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第42話【愚かな男】
しおりを挟む車を降りた二人は、そのままエレベーターへと乗り込んだ。
静かな空間の中、エレベーターがゆっくりと上昇を始める。
沈黙を破ったのは、幸だった。
「匠さん、夕食はどうなさるおつもりですか?」
男性の一人暮らし。
この時間からどうするのか、気になった。
「今日はデリバリーにしようかと。幸も一緒にどう?」
穏やかな口調で、そう誘われる。
「それなら……私のところで、一緒に食事をしませんか?」
買い物のとき、夕食の材料も一緒に買っていた。
その支払いも、すべて匠が払ってくれた。
なにかお礼がしたい――そう思っていた幸は、思い切って匠を夕食に誘った。
思いがけない誘いに、匠はわずかに目を見開き、幸の方へと視線を向ける。
「お口に合うかどうかはわかりませんけど……もしよろしければ、一緒にどうですか?」
柔らかな笑みを浮かべる幸を見て、匠はそれが“純粋な気遣い”からの誘いだと理解した。
「喜んで、ご馳走になります」
匠がそう返事をすると同時に、エレベーターが最上階で止まり、音もなく扉が開いた。
二人は並んでエレベーターを降りる。
「それじゃあ、用意しておきますので……一時間後に」
「わかった。それじゃ、後で」
短い言葉を交わし、二人はそれぞれの玄関ドアを開けて中へと入っていった。
*****
匠はシャワーを浴び終えると、部屋着に着替えた。
幸の部屋へ行くには、まだ少し早い。
――仕事でもするか。
そう思った矢先、携帯の着信音が静かな部屋に響いた。
画面には、〈村田〉の文字。
通話ボタンを押し、低い声で問う。
「どうした?」
「興信所から、黒田圭吾に関する報告がありました」
匠は、今後対立する可能性のある黒田圭吾について、興信所に調査を依頼していた。
「そうか。――で、内容は?」
「黒田圭吾、二十五歳。二十歳で【NexSeed黒田】を立ち上げ、現在の年商はおよそ百億。
祖父は黒田ホールディングス会長・黒田太郎。父親は黒田明。
圭吾は長男として生まれており、いずれ黒田ホールディングスを継ぐ見込みです。
それと……最近、高瀬テクノロジーの長女・高瀬由紀(二十三歳)との婚約を発表しています」
興信所からの報告は、幸が話していた内容と、ほぼ一致していた。
「兄弟はいないのか?」
「二歳下の弟、黒田圭太(二十三歳)がいます」
「弟は何をしている?」
「黒田圭太は、兄の圭吾とは関係のない会社で、ゲーム開発に携わっているそうです」
「弟の評判はどうだ?」
「そこまでは調査していませんが……圭吾については、取引先の関係者から“二重人格ではないか”と
言われているようです」
「二重人格? それはどうして?」
「会社が安定してからは、かなり高飛車な態度をとるようになったそうです。
それなのに、記念日や誕生日などの行事では、相手が喜ぶようなプレゼントを欠かさないとか。
その気遣いがあまりにも丁寧で――その二面性に、皆さん少し戸惑っているようです。」
――なるほど、そういうことか。
報告を聞きながら、匠は悟った。
幸がどれほど黒田圭吾のために尽くし、努力してきたのかを。
――黒田圭吾。
――なんて愚かな男だ。
あれほどの女を粗末に扱うとは、自滅するのも時間の問題だろう。
「社長、弟の評判も調べておきますか?」
今後のことを考えれば、弟の動向も把握しておいたほうがいい。
「ああ、よろしく頼む」
「わかりました。引き続き調査を進めるよう伝えておきます」
「よろしく」
短いやり取りを終えると、匠は通話を切った。
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