楽将伝

九情承太郎

文字の大きさ
21 / 133
第一章 赤と黒の螺旋の中で

二十話 黒と赤(1)

しおりを挟む
 この段階で生き残っている『いんちきシビルウォー』反逆者側一同を、信長は「身分据え置きで、赦免」という、驚きのサービス判決で済ませた。
 表向きの理由は「土田御前が、赦免を働きかけたから」だが、別に甘い処分ではない。
 織田信長に扱き使われる事自体が、刑罰とも受け取れるし。
 特に信行は、真綿で首を絞める様な、境遇に置かれた。
 腹心だった柴田勝家が監視役になっている上に、林秀貞がアンチ信長勢力を抑える方に回ってしまった。
 何より部下の数が、激減してしまった。
 補充しないと仕事にならないが、この状況で集まってくる人材は、ろくでもなかった。
 落ち目で弱りきった信行の機嫌を取って出世を図る者ばかりで、信行の周囲は急速に腐敗が進んだ。
 これに加えて、美濃の斎藤義龍が「ユー、信長を裏切って、やっちゃいなよ! 応援するからさ!」と唆す手紙が何度も送られ、新・信行ヨイショ派は調子に乗った。
「美濃や今川が助力してくれるから、次のクーデターは、成功確率高いのでは?」
「やっぱ次のトップは、イケメンで秀才な、武蔵守(信行の自称)様だよね」
「もう構わねえから、信長に寝返った柴田勝家から、暗殺しちゃおうか」
 という話題で無責任に盛り上がり、それが勝家経由で信長に筒抜けだった。
 尾張で就職しようというのに、信長の強さと情報網の抜け目なさを、理解していない。
 あまりにお粗末な新・信行ヨイショ派に対し、信長側も対処に困る。
 わざわざ殺されに集まった挙句、死亡フラグを自ら立てていくバカの相手とか、誰だって嫌なのだ。
 信長と家来たちは、バカな味方をどう吸収するかを考えるよりも、現勢力で可能な事を優先する。

 元号が弘治こうじから永禄えいろくに代わってから最初の会議で、信長は家臣たちにキメ顔で発表する。
「元号も変わったで、この契機に、軍制を改める」
 重大かつ、最初から信長が上機嫌の発表である。
 不安と興奮の両方が、家臣団に沸き起こる。
「馬廻の中から特に優れた者を、信長の新設親衛隊として再編成する」
 どんな差があるのだろうと、会議に出席した家来たちは怪訝な顔をしあった。
 金森可近が、嫌そうな顔をしながら、二枚の紙を信長の両脇に垂らして晒す。

 黒母衣ほろ衆、の文字の下に、十名の名。
 赤母衣ほろ衆、の赤文字の下に、九名の名。

 新設された部隊の名前と、構成メンバーの名簿が発表されると、家来たちは何となく察しがついた。
 黒母衣衆は、馬廻の中でもやや年長者が多く、特に兄貴風の河尻秀隆が筆頭なので気風が分かり易い。
 他に、鉄砲隊を率いる佐々成政や、毛利新介の様な強者が名を連ねている。
 赤母衣衆は、信長の小姓出身者が多く、前田利家やばん直政などの、将来有望な若手が多い。
 と見せかけて、バランスを取るように伊東清蔵のような槍の名手も入っている。
 従来の母衣衆(本陣と前線部隊の間を往来する使者)よりも、遥かに攻撃的な人選である。
 どう見ても、戦場で信長に最優先で扱き使われる新設部隊である。
 その中に、金森可近の名があったので、皆は笑いを噛み殺しながら同情した。
 とはいえ、黒と赤に分けた意味が、全く分からない。
 戦闘力も保有する兵力も、特技もバラバラの構成である。
 分からないので悶々とする面々の中から、末席で会議に加わっていた藤吉郎が、最速で挙手する。
「質問! 黒母衣衆と赤母衣衆の、違いが分からないだぎゃあ」
 信長は、解説を金森可近に、顎で振る。
 普段よりも嫌そうな顔をしている可近が、解説を始める。
「説明します。黒と赤に分けたのは、殿の趣味です!」
 一同が、めっちゃ怪訝な顔をする。
「甲斐武田の赤備えみたいなカッコいい攻撃部隊を創設したいけれど、二番煎じは避けたいので、黒母衣衆を新設。
 でもでも、赤い色の親衛隊も、やっぱり欲しい。 
 そこで殿が、中二病マインド全開で、思い付いた訳です。
 黒と赤の、二部隊編成にしようと。
 これだと、ミラージュ騎士団(右翼大隊オレンジライトと左翼大隊グリーンレフトの二部隊)みたいで、超カッコいい!!
 という訳で、特筆するような違いは、ないです」
 みんな納得した。
 これは確かに、信長の趣味だ。
 それ以外の理由は、全くない。
 見事なまでに、戦国時代の中二病から生まれた新設部隊である。
「なるほど~。集まった強者たちを、持て余さないように効率良く使う為の、汎用特選部隊! しかも二つも!! 恐れ入りました!! 流石は、戦上手の大将だぎゃあ」
 土下座して感激しながら褒めまくる藤吉郎に、冷やか半分、見上げたおべっか根性だとの感心半分が集まる。
 藤吉郎が内心で、
「おでもこんなスペシャルな親衛隊が、欲しいだぎゃああああああああああ」
 と羨ましさを拗らせて、出世すると黄母衣衆を創設するとは、誰も予想していない。
「持て余して、欲しかったなあ、特に自分を」
 どうでもいい本音をボヤく可近に構わず、信長は本題に入る。
「尾張の七割が支配下に入ったで、残りの合併吸収に掛かる。今川が大きく動く前に、力を蓄えるだぎゃあ」
 家臣団が、一斉に頷く。
 趣味を披露するだけの会議かと思ったけれど、最後に普通の戦国大名っぽい事を言ってくれたので、それだけで満足。
 したのは一瞬だけだった。
「へーちょ」
 信長が、盛大に、くしゃみをする。
「風邪をひいた。寝る」
 そう言って、会議を終了させ、そのまま病床に着いた。
 何日も。
 何日も。
 アグレッシブな戦国大名の見本みたいな人が、マジで寝込んで表に顔を出さなくなった。
 黒と赤の母衣衆は、最初の仕事を与えられぬまま、信長の周囲で待機した。

 
 柴田勝家が、信行と土田御前に信長の病状を伝え、見舞いに訪れるように進言する。
「相当に重い病状ですので、万が一も有り得ます。今のうちに見舞いに訪れ、心象を少しでも良くしておくと、万が一の際に、求心力が違います」
 暗殺されそうになっても、信行を金棒で打ち殺さずに、親切に進路指導してくれる勝家の漢気に感動しながらも信行は、
「それって、仮病を装って誘い出して僕を始末しようとかいうセコい作戦じゃないよね?」
 それこそセコい確認を取る。
 顔には何も出さずに、勝家は段取りを述べる。
「まずは武蔵守(信行の自称)様が土田御前と一緒に、病床の殿を見舞い、後に五郎八(金森可近の通称)が『茶の湯』で持て成す段取りでございます」
「なら安心ですね」
 土田御前がニッコニコで、この見舞い案に、賛同する。
「楽しみですわ、可近ちゃんの『茶の湯』。三郎(信長の通称)は何時も急かすから、フルコースは未体験なのよ」
「…そうですね」
 母と一緒なら安全だと思い直し、信行は見舞い行きを承知する。

 勝家は、信長との打ち合わせ通りに、この段取りを進めた。
 仔細を打ち明けられなくても、見舞いに行かせるように促された時点で、察した。
 織田信長が、弟にお見舞いされる事を望むなんて、他に理由が考えられない。
 何時もは身内に甘い信長が下した判断に、勝家は意見を挟まなかった。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

元亀戦記 江北の虎

西村重紀
歴史・時代
浅井長政の一代記です

マルチバース豊臣家の人々

かまぼこのもと
歴史・時代
1600年9月 後に天下人となる予定だった徳川家康は焦っていた。 ーーこんなはずちゃうやろ? それもそのはず、ある人物が生きていたことで時代は大きく変わるのであった。 果たして、この世界でも家康の天下となるのか!?  そして、豊臣家は生き残ることができるのか!?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

大奥~牡丹の綻び~

翔子
歴史・時代
*この話は、もしも江戸幕府が永久に続き、幕末の流血の争いが起こらず、平和な時代が続いたら……と想定して書かれたフィクションとなっております。 大正時代・昭和時代を省き、元号が「平成」になる前に候補とされてた元号を使用しています。 映像化された数ある大奥関連作品を敬愛し、踏襲して書いております。 リアルな大奥を再現するため、性的描写を用いております。苦手な方はご注意ください。 時は17代将軍の治世。 公家・鷹司家の姫宮、藤子は大奥に入り御台所となった。 京の都から、慣れない江戸での生活は驚き続きだったが、夫となった徳川家正とは仲睦まじく、百鬼繚乱な大奥において幸せな生活を送る。 ところが、時が経つにつれ、藤子に様々な困難が襲い掛かる。 祖母の死 鷹司家の断絶 実父の突然の死 嫁姑争い 姉妹間の軋轢 壮絶で波乱な人生が藤子に待ち構えていたのであった。 2023.01.13 修正加筆のため一括非公開 2023.04.20 修正加筆 完成 2023.04.23 推敲完成 再公開 2023.08.09 「小説家になろう」にも投稿開始。

強いられる賭け~脇坂安治軍記~

恩地玖
歴史・時代
浅井家の配下である脇坂家は、永禄11年に勃発した観音寺合戦に、織田・浅井連合軍の一隊として参戦する。この戦を何とか生き延びた安治は、浅井家を見限り、織田方につくことを決めた。そんな折、羽柴秀吉が人を集めているという話を聞きつけ、早速、秀吉の元に向かい、秀吉から温かく迎えられる。 こうして、秀吉の家臣となった安治は、幾多の困難を乗り越えて、ついには淡路三万石の大名にまで出世する。 しかし、秀吉亡き後、石田三成と徳川家康の対立が決定的となった。秀吉からの恩に報い、石田方につくか、秀吉子飼いの武将が従った徳川方につくか、安治は決断を迫られることになる。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...