荒くれ騎士団長のご令嬢、家と領民のため最良の結婚相手を探します

夢見楽土

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「いやあ、ソフィーさん、素晴らしい武勇伝の数々をありがとう! やはり南方騎士団の皆様はすごいですね」

「ええ、本当に誇りに思いますわ。わたくし自身は力も弱く、武芸とは無縁ですが……」

 ダンスホールの隅の小さな丸テーブル。席に座ったソフィーが、感心した様子で向かいに座るコンラートに、しおらしい表情でそう言った。

 ソフィーの斜め後ろに立っていたウィルが、ソフィーの今の言葉を聞いて笑いそうになり、体を震わせた。

 それに気づいたソフィーが、ウィルの方に振り向いた。目で訴えながら、笑顔でウィルに聞く。

「ね、ウィル、そうでしょ?」

「え? は、はい。そうです。そうでした。お嬢様は力が弱く、ぶ、武芸とは無縁でいらっしゃいます」

 ウィルが笑いをこらえながら慌ててそう応じると、ソフィーは満足そうにコンラートの方へ向き直った。

 コンラートがソフィーの目を見つめた。その甘く優しい表情に、ソフィーは思わず見つめ返す。

 コンラートがソフィーに優しく話しかけた。

「ソフィーさん。今日、貴女のような美しく聡明なレディに会えたことを神に感謝いたします」

 コンラートが、胸元の赤い花のブローチに手を添えた。

「本当は、すぐにでもこのブローチを貴女に捧げたい。ですが、会ったその日にお渡しするのはかえって失礼だ」

 コンラートが椅子から腰を上げ、テーブル越しにソフィーの手を取った。ソフィーが顔を赤らめる。

「ソフィーさん。まだ王都におられますか? もしよろしければ、近々私の屋敷に招待させていただきたい」

「は、はい。しばらく王都におります。ぜ、是非またお会いさせてくださいませ」

 ソフィーは、自分の手を握るコンラートの優しい感触、体温にドキドキしながら、そう答えた。


 † † †


「やったわ! 王国でも数少ない大貴族、公爵の長男からのお誘いをゲットできたわ!」

 夜遅く、春分舞踏会から王都の安宿へ帰り着いたソフィーは、部屋に入るなり飛び上がって喜んだ。純白のドレスのまま、勢いよくベッドに腰掛ける。

「お嬢、良かったですね」

 ベッド脇に立ったウィルがソフィーにそう言ったが、何だか浮かない顔をしていた。

「ウィル、どうしたの? その顔。私の嫁ぎ先が決まりそうで寂しいの?」

 ソフィーが冗談ぽくウィルに聞いた。

 ソフィーとウィルは幼なじみ。小さな頃からずっと一緒だった。正直なところ、ソフィーはウィルに内心少なからず好意を抱いていた。

 とはいえ、ソフィーは領主の娘で、ウィルは領民。身分が違った。ソフィーは、内心の好意を「幼馴染み、弟のような存在への親しみ」だと何度も自分に言い聞かせていた。

 ソフィーの言葉を聞いて、ウィルが一瞬言葉に詰まった。顔を赤らめて早口でソフィーに言った。

「そそそ、そんなことないですよ、お嬢! 大貴族との縁談が進みそうで、私も嬉しく思っておりますです、はい! ただ……」

「ただ?」

 ウィルがいい淀んだので、ソフィーが促した。ウィルが少し悩んでから話し始めた。

「た、ただ……あの公爵のご子息は、お嬢のことではなく南方騎士団の強さ、能力ばかりを聞いていました。お嬢のことを何も知らないのに『美しい』だの『聡明』だの、うわべの言葉ばかり……」

「あら、私は美しく聡明じゃないってこと?」

 ソフィーがベッドに腰掛けたままウィルの顔を見上げ、笑いながら言った。ウィルが必死に首を横に振り、両手をバタバタさせながら声を上げた。

「そ、そんな訳ありません!! お嬢はいつも領地の皆のことを考えてくれていて、武芸にも秀でていて、私のような者にもいつも優しく気さくに接してくれて、笑顔が素敵で……」

 そこまで言うと、ウィルが赤い顔でうつむいた。

「そ、そんな素晴らしいお嬢のことを、あの方は何も知らないし、知ろうともしないのが気になって……」

「ふふ、ありがと、ウィル」

 ソフィーがベッドから立ち上がった。俯いたままのウィルの前に立つ。

 ウィルが顔を上げると、ソフィーはウィルの顔を見つめ、笑顔で言った。

「もともと領地を守るために政略結婚を目指しているんだもの。相手が私のことをどう思ってるかなんて関係ないわ」

「お嬢……」

 今にも泣きそうな顔になったウィルに、ソフィーが笑顔で話を続けた。

「貴族同士の結婚なんて、所詮こんなものよ。まあ、あのコンラートって人は顔がいいし、さっき手を握られてドキッとしちゃったから、そんなに悪い話でもないしね」

「お、お嬢?」

 ウィルが寂しそうな悔しそうな、少し怒ったような複雑な表情になった。

 ソフィーが笑いながらウィルの両手を手に取った。驚いたウィルが緊張で固まる。

 ウィルの手は、緊張のせいか熱いくらいの温かさだった。さっきのコンラートの手と違い、何だか安心するような、ずっと手を取り合っていたいような、ドキドキだけでなく心が落ち着くような不思議な感覚だった。

 顔を真っ赤にするウィルに、ソフィーはニッコリ微笑んだ。

「私は、領地の皆のことを、そして、何よりもウィルのことを大切に思ってる。最高の政略結婚を目指して頑張るから、サポートよろしくね、ウィル」

「……はいっ! お嬢!」

 涙を必死にこらえながら、ウィルが笑顔で答えた。

「ふふ、もう、ウィルったら、『お嬢』じゃなくて『お嬢様』でしょ?」

「あ、そうでした。すみません!」

 2人はお互いの顔を見て笑い合った。
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