荒くれ騎士団長のご令嬢、家と領民のため最良の結婚相手を探します

夢見楽土

文字の大きさ
5 / 9

5 公爵家の別荘

しおりを挟む
 春分舞踏会から数日後の夕方。ソフィー達の泊まる安宿の前に、場違いなほど豪奢な馬車が到着した。公爵家の迎えの馬車だ。

 ソフィーは、領地のパーティーでよく着る落ち着いたイブニングドレス。ウィルは、執事ではなく従士の正装に帯剣姿。自分の剣だけでなくソフィーの細身の剣を腰に下げている。

 ウィル曰く「今日は執事としてではなく、南方騎士団の従士として参加し、お嬢を守り、お支えいたします」とのことだった。

 気負った真面目な顔でそう説明するウィルに、ソフィーは笑って了承したのだった。

 2人を乗せた馬車は、王都郊外へ向けて走り出した。


 † † †


「ソフィーさん。我が公爵家の別荘へようこそ」

 日が暮れた頃。馬車から降りたソフィーを玄関で出迎えたコンラートが、嬉しそうに言った。

 コンラートは別荘と言ったが、ソフィーの領地の館よりも何倍も大きく、贅の限りを尽くした豪奢なのものだった。

「本日はご招待いただき誠にありがとうございます。コンラート様」

 ソフィーが両手でイブニングドレスの裾を軽く持ち、恭しくコンラートに挨拶をした。そのソフィーの後方に控えるウィルを見て、コンラートが少し驚いた顔で言った。

「ん? ああ、君は先日の執事か。いやはや、何とも勇ましい姿じゃないか」

「南方騎士団長の忠実なる従士にして、ソフィーお嬢様の護衛役、ウィルと申します」

 ウィルが凛々しい顔で敬礼した。

「なるほど、単なる執事ではなかったということか……さあ、ソフィーさん、こちらへ」

 コンラートがウィルを一瞥すると、笑顔でソフィーの手を取って建物の中へ案内した。

 一行は、厚い絨毯が敷き詰められた大広間に入った。

 白い天井には大きなシャンデリアがあり、木をふんだんに使った内装を明るく照らしていた。

 部屋の中央には赤いテーブルクロスが掛けられた長テーブルがあり、正面奥には大きな暖炉。その上には、これまた大きなタペストリーが飾られていた。

 タペストリーには、公爵家の紋章が大きく描かれていた。そして、その右下には、口から炎を吐く翼のあるドラゴンが小さく描かれていた。

「あれは、飛炎竜……」

 ウィルが小さく呟いた。それに気づいたコンラートが後ろを振り向き声を掛けた。

「よく知ってるね、従士君。飛炎竜は我が公爵家のいにしえの紋章だよ。今は国王陛下から授かった、あの大きく描かれている紋章を使っているけどね」

 飛炎竜は、王国の南にある強国の、とある侯爵家の紋章。ここに飾られているものは、それとデザインが異なっていたが、その侯爵家は、南方騎士団が幾度となく戦ってきた宿敵だ。

 ウィルは心がざわつくのを感じたが、そのざわつきが何なのかは分からなかった。

 コンラートがそのタペストリーを背に席に着いた。コンラートの右手側、右斜め前の席に、ソフィーが座った。ソフィーの後ろにウィルが立った。

「では、2人の出会いに乾杯」

 コンラートが果実酒の入ったグラスを掲げ、あおった。ソフィーもそれに倣う。体がお酒で少し火照った。

「ソフィーさん。確かご両親は領地にいるということでしたが、南方騎士団は、この従士君の他にも誰か王都へ来ているのですか?」

 前菜を食べながら、コンラートが尋ねてきた。ソフィーが笑顔で答える。

「いえ、領地から来ているのは、私の他に彼だけですわ」

「そうですか。たった一人の従士を連れてくるなんて、彼は相当強いのでしょうね」

「そうですね。騎士団の中でも1、2を争う強さですわ。ね、ウィル」

「恐縮です」

 ウィルの方を振り返ったソフィーに、ウィルが真面目な顔で答えた。

「それは頼もしいことだ」

 コンラートがグラスを手に取り、果実酒を一口飲んだ。

「コンラート様のお父様、公爵閣下は、確か北海守護騎士団長も務めていらっしゃるとお聞きしましたが、やはりお強いのですか?」

 ソフィーが前菜の後に供されたスープを一口食べてから聞くと、コンラートが笑いながら答えた。

「ははは、父は剣術を嗜みますが、趣味程度ですよ。私も近衛師団の騎士を務めていますが、あくまで称号だけ。戦うのは下級の騎士や雑兵どもであって、私は命じるだけです」

「そうですか……」

 ソフィーは再びスープに口をつけた。ソフィーの父は、いつも先頭に立って敵と戦っていた。共に戦う領民の従士を「仲間」と呼んでいた。

 ソフィーはチラリと横目でウィルの顔を見た。ウィルは、コンラートを見つめ、冷たく微笑んでいた。

 コンラート様にとって、共に戦う兵は「仲間」ではないのか……そう思ったソフィーは、改めてコンラートの顔を見た。

 コンラートは先程と同様、優しい笑みをたたえ果実酒を飲んでいたが、その笑みに何か違和感を感じたソフィーだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される

柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。 だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。 聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。 胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。 「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」 けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。 「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」 噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情―― 一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。

好きじゃない人と結婚した「愛がなくても幸せになれると知った」プロポーズは「君は家にいるだけで何もしなくてもいい」

佐藤 美奈
恋愛
好きじゃない人と結婚した。子爵令嬢アイラは公爵家の令息ロバートと結婚した。そんなに好きじゃないけど両親に言われて会って見合いして結婚した。 「結婚してほしい。君は家にいるだけで何もしなくてもいいから」と言われてアイラは結婚を決めた。義母と義父も優しく満たされていた。アイラの生活の日常。 公爵家に嫁いだアイラに、親友の男爵令嬢クレアは羨ましがった。 そんな平穏な日常が、一変するような出来事が起こった。ロバートの幼馴染のレイラという伯爵令嬢が、家族を連れて公爵家に怒鳴り込んできたのだ。

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

【完結】微笑みを絶やさない王太子殿下の意外な心の声

miniko
恋愛
王太子の婚約者であるアンジェリクは、ある日、彼の乳兄弟から怪しげな魔道具のペンダントを渡される。 若干の疑念を持ちつつも「婚約者との絆が深まる道具だ」と言われて興味が湧いてしまう。 それを持ったまま夜会に出席すると、いつも穏やかに微笑む王太子の意外な心の声が、頭の中に直接聞こえてきて・・・。 ※本作は『氷の仮面を付けた婚約者と王太子の話』の続編となります。 本作のみでもお楽しみ頂ける仕様となっておりますが、どちらも短いお話ですので、本編の方もお読み頂けると嬉しいです。 ※4話でサクッと完結します。

伯爵令嬢の婚約解消理由

七宮 ゆえ
恋愛
私には、小さい頃から親に決められていた婚約者がいます。 婚約者は容姿端麗、文武両道、金枝玉葉という世のご令嬢方が黄色い悲鳴をあげること間違い無しなお方です。 そんな彼と私の関係は、婚約者としても友人としても比較的良好でありました。 しかしある日、彼から婚約を解消しようという提案を受けました。勿論私達の仲が不仲になったとか、そういう話ではありません。それにはやむを得ない事情があったのです。主に、国とか国とか国とか。 一体何があったのかというと、それは…… これは、そんな私たちの少しだけ複雑な婚約についてのお話。 *本編は8話+番外編を載せる予定です。 *小説家になろうに同時掲載しております。 *なろうの方でも、アルファポリスの方でも色んな方に続編を読みたいとのお言葉を貰ったので、続きを只今執筆しております。

これ、ゼミでやったやつだ

くびのほきょう
恋愛
これは、もしかしたら将来悪役令嬢になっていたかもしれない10歳の女の子のお話。

地味令嬢、婚約者(偽)をレンタルする

志熊みゅう
恋愛
 伯爵令嬢ルチアには、最悪な婚約者がいる。親同士の都合で決められたその相手は、幼なじみのファウスト。子どもの頃は仲良しだったのに、今では顔を合わせれば喧嘩ばかり。しかも初顔合わせで「学園では話しかけるな」と言い放たれる始末。  貴族令嬢として意地とプライドを守るため、ルチアは“婚約者”をレンタルすることに。白羽の矢を立てたのは、真面目で優秀なはとこのバルド。すると喧嘩ばっかりだったファウストの様子がおかしい!?  すれ違いから始まる逆転ラブコメ。

君に何度でも恋をする

明日葉
恋愛
いろいろ訳ありの花音は、大好きな彼から別れを告げられる。別れを告げられた後でわかった現実に、花音は非常識とは思いつつ、かつて一度だけあったことのある翔に依頼をした。 「仕事の依頼です。個人的な依頼を受けるのかは分かりませんが、婚約者を演じてくれませんか」 「ふりなんて言わず、本当に婚約してもいいけど?」 そう答えた翔の真意が分からないまま、婚約者の演技が始まる。騙す相手は、花音の家族。期間は、残り少ない時間を生きている花音の祖父が生きている間。

処理中です...