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9話
しおりを挟む文化祭当日、朝陽はいつもの様に晶を迎えに、晶の家を訪ねた。
そこそこ立派な一戸建てのインターホンを押し、「はい…」という晶の母親の力ない声を聞いて初めて朝陽は自分の失態に気が付いた。
晶をこうして家に迎えに行くのは小学生の時からの習慣だったが、晶が死んでからは意識的に家を出る時間を遅らせたり、別ルートを使っていたのだが、何故か今日に限って一番してはいけないミスを犯してしまった。
「あ、あの…俺…すいません…間違え、ました…」
顔を伏せて朝陽が謝罪すると、すぐに玄関から晶の母親が姿を現した。
息子の晶からは想像出来ないほど気品があり、おっとりとした女性だ。
「久しぶりね、朝陽くん。元気?」
「あ、はい…」
「晶を迎えに来てくれたのね?ありがとう」
「い、いえ…その…すいません…俺、全然わざとじゃないんです…」
気まずそうに顔をしかめる朝陽に、晶の母親は濃いクマが刻まれた目元で笑った。
「分かってるわよ、晶を忘れないでいてくれてありがとう。きっと晶も喜んでるわ」
「あ、あの…」
「?どうしたの?」
"大丈夫ですか?"
そんな質問、誰がして欲しいのか。
朝陽は頭に浮かんだその言葉をかき消して、首を左右に振った。
「あ、いや!なんでもないです!すいません、じゃあ俺、行きます!」
そう言って朝陽が立ち去ろうとすると、「朝陽くん」と晶の母に呼び止められた。
「あ、なんですか?」
「町田くん…て、晶と仲が良かった子なのかしら?」
「えっ…なんで…」
晶の母親の口から町田の名前が出た瞬間、朝陽はギクリとした。
「ふふ、朝陽くん達とバンドをやっているの知ってたけど、町田くんって子には一度も会ったことがなかったからつい気になっちゃって」
「……町田は…最近、晶が俺達のバンドに誘ったんです」
「そうだったの」
晶の母は、朝陽の言葉に微笑みながら頷いた。
「町田が…来たんですか?」
「ええ、そうなの」
晶の母は朝陽の言葉に頷きながら、なにかを懐かしむような目で遠くを見つめた。
「1週間前くらいかしら?突然その子がやって来たの。"晶に貸したものがかるから回収しにきた"って」
「なんて奴だ…」
(晶お前…)
下手にも程がある嘘に、朝陽は内心呆れてため息をついた。
「晶の部屋はそのままだから、好きに探してって家に上げたんだけど、その子が家に上がる時の仕草なんかがとっても"あの子"に似ててね…。ふふ、おかしいわね私。他人のお子さんなのに…あのふてぶてしい様な、いつもなにか企んでそうないたずらっぽい笑顔が………どうしても晶にしか見えなくて…なんだが晶が家に帰って来たような気がして…」
話しながらしだいに涙ぐむ晶の母を、朝陽は胸が張り裂けそうな思いで見つめていた。
今の町田は"晶"だ。
彼女の母親の勘は間違っていない。
しかし、このことは決して打ち明けることは出来ない。
どう足掻いても、彼女の愛した息子は彼女の傍には戻らない。
「おばさん…俺達、晶がその……居なくなって、バンドを辞めようと思ったんです」
「え?」
「だけど続けることにしました。Violetは、晶の夢だったから。アイツは本気でVioletでメジャーデビュー目指してました。むしろ、その先も考えてたと思います。自分が目立ちたいからとか、歌うのが好きだからってだけじゃなくて、アイツは音楽で何を伝えたいのかっていうビジョンがあった。………誰かを支えられる音楽、誰かの生き甲斐になる音楽。そんなバンドを晶は目指してました。その夢を俺達が実現させてみせます、絶対に!Violetが存在する限り、晶の存在も消えません。ずっとずっと、アイツは俺達と歌い続けます」
そう力強く宣言し、朝陽は町田のアパートに向かって走り出した。
そんな朝陽の背中を晶の母は涙でぼやける視界のなか見つめ、微笑んだ。
この時彼女が目に浮かべていた涙は、晶を思う悲哀の涙ではなく、感動の涙だった。
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