【完結】クズ男と決別した私の未来は輝いている。

カシスサワー

文字の大きさ
32 / 87

第32話【隠し事】

しおりを挟む

 話が終わると、文は部屋を出ていった。

 幸は、文の助言どおり匠に話をしなくてはと思い、携帯を手に取る。

 しかし、どう切り出せばいいのか迷い、水沢匠と表示された名前を前に指が止まってしまう。

 けれど、こうしていても時間が過ぎていくだけで、何ひとつ前には進まない。

 幸は意を決し、通話ボタンを押した。

 なんと返事をされるのか――不安で、心臓の鼓動はどんどん早くなる。

 三回目のコールで、匠が電話に出た。

「もしもし、西村幸ですが……」

 緊張のせいで、その声はかすかに強張っていた。

 幸とは対照的に、

「どうした?」

 と、匠の柔らかな声が返ってきた。

 その柔らかな声に、幸の心は不思議とすっと落ち着きを取り戻す。

「あの……雇用の件で、匠さんに話しておかなければいけないことがあって……」

「雇用の件というのは、幸さんが俺の秘書として働くという話ですか?」

「そうです。匠さんの会社で働こうと思ったのには理由があるんです。
 だから、その理由をちゃんと話しておかなきゃいけないと思い、お電話させていただきました」

「理由……なるほど。話が長くなりそうだね。幸さん、今夜、時間はある? あるなら、会って話そうか」

「いいんですか? 私は大丈夫ですが、匠さんは忙しくないですか?」

「大丈夫。時間は調整するから。それじゃ、午後七時に迎えに行く。準備して待ってて」

「わかりました。準備して待ってます」

「それじゃ、後で」

 そう言って、電話は切れた。

 電話が切れたと同時に、幸の緊張の糸もぷつりと切れ、「ふぅ……」と大きく息を吐き出す。

 ――緊張した。

 電話越しに聞こえた匠の声は、幸が想像していたものとは違い、驚くほど柔らかかった。

 それでも、その奥に潜む圧だけは、受話器越しでもはっきりと伝わってきた。

 落ち着いた話し方。
 いつでも冷静沈着。
 動揺する姿がまるで想像できない。

 それが、今の幸が抱いている水沢匠という人物のイメージだった。

 *****

 幸の部屋を出た文は、勝造がいる書斎へと向かった。

 ドアを開けて中に入ると、勝造はソファに腰を下ろし、コーヒーを飲んでいた。

 文の姿に気づくなり、勝造が口を開く。

「幸は、なんて言っていた?」

 文はにこやかな笑顔を浮かべながら近づき、向かいのソファへと腰を下ろす。

「今のところ、なかなかいい感じです」

「そうか。それなら、すぐに正式な顔合わせをしようか」

「あなたったら、そんなに急いだら、うまくいくものも、うまくいかなくなりますよ。
 今の若い人は、そっと見守っているほうが順調に進むんですから。今は放っておきましょう。
 匠さんのことですから、幸ちゃんをちゃんと手中に収めてくれると思いますよ」

「そうだな。急ぎすぎると、幸が嫌がるかもしれないな。綾乃みたいに拒絶されて、家を出て行かれても寂しいし」

 文はくすりと笑い、

「あなたったら、綾乃にも、寂しいと素直におっしゃればいいのに」

 と、穏やかな眼差しを向ける。

「そんなこと言えるか。威厳があってこそ父親だ」

「よくわからないプライドですね。……まぁ、綾乃のことは置いておいて。
 幸ちゃんに関しては、匠さんに任せておきましょう。ここからは、私たち年寄りの出る幕じゃありませんからね」

「そうか、そうだな。匠に任せておけば、大丈夫だろう。
 ……それはそうと、幸の養子縁組は早急にした方がいいんじゃないか?」

「それも、幸ちゃんと相談しながら時期を決めればいいと思いますよ」

「わかった。若い人の気持ちはよくわからんから、幸のことはお前に任せるよ」

 勝造はそう言い、コーヒーを口に運んだ。

 勝造が幸のことを任せてくれたことで、隠し事を抱える文は、胸の内でそっと安堵の息をついた。



しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

処理中です...