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第54話【圭吾の待ち伏せ】
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「お疲れ様でした」
後片付けをしている社員たちに声をかけられ、匠と幸は会場を後にした。
――このまま帰れるのかな。
幸がそう思った矢先だった。
「明日は休みだし、今日は帰らずにここに泊まろう」
匠の口から突然そんな提案が飛び出し、
「えっ……いやあのっ……」
幸は驚きすぎて言葉に詰まる。
そんな幸に構うことなく、匠は、
「部屋は二部屋、ちゃんとある。それに、着替えも用意してあるから」
それはまるで すでに決まっている予定を告げる ような口調だった。
戸惑う幸を伴い、匠はフロントで鍵を受け取ると、迷いなくエレベーターへと向かい乗り込んだ。
ボタンに触れる指が最上階を押すと、静かに扉が閉まる。
エレベーターが上昇を始めたころ、匠が口を開いた。
「あの男、黒田圭吾が外で待ち伏せしてる」
村田に報告が上がっていた。
匠が雇った探偵が、圭吾の行動を逐一追っていたのだ。
その情報を聞いた匠は、
「二人の関係を、あの男に知らせるいい機会じゃないか」
口角をゆるく上げながら、今回ホテルに泊まる“本当の意味”を幸に説明する。
匠と幸がホテルから出てこなければ──
圭吾は、二人が同じホテルで夜を過ごしたと受け取るだろう。
それはもう、社長と秘書という関係ではない。
男女の関係にあると知れば、さすがの圭吾でも諦めざるを得ないかもしれない。
だが今日の様子を見る限り──
圭吾の幸への執着は、常軌を逸し始めているようでもあった。
もしかしたら、幸の良さに気づいたのかもしれない。
もしそうなら、圭吾は幸をそう簡単には手放さないだろう。
それでも、“幸にはもう別の男がいる”ことを圭吾に知らせることが必要だと、匠は判断していた。
最上階にエレベーターが着いた。
扉が開くと、一般客用のフロアとはまるで違い、静けさと、上質な空気が漂っている。
迷いなく前を歩く匠の背中を、幸は少し緊張しながら追いかけた。
スイートルームの扉の前に立った匠は、カードキーを軽く翳す。
カチャリ──。
鍵が外れる音がして、二人は揃って部屋の中へ。
間接照明が柔らかく灯り、壁には大きな絵が飾られていた。
奥へと進むと、広々としたリビングが現れる。
「君は、あの部屋を使うといい。俺は、この部屋を使うから」
匠は迷いなく幸に主寝室を使うよう指示し、
「シャワーを浴びたら、ワインでも飲もう。それじゃ、後で」
穏やかな声でそう告げると、匠はゲストルームへと向かっていった。
*****
一度は帰ったはずの圭吾だったが、腹の虫はまったくおさまらなかった。
――このまま引き下がれるわけがない。
幸と話をしなければ、この怒りは収まらない。
そう思い込んでいる圭吾は、自ら車を走らせ、まだパーティーの行われている会場へと戻っていった。
ホテルから少し離れた場所に車を停め、幸が出てくるのを待つ。
やがてホテルの玄関から、招待客たちが次々と出てきた。
黒塗りの車に乗り込み、夜の街へと消えていく。
けれど──
幸の姿だけは、いつまでたっても現れない。
圭吾はハンドルをギュッと握りしめ、鋭い視線で玄関を見つめ続けた。
【水沢イノベーションズ】の社員らしき数名が、持ち込んでいた備品を車に積み込んだ後、そのまま車に乗り込み、走り去っていく。
車が去り、玄関に残ったのはホテルスタッフだけになった。
――おかしい。
匠と、幸だけが、ホテルから出てこない。
――どういうことだ!
――まさか……二人は……!?
匠の胸にしなだれる幸の姿が、圭吾の脳裏に鮮明に浮かぶ。
その瞬間、拳がワナワナと震えた。
胸の奥で沸き上がる感情は、嫉妬か、怒りか──もはや自分でも分からない。
幸を部屋から引きずり出したい。
今すぐにでも腕を掴んで連れ帰りたかった。
だが——どうにもできない。
このホテルは、水沢ホールディングス所有のホテル。
地元で強い影響力を持つ黒田ホールディングスであっても、手も足も出せない。
フロントに掛け合ったところで、二人が泊まっている部屋を聞き出すなど不可能だ。
それに、立場を考えれば、強引に出るわけにもいかない。
──諦めるしかないのか。
そんな結論に至ること自体が、圭吾には耐え難かった。
自分のプライドを守るために、圭吾は必死に考えを巡らせる。
――他の男に抱かれた女など、必要か?
一般庶民の女など、そもそも相手にする価値など……
圭吾は、そこで、ハッと気がつく。
――そうだ。
――幸は、一般庶民の女。
――水沢ホールディングスの御曹司が、本気で相手にするわけがない。
幸は、どうせ捨てられる。
見た目がいいからこそ、水沢も今は面白がって構っているだけだ。
飽きれば、圭吾自身がしてきたように、別の女へと興味を移すだろう。
圭吾の思考は、都合よく転がりはじめた。
いずれ捨てられるのなら、その前に距離を詰め、優しくしておけばいい。
そうすれば——幸はまた自分のもとへ戻ってくるはずだ。
戻って来たら、前と同じように便利に扱えばいい。
自分には婚約者の由紀がいるのだから、他の男に抱かれた幸など、ただの“奉仕役”で十分だ。
幸とは“都合のいい距離”くらいがちょうどいい——圭吾はそう結論づけた。
その瞬間まで荒れ狂っていた怒りがふっと引き、胸の奥には、浅ましく濁った安堵がじわりと広がっていった。
後片付けをしている社員たちに声をかけられ、匠と幸は会場を後にした。
――このまま帰れるのかな。
幸がそう思った矢先だった。
「明日は休みだし、今日は帰らずにここに泊まろう」
匠の口から突然そんな提案が飛び出し、
「えっ……いやあのっ……」
幸は驚きすぎて言葉に詰まる。
そんな幸に構うことなく、匠は、
「部屋は二部屋、ちゃんとある。それに、着替えも用意してあるから」
それはまるで すでに決まっている予定を告げる ような口調だった。
戸惑う幸を伴い、匠はフロントで鍵を受け取ると、迷いなくエレベーターへと向かい乗り込んだ。
ボタンに触れる指が最上階を押すと、静かに扉が閉まる。
エレベーターが上昇を始めたころ、匠が口を開いた。
「あの男、黒田圭吾が外で待ち伏せしてる」
村田に報告が上がっていた。
匠が雇った探偵が、圭吾の行動を逐一追っていたのだ。
その情報を聞いた匠は、
「二人の関係を、あの男に知らせるいい機会じゃないか」
口角をゆるく上げながら、今回ホテルに泊まる“本当の意味”を幸に説明する。
匠と幸がホテルから出てこなければ──
圭吾は、二人が同じホテルで夜を過ごしたと受け取るだろう。
それはもう、社長と秘書という関係ではない。
男女の関係にあると知れば、さすがの圭吾でも諦めざるを得ないかもしれない。
だが今日の様子を見る限り──
圭吾の幸への執着は、常軌を逸し始めているようでもあった。
もしかしたら、幸の良さに気づいたのかもしれない。
もしそうなら、圭吾は幸をそう簡単には手放さないだろう。
それでも、“幸にはもう別の男がいる”ことを圭吾に知らせることが必要だと、匠は判断していた。
最上階にエレベーターが着いた。
扉が開くと、一般客用のフロアとはまるで違い、静けさと、上質な空気が漂っている。
迷いなく前を歩く匠の背中を、幸は少し緊張しながら追いかけた。
スイートルームの扉の前に立った匠は、カードキーを軽く翳す。
カチャリ──。
鍵が外れる音がして、二人は揃って部屋の中へ。
間接照明が柔らかく灯り、壁には大きな絵が飾られていた。
奥へと進むと、広々としたリビングが現れる。
「君は、あの部屋を使うといい。俺は、この部屋を使うから」
匠は迷いなく幸に主寝室を使うよう指示し、
「シャワーを浴びたら、ワインでも飲もう。それじゃ、後で」
穏やかな声でそう告げると、匠はゲストルームへと向かっていった。
*****
一度は帰ったはずの圭吾だったが、腹の虫はまったくおさまらなかった。
――このまま引き下がれるわけがない。
幸と話をしなければ、この怒りは収まらない。
そう思い込んでいる圭吾は、自ら車を走らせ、まだパーティーの行われている会場へと戻っていった。
ホテルから少し離れた場所に車を停め、幸が出てくるのを待つ。
やがてホテルの玄関から、招待客たちが次々と出てきた。
黒塗りの車に乗り込み、夜の街へと消えていく。
けれど──
幸の姿だけは、いつまでたっても現れない。
圭吾はハンドルをギュッと握りしめ、鋭い視線で玄関を見つめ続けた。
【水沢イノベーションズ】の社員らしき数名が、持ち込んでいた備品を車に積み込んだ後、そのまま車に乗り込み、走り去っていく。
車が去り、玄関に残ったのはホテルスタッフだけになった。
――おかしい。
匠と、幸だけが、ホテルから出てこない。
――どういうことだ!
――まさか……二人は……!?
匠の胸にしなだれる幸の姿が、圭吾の脳裏に鮮明に浮かぶ。
その瞬間、拳がワナワナと震えた。
胸の奥で沸き上がる感情は、嫉妬か、怒りか──もはや自分でも分からない。
幸を部屋から引きずり出したい。
今すぐにでも腕を掴んで連れ帰りたかった。
だが——どうにもできない。
このホテルは、水沢ホールディングス所有のホテル。
地元で強い影響力を持つ黒田ホールディングスであっても、手も足も出せない。
フロントに掛け合ったところで、二人が泊まっている部屋を聞き出すなど不可能だ。
それに、立場を考えれば、強引に出るわけにもいかない。
──諦めるしかないのか。
そんな結論に至ること自体が、圭吾には耐え難かった。
自分のプライドを守るために、圭吾は必死に考えを巡らせる。
――他の男に抱かれた女など、必要か?
一般庶民の女など、そもそも相手にする価値など……
圭吾は、そこで、ハッと気がつく。
――そうだ。
――幸は、一般庶民の女。
――水沢ホールディングスの御曹司が、本気で相手にするわけがない。
幸は、どうせ捨てられる。
見た目がいいからこそ、水沢も今は面白がって構っているだけだ。
飽きれば、圭吾自身がしてきたように、別の女へと興味を移すだろう。
圭吾の思考は、都合よく転がりはじめた。
いずれ捨てられるのなら、その前に距離を詰め、優しくしておけばいい。
そうすれば——幸はまた自分のもとへ戻ってくるはずだ。
戻って来たら、前と同じように便利に扱えばいい。
自分には婚約者の由紀がいるのだから、他の男に抱かれた幸など、ただの“奉仕役”で十分だ。
幸とは“都合のいい距離”くらいがちょうどいい——圭吾はそう結論づけた。
その瞬間まで荒れ狂っていた怒りがふっと引き、胸の奥には、浅ましく濁った安堵がじわりと広がっていった。
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