俺達のヴォーカルが死んだ

空秋

文字の大きさ
9 / 15

9話

しおりを挟む

文化祭当日、朝陽はいつもの様に晶を迎えに、晶の家を訪ねた。


そこそこ立派な一戸建てのインターホンを押し、「はい…」という晶の母親の力ない声を聞いて初めて朝陽は自分の失態に気が付いた。


晶をこうして家に迎えに行くのは小学生の時からの習慣だったが、晶が死んでからは意識的に家を出る時間を遅らせたり、別ルートを使っていたのだが、何故か今日に限って一番してはいけないミスを犯してしまった。


「あ、あの…俺…すいません…間違え、ました…」



顔を伏せて朝陽が謝罪すると、すぐに玄関から晶の母親が姿を現した。



息子の晶からは想像出来ないほど気品があり、おっとりとした女性だ。


「久しぶりね、朝陽くん。元気?」


「あ、はい…」


「晶を迎えに来てくれたのね?ありがとう」


「い、いえ…その…すいません…俺、全然わざとじゃないんです…」


気まずそうに顔をしかめる朝陽に、晶の母親は濃いクマが刻まれた目元で笑った。



「分かってるわよ、晶を忘れないでいてくれてありがとう。きっと晶も喜んでるわ」


「あ、あの…」


「?どうしたの?」


"大丈夫ですか?"


そんな質問、誰がして欲しいのか。


朝陽は頭に浮かんだその言葉をかき消して、首を左右に振った。


「あ、いや!なんでもないです!すいません、じゃあ俺、行きます!」



そう言って朝陽が立ち去ろうとすると、「朝陽くん」と晶の母に呼び止められた。



「あ、なんですか?」


「町田くん…て、晶と仲が良かった子なのかしら?」



「えっ…なんで…」


晶の母親の口から町田の名前が出た瞬間、朝陽はギクリとした。


「ふふ、朝陽くん達とバンドをやっているの知ってたけど、町田くんって子には一度も会ったことがなかったからつい気になっちゃって」


「……町田は…最近、晶が俺達のバンドに誘ったんです」



「そうだったの」


晶の母は、朝陽の言葉に微笑みながら頷いた。


「町田が…来たんですか?」


「ええ、そうなの」


晶の母は朝陽の言葉に頷きながら、なにかを懐かしむような目で遠くを見つめた。



「1週間前くらいかしら?突然その子がやって来たの。"晶に貸したものがかるから回収しにきた"って」



「なんて奴だ…」


(晶お前…)


下手にも程がある嘘に、朝陽は内心呆れてため息をついた。


「晶の部屋はそのままだから、好きに探してって家に上げたんだけど、その子が家に上がる時の仕草なんかがとっても"あの子"に似ててね…。ふふ、おかしいわね私。他人のお子さんなのに…あのふてぶてしい様な、いつもなにか企んでそうないたずらっぽい笑顔が………どうしても晶にしか見えなくて…なんだが晶が家に帰って来たような気がして…」


話しながらしだいに涙ぐむ晶の母を、朝陽は胸が張り裂けそうな思いで見つめていた。



今の町田は"晶"だ。


彼女の母親の勘は間違っていない。


しかし、このことは決して打ち明けることは出来ない。


どう足掻いても、彼女の愛した息子は彼女の傍には戻らない。


「おばさん…俺達、晶がその……居なくなって、バンドを辞めようと思ったんです」



「え?」



「だけど続けることにしました。Violetは、晶の夢だったから。アイツは本気でVioletでメジャーデビュー目指してました。むしろ、その先も考えてたと思います。自分が目立ちたいからとか、歌うのが好きだからってだけじゃなくて、アイツは音楽で何を伝えたいのかっていうビジョンがあった。………誰かを支えられる音楽、誰かの生き甲斐になる音楽。そんなバンドを晶は目指してました。その夢を俺達が実現させてみせます、絶対に!Violetが存在する限り、晶の存在も消えません。ずっとずっと、アイツは俺達と歌い続けます」


そう力強く宣言し、朝陽は町田のアパートに向かって走り出した。


そんな朝陽の背中を晶の母は涙でぼやける視界のなか見つめ、微笑んだ。


この時彼女が目に浮かべていた涙は、晶を思う悲哀の涙ではなく、感動の涙だった。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)

大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。 この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人) そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ! この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。 前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。 顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。 どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね! そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる! 主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。 外はその限りではありません。 カクヨムでも投稿しております。

小学生をもう一度

廣瀬純七
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?

さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。 しかしあっさりと玉砕。 クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。 しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。 そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが…… 病み上がりなんで、こんなのです。 プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

不思議な夏休み

廣瀬純七
青春
夏休みの初日に体が入れ替わった四人の高校生の男女が経験した不思議な話

処理中です...