【完結】クズ男と決別した私の未来は輝いている。

カシスサワー

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第55話【穏やかな時間】

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 幸はシャワーを浴び終え、ホテルの部屋着に袖を通した。

 濡れた髪をタオルで押さえながら、今日の出来事を思い返す。

 ――もし、あの時。
 匠さんが圭吾の腕を掴んで止めてくれなかったら。

 圭吾に腕をつかまれ、そのままホールの中を引きずられるように歩かされていたのだろうか。

 想像しただけで、嫌悪と恐怖、そしてどうしようもない羞恥が胸の底からせり上がり、心臓が落ち着きを失っていく。

 一人で圭吾に立ち向かおうとしていたのは、やはり無謀だったのだと幸は思う。

 ――匠さんに協力を頼んでよかった。
 ――匠さんがそばにいてくれるだけで、安心できる。

 幸の中では、すでに匠は“信頼できる存在”として刻まれていた。

 髪を乾かし終えた幸は、深呼吸をひとつしてからリビングへと向かう。

 リビングに足を踏み入れると、匠は窓の前に立ち、夜景を眺めていた。

 間接照明の優しい光の中、ワイングラスを片手に持ち、夜景を眺めるその姿は、まるで映画のワンシーンを観ているようで、幸は思わず足を止め、匠を見つめてしまう。

 幸の視線に気づいたのか、匠はゆっくりと夜景から幸へと視線を移した。

 二人の視線が絡み合う。

「幸、夜景が綺麗だよ。おいで」

 匠が穏やかな声で、幸を呼んだ。

 幸が近づくと、窓際のテーブルからワインの入ったグラスを取り、手渡された。

「ありがとうございます」

 幸は、そのグラスを受け取る。

「今日は、お疲れ様。幸のお陰で、すべてうまくいった。ありがとう」

 匠の労いの言葉に、幸の口元は緩み、笑みがこぼれる。

 二人はグラスを軽く合わせ、ワインを一口含んだ。

「この香りと飲みやすさは……もしかして、ロマネ・コンティ……?」

 幸がその名をつぶやくと、

「よくわかったね」

 匠が少し目を細めた。

「洋子がワイン通なんです。いろんな銘柄を味見させてくれるので……」

 山川洋子については、すべてを打ち明けたときに、話をしている。

「いい友達だね……」

 匠は、そう言ってワインをまた一口含んだ。

 幸も、ワインを一口含み、視線を外へと向ける。

 ガラス越しに広がる夜景は、深い夜の海に散りばめられた光の群れのようで、
 現実世界から切り離された景色だった。

 街路を走る車のライトが細い軌跡を描き、それを無意識に目で追ってしまう。

 ふいに、背中に熱が触れた。

 背後から伝わる——匠の温度。

 幸は、ゆっくりと視線を上げる。

 窓ガラスに映った匠の視線とぶつかった。

 ガラス越しに、視線が静かに絡み合う。

 なぜだろう。
 今日の幸は、視線を逸らすことができなかった。

 ほんの微かな、甘い予感が胸を満たしていく。

 匠が自然な仕草で、幸のワイングラスにそっと手を伸ばし、そのまま何事もないようにテーブルへ置いた。

 そして、幸を背後から抱きしめる。

 さらに密着する体と体。

 二人の体温が、重なり溶けていく。

 何事もないかのように、

「夜景……綺麗だな」

 匠が、口を開く。

 幸は、その言葉に小さく頷いた。

 穏やかな空気が二人を包み込み、静かな時間が流れていく。

 なにをするわけでもない。

 ただ、二人で夜景を眺めているだけ。

 なのに、心が満たされていく。

 この、穏やかな時間が愛おしい。

 匠も、幸も、同じことを思っていた。

 二人は、お互いの熱を感じながら、夜景を楽しんだ。

 どれぐらいの時間、そうしていただろうか。

「明日は、なにか予定入ってる?」

 匠が口を開いた。

「特に予定は、ないですけど」

「それなら、明日、一緒に出かけようか」

「えっ……いいんですか?」

 匠からのデートの誘いに、幸の心臓はトクンと反応する。

「どこに行きたい?」

 少し迷って、「海とか……」幸は小さく答える。

「わかった。明日は、海に行こう」

 穏やかな声で、匠がそう答えた。
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