鬼面の忍者 R15版

九情承太郎

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二話 踊る信長24

踊る信長24(5)

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「殿、殿。殿!」

 丑三つ時に、元康は正信に起こされた。
 跳ね起きると、大久保忠世や鳥居元忠もとただが完全武装で元康を待っていた。

「朝比奈殿も、砦攻めに参加するそうです」

 大久保忠世が、寝ている間の重大情報を伝える。

「一仕事終えた後の三河衆に、砦を二つも攻めさせるのは酷であろうと、鷲津砦は朝比奈の方で落とすそうです。攻撃開始時刻は、我らと同時」

 大久保忠世は、丑三つ時なのに鶏よりデカい音量で盛り上がる。

「これは、朝比奈から三河衆への挑戦ですぞ!? どちらが先に砦を落とすのか、衆目に晒そうという朝比奈の魂胆! 受けて立ちましょうぞ、殿!!!!!」

 元康は、完全に目が覚めた。

「朝比奈泰朝本人が、鷲津砦を攻めるのだな?」

 元康の剣幕に、忠世がたじろぐ。

「はい、本人です」

 鳥居元忠に鎧の装着を手伝ってもらいながら、元康は考えをまとめる。

(大高城に入った今川義元を殺す作戦は使えなくなったが、朝比奈泰朝が本陣から離れた。今なら、信長が全軍で本陣に突っ込めば、何とかなるか。仕損じても、義元の親衛隊が大幅に減る)

 チャンスにリーチが連続で掛かったので、元康のテンションは寝起きでも最高値に上がる。

「全員起きたか!!!!? 丸根砦を、朝比奈より先に落とすぞおおおおお!!!!」

 元康のマックス・テンションに、大久保・本多・鳥居・酒井家等の三十歳以上が、「これこそ松平だよね」と感涙し始める。


 午前三時。
 三河衆は丸根砦に、朝比奈泰朝の軍は鷲津砦に攻撃を開始した。
 この報せは、清洲城の信長の元へと、間を置かずに届けられる。織田信長と最前線の三河衆の距離は、忍者の足なら三十分で着く距離にまで縮まっている。
 夜道を駆けて報せを届けた服部半蔵を脇に、信長は幸若舞(能や歌舞伎の原型)を演じ始める。
 十倍の兵力に攻められている男には、見えない。

(ブレない人だ)

 この三年で、信長の美学を分かるまでに、親しくはなっている。政治でも軍事でも柔軟に応じる男だが、美学にだけはバカみたいに煩いし、最優先させる。
 世間はその姿を見て『うつけ者』と呼ぶが、切れ者の戦国大名の間では、『異常な天才』として警戒されている。
 彼の十年後を想像したのだろう。今川義元は、織田信長を殺す為に、二万の軍勢を繰り出した。かなり大人気ない大軍勢である。
 あまりにも大人気ないので、名目上は『京都に上洛して、世界平和に貢献し隊』という事になっている。
 そんな名目を信じるような信長ではないので、全軍出撃体勢で、チャンス待ち。
 なのに。 

(朝比奈が離れた今が、最大のチャンスだろうが! 動けよ!)

 半蔵の顔が強張ってきたのを見て取った小姓の一人が、気を利かせて湯茶を入れてくる。
 松平元康に密命を受けてから三年間。
 織田方とは、今川義元を如何にして殺すかについて密談を重ねる仕事仲間である。

(気を遣わせてしまった)

 半蔵は、鬼面を手で解しながら反省する。
 普段から信長に心労を重ねている織田の家臣団に、これ以上プレッシャーを与えてはならない。彼らにはこれから、今川と潰し合ってもらうのだ。何方かが全滅するまで。
 出来れば両方。

 信長は、まだ舞っている。

(転けないかなあ)

 半蔵の願いは虚しく、織田家のダンサーは四百年経っても転けない。
 信長も遊んでいる訳ではない。
 この三年間、半蔵経由で入手した西三河の地理情報と、今川軍二万の現状を頭で整理している。
 信長の舞が終わる。
 その後、メッチャクチャ出陣の支度をした。

(初めから急いでくれよ)

 半蔵がイライラと見守る中、信長は特注の鋼鉄鎧を装備していく。鉄砲の弾丸でも貫通は不可能な設計で、狙撃が多い日も安心。

「曳けーっ」

 主語抜きの命令でも、小姓たちは慣れているので馬を曳いて来る。
 半蔵は、信長から十歩離れて同行する。
 半蔵はあくまで、影のように随行する。
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