでください』
「いや展開が速いんじゃ。なんで大丈夫なのよ」
おいそれと畳み掛ける鴉頭の執事に、柳は思わずツッコミを入れる。
「重要な部分聞いてないじゃないの」
『おや、そうでしたか?もしや貴方、契約事項を小さい字の所まで入念に読み込むタイプの方ですか?』
「あの小さい字の所に重要なことが書いてあるのよ…じゃなくて、おい鴉!」
柳がノリツッコミを一人でしていると、鴉頭の執事は『失礼いたしました』と一瞬懐中時計を確認していた。
『お時間が迫ってきていますので、重要事項を手短にご説明いたします。まずこの穴の下は複数の世界の狭間に当たります。貴方のいた現世も含めてです。狭間の世界には満月さんという美しい青年の管理者がいます。彼に今回の事情を話してください、そうすれば現世へと確実に返して頂けるでしょう』
「狭間…?みつきさん?」
『ええ。満月さんには、"橡に言われて穴を通ってきた"と言えば理解して貰えるでしょう』
「つるばみって、あなたの名前?」
『ええ、そうです。満月さんによろしくお伝えください』
「分かりました」
柳が頷き、恐る恐る足から穴へと入ろうとした時、再び橡が柳に声を掛ける。
『そうでした、もう1つ、お別れをする前に約束して欲しいことがございます』
「約束?なんでしょう」
『貴方はもしかしてここに来る直前、"誰でもいいから助けて"のような類いの言葉を言ったか、願ったかされましたか?』
橡の質問に、柳は小さく頷いた。
まさに神への恨みを晴らす為にそんなことを願ったからだ。
『やはりそうでしたか。貴方がココに迷い込んでしまったのはその願いが原因です。この先、どんなに辛くてもその"誰か助けて"と願うのはお止め下さい。その言葉で引き寄せられてくる存在など、真に貴方の願いを成就させてくれるものではありません。他人に願うのではなく、まず自分に誓いなさい』
「…………分かりました」
柳は、橡の言っていることがあまり理解出来ていなかったが、とりあえず頷いた。
(自分ではどうしようも出来ないから縋ったのに…)
曇った表情の柳に、橡は最後にそっと一枚の黒い鴉の羽根を差し出した。
『申し訳ありません、語弊があったかもしれませんが、先程の言葉は貴方を責めている訳では無いのです。ただ、貴方の切なる願いを利用し、楽しもうとする存在がこの世には多過ぎるのです。気休めにしかなりませんが、これをお持ちください。一度だけですが、邪な神から貴方を守ることが出来るでしょう』
「ありがとう、ちょっとまだ私には難しいけど、とりあえず頑張って生きるよ。自分の力で。そういうことでしょ?」
橡から黒い羽根を受け取り、強い瞳で橡を見上げる柳に、橡は『その通りです。貴方ならきっと出来ます。誓いは自分に、そして祈りや願いは月に捧げてください』と優しく囁き、白い手袋をはめた手を鳴らした。
『お別れです、私は二度と貴方と出会わないことを祈っています』
橡が手を鳴らすと、途中まで闇に沈めていた足が急に下へと引っ張られ、柳の体はそのまま穴の中へと引き摺られるように吸い込まれていった。
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