【完結】クズ男と決別した私の未来は輝いている。

カシスサワー

文字の大きさ
71 / 87

第71話【やり返す】

しおりを挟む
 そろそろパーティーも終盤にさしかかっていた。

 グラスを片手に談笑する中、幸は三人に向けて声をかけた。

「ちょっと化粧室に行ってきます」

 すると洋子が、

「私も行く」

 すぐに幸の腕を取った。

 匠は一瞬、同行しようと一歩足を踏み出したが、洋子がついていくと知り、

 ――二人なら大丈夫だろう。

 そう判断して、その場に残った。

 幸と洋子は、おしゃべりをしながら化粧室へと向かって歩き出す。

 その途中――

「あら、山川さん」

 上品な老婦人が、洋子に声をかけてきた。

「あ、西田さん、お久しぶりです!」

 どうやら洋子の知り合いのようだ。

「お母様はお元気?最近お見かけしないけれど」

「はい、とても元気ですよ。西田さんもお変わりありませんか?」

 二人が会話を始めたのを見て、幸は邪魔をしないよう、洋子に「先に行くね」と視線で合図を送った。

 それを見た洋子が、軽く頷く。

 幸は、洋子をその場に残し、一人で化粧室へと向かった。

 ドアを押して中に入ると、ちょうど鏡の前で前髪を整えている由紀の姿があった。

 ――いいところで会ったわ。

 心の中でそう呟いた瞬間、由紀が幸に気づいた。

 視線を向けた由紀の目が、鋭く細められる。

「……あら、西村さんじゃない」

 いつもの柔らかく甘い声とはまるで違い、冷たく刺すような声だった。

「由紀さん、先ほどはどうも」

 幸は、いつも通り穏やかな声で挨拶する。

 その落ち着きが却って癇に障るのか、由紀は幸を睨みつけるようにして、

「なに、上品ぶっちゃって。一般庶民のくせに」

 吐き捨てるように言った。

 さらに続けて、

「ピアノで勝ったからって、いい気にならないでよ。圭吾さんは、あなたなんて全然相手にしてないんだから」

 悔しさと苛立ちを隠そうともせず、矢継ぎ早に言葉をぶつけてくる。

 由紀の言葉に苛立つこともなく、

「他には? まだ言いたいことがあるなら、聞くわよ」

 大人の余裕で対応する。

 その余裕が、由紀の神経をさらに逆なでする。

「この間まで圭吾さんに振られて怒ってたくせに、すぐ水沢社長に乗り換えるなんて……あなたも相当したたかな女よね。
 水沢社長に振られても、もう圭吾さんにしつこく付きまとわないでよ!」

 その言葉に対し、幸は短く息を吸い、

「それ、間違ってますよ」

 淡々とした口調で訂正した。

「はぁ? どこが間違ってるっていうのよ!」

 由紀が怒気をあらわにし、幸へと詰め寄った。

 しかし幸は、動揺することもなく、落ち着いた声で、

「それじゃあ、証拠を聞かせるわ」

 そう言うと、バッグから携帯を取り出し、録音データを再生した。

『圭吾は由紀さんのことをどう思ってるの?』

『どうって……結婚相手には家柄が大事だろ。それだけだよ。俺が側にいて欲しいのは、幸、お前なんだ。だから、拗ねてないで俺の愛人になれ』

『嫌よ。どうして私が好きでもない男の愛人にならなきゃいけないのよ!』

『お前……俺に逆らうとどうなるかわかってるのか?圧力かけて、どこにも就職できないようにしてやるからな。一般庶民のお前なんか、水沢が本気で相手すると思うなよ!』

 幸はそこで再生を止めた。

「どう? わかったでしょう。つきまとわれて迷惑しているのは、私のほうなのよ」

 諭すように言葉をかける幸とは対照的に、録音を聞いた由紀の唇はワナワナと震え、目には怒りの色がじわじわと滲んでいく。

「……あの男……私を馬鹿にして……」

 低く漏れた声には、怒りだけではなく、悔しさまで滲んでいた。

 由紀は唇を噛みしめ、ヒールを鋭く鳴らして化粧室を飛び出していく。
 ぱたん、と勢いよくドアが閉まった。

 ほとんど入れ替わるようにして、洋子が慌てた様子で入ってきた。

「な、なに? いま、あの由紀って人、すごい形相で出て行ったけど……」

 心底驚いたような表情で目を丸くしている。

「本当のことを、ただ伝えただけなんだけど……」

 幸は静かにそう言い、人差し指を唇に添えた。

 化粧室には幸と洋子のほかにも利用客がいる。

 幸が示した“静かに”という合図に、洋子もすぐに気がついた。

「そっか……。まぁ、真実を知るのは悪くないよね」

 洋子は声を落とし、この話題をここで終わらせようとした。

 すると――

 個室の扉が開き、上品な中年女性が姿を見せた。

 その婦人はまっすぐに幸と洋子の方へと歩み寄る。

「西村さんですよね?」

 突然の声かけに、

「はい、西村ですが」

 幸は軽く会釈しながら答えた。

「私、松島の妻です。先日は誕生日プレゼントの花束、ありがとうございます」

 目の前の女性は、松島テクノロジーの社長夫人だった。

「松島社長の奥様でいらっしゃいますか。こちらこそ、いつも社長にはお世話になっております」

 幸は穏やかな口調で応じる。

 夫人は柔らかく微笑みながら、声を落とし、

「主人から伺っています。西村さんは、とても優秀な秘書だと。
 ――【NexSeed黒田】では、いろいろおありになったんですね」

 由紀との会話を耳にしていたのだろう。

 松島夫人は、幸が【NexSeed黒田】を辞めた理由を、ある程度察しているようだった。

 そして――

「それにしても……黒田社長の婚約者は、気が強いというか、考え方が少々幼い方のようですね。まあ……お似合いのお二人なのかもしれませんけれど……」

 松島夫人は、どこか呆れを含んだ笑みを浮かべながら言った。

 幸は困ったように微笑み、小さく頷く。

 松島夫人に会話を聞かれていたことが、果たして良かったのか悪かったのか――幸には判断がつかない。

 けれど――

 見下され、馬鹿にしてきた由紀に、事実を突きつけて言い返すことができた。

 その事実が、幸の胸をほんの少しスッと軽くしていた。



しおりを挟む
感想 57

あなたにおすすめの小説

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~

椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」 私を脅して、別れを決断させた彼の両親。 彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。 私とは住む世界が違った…… 別れを命じられ、私の恋が終わった。 叶わない身分差の恋だったはずが―― ※R-15くらいなので※マークはありません。 ※視点切り替えあり。 ※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。

これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー

小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。 でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。 もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……? 表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。 全年齢作品です。 ベリーズカフェ公開日 2022/09/21 アルファポリス公開日 2025/06/19 作品の無断転載はご遠慮ください。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

溺愛のフリから2年後は。

橘しづき
恋愛
 岡部愛理は、ぱっと見クールビューティーな女性だが、中身はビールと漫画、ゲームが大好き。恋愛は昔に何度か失敗してから、もうするつもりはない。    そんな愛理には幼馴染がいる。羽柴湊斗は小学校に上がる前から仲がよく、いまだに二人で飲んだりする仲だ。実は2年前から、湊斗と愛理は付き合っていることになっている。親からの圧力などに耐えられず、酔った勢いでついた嘘だった。    でも2年も経てば、今度は結婚を促される。さて、そろそろ偽装恋人も終わりにしなければ、と愛理は思っているのだが……?

さようなら、お別れしましょう

椿蛍
恋愛
「紹介しよう。新しい妻だ」――夫が『新しい妻』を連れてきた。  妻に新しいも古いもありますか?  愛人を通り越して、突然、夫が連れてきたのは『妻』!?  私に興味のない夫は、邪魔な私を遠ざけた。  ――つまり、別居。 夫と父に命を握られた【契約】で縛られた政略結婚。  ――あなたにお礼を言いますわ。 【契約】を無効にする方法を探し出し、夫と父から自由になってみせる! ※他サイトにも掲載しております。 ※表紙はお借りしたものです。

処理中です...