楽将伝

九情承太郎

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第二章 君を守るために僕は夢を見る

十七話 織田信長が土下座するまで、殴るのをやめない(1)

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 朝倉・浅井同盟軍は、「姉川の戦い」で勝てなかった場合も想定して、既に根回しを進めていた。
 「姉川の戦い」で織田・徳川連合軍が大勝した頃、「金ヶ崎の戦い」で殿軍をしてくれた池田勝正かつまさが、同族と重臣に追放された。
 摂津国(大阪北中部&兵庫県南東部)を乗っ取った池田知正ともまさと重臣・荒木村重むらしげは、三好三人衆軍を招き入れる。
 ただの家督争いではなく、アンチ信長の為の動きである。
 そういう動きは察知しつつも、信長は京の足利義昭に戦勝報告をしておく。

信長「幕府に背いた朝倉・浅井に大勝しました」
足利義昭「はい、ご苦労さん」
信長「徳川軍のお陰なので、念入りに多額の褒美を与えてください」
足利義昭「え?(実質、織田の私闘なのに?)」
信長「え?(それ以外にお前の有用性、ないだろうが?)」
細川藤孝ふじたか「もう用意してありますので、ご安心を(あ~、この二人は疲れる)」
 
 将軍様と信長との温度差が凄かったものの、根回しが良かったので、徳川軍への褒賞は滞りなく行われた。
 手柄の少ない織田軍には、ちょっびとしか与えなくていいという塩梅に、足利義昭の興が乗った部分もある。
 これを済ませてから、ようやく織田軍は岐阜に戻った。
 次の戦いに備える為に。
 今年三度目の戦に向けて。
 戦国時代でも、三連戦は異常なペースです。

 元亀げんき元年(1570年)八月二十日。
 再進出を図って摂津国に駐屯する三好三人衆軍と、先に交戦していた松永久秀が勝って露払いを済ませたと聞いた信長が、岐阜を出発する。
 今回の織田軍は、三万。
 今度は徳川軍抜きの出兵なので、三万。
 武田信玄と睨み合っている最中の徳川軍に、三連続で、しかももっと遠くに来てくださいとは言えなかった。
 八月二十一日には、秀吉の詰める横山城に顔を見せ、浅井長政の籠る小谷城をビビらせた。
 八月二十三日には京都に着いて、足利幕府軍も合流し、軍勢は四万を超える。
 摂津の野田・福島城に立て籠もる三好三人衆軍は、アンチ信長勢力を糾合し、一万三千。
 戦力は三倍の差があるが、野田・福島城は河口のデルタ地帯に築城されているので、攻め辛い。
 戦いは当初、長引くと予想された。
 八月二十六日。
 野田・福島城の南東、天王寺に着陣した織田軍は、まずはリクルート作戦から始める。
「君たち、馬鹿な事はやめて、織田軍に寝返りなさい。今なら赦免状(無罪認定書)を発行しますし、織田軍の好きな武将とツーショット写真を撮れる上に、サイン入りだよ」
 勝ち目が薄いという自覚があるので、投降して織田軍に寝返る武将が、少なからず出る。
 ここまでは、順調だった。
 順調だったので、足利義昭が二千の兵を連れて、加勢(見物)に来る程だ。
 将軍様の観戦する中、織田軍は野田・福島城を包囲するように櫓や砦を次々と新築する。
 川を堤防で堰き止め、土手を積み上げ、互いに鉄砲で激しく応酬し合いながらも、勝負を詰みへと進める。

「ここで力の差を見せ付けないと、形勢がヤバいからな。わしは休むが」
 先月から戦い続きで疲労が溜まっている松永久秀ひさひでが、本陣に寄って金森可近ありちかに茶を淹れさせてサボる。
「サボり魔の淹れた茶は、美味いな。味わいに余裕が出る」
「一日三十回以上、茶を淹れてみてから、同じ事を言ってみなさい」
 信長の至近距離で堂々とサボる茶坊主武将は、右手が疲れて動かなくなった小芝居を入れる。
「金森がサボれるのは、勝っている証だ。めでたい」
「甘いよ、松永弾正だんじょう(松永久秀の通称)。負けていようとサボりますよ、自分は」
「お見それした。過小評価だった」
 周囲の小姓や警備の馬廻たちが、失笑する。
 信長も失笑するが、松永久秀ひさひでに鋭く問う。
顕如けんにょは?」
 短いにも程があるが、意味は通じている。
「石山本願寺(現・大阪城)は、渡さないでしょう。十万の信徒を中に入れて守れる、好立地の場所です」
「あそこに城を築けば、十万の兵を養える最強の城が出来る」
「そんな城を建てられるのであれば、そもそも戦国時代が終わっていると思いますが」
「今、必要だで」
 石山本願寺。
 この時代で最大の仏教宗派・浄土真宗(一向宗)の、本拠地である。
 浄土真宗の宗主・顕如けんにょに対し、信長は矢銭の提供だけでは満足せずに、本拠地の石山本願寺を渡すように交渉している。
 好立地に、目が眩んでいる。
 水運・海運・陸運の要所に、巨大城塞を築けるのである。
 成功すれば、ここを日本の実質的な首都に出来る。
 先に石山本願寺が根を下ろしているので、成功の見込みが薄いのが難点。
「今は、交渉を進めるどころか、白紙に戻した方が、安全ですぞ」
 石山本願寺の場所は、今戦場にしている野田・福島城の対岸にある。
 ご近所である。
 この状況で、顕如けんにょが信長にキレて攻撃して来たら、戦況が激変する。
「四万の軍勢が、野田・福島城をフルボッコにする様を見れば、考え直すと思うがのう」
 信長の偏った考えを、松永弾正は否定する。
「考え直す方向が、三好三人衆と手を組む事かもしれません。くれぐれも、自重してください」
 信長は、少し考え込んで、梟雄からの忠告を受け入れる。
「分かった。一向宗は、刺激しない」
 戦国時代で最も集金能力があり、全国規模で兵を募集出来る一向宗を相手に、まだ信長は慎重だった。
 慎重に控え目に通常態で振る舞っても、顕如けんにょから敵視される可能性を、松永弾正も可近ありちかも予想しなかった。
 信長に慣れ過ぎて、感覚が麻痺していたのかも。
 顕如けんにょは既に、全国に「信長は仏敵だから、倒す事にしました。死んでもいいから戦働きしたい人、急募」という檄文を送っていた。
 その情報は信長にまで報告されたのだが、織田軍から仕掛けなければ最後の一線は超えないだろうと、スルーした。
 そうすれば攻撃されないだろうと、信じた。


 元亀げんき元年(1570年)九月十二日。
 織田軍に、鉄砲を得手とする傭兵集団として名を上げている雑賀さいが衆・根来ねごろ衆二万が合流する。
 実は三好三人衆軍も雑賀さいが衆・根来ねごろ衆を雇用しているのだが、織田軍の方が遥かに多く味方に付けている。
 兵力の差を、地の利・鉄砲の数で互角に持ち込む算段が、完全に崩壊した。
 流石に諦めて、三好三人衆軍の方から、和睦の交渉が持ち出される。
「遅い。根切り(皆殺し)だで」
 信長は、強行姿勢を崩さない。
 和平交渉をハッキリと断り、戦の目的を虐殺に切り替える様を、石山本願寺が見ている前で示す。
 たぶん、これが最後のトリガーになった。
 九月十二日、夜半(二十四時)。
 石山本願寺から、戦いの鐘が鳴り響く。
 石山本願寺の軍勢が、織田軍に攻撃をかけに来た。
 野田・福島城攻めの第一陣を務めている、佐々成政・前田利家の部隊を狙って。
 まさかの事態に信長すらフリーズする中、味方の雑賀さいが衆が、石山本願寺の軍勢に呼応し、裏切る。
 雑賀さいが衆は一向宗の門徒が多いので、これは当初から予定していた動きだろう。
 夜でも効率良く、織田軍に鉄砲玉を撃ち込んで混乱を広げていく。
「朝になったら、将軍様を盾にして、いえ護衛して京都まで逃げましょう」
 可近ありちかがそう進言しても、信長は不機嫌に却下する。

 九月十二日、朝。
 川の堤防が破壊され、織田軍の築いた陣や砦が、水に浸って使用不能になる。
 どの陣営も、水気のない場所まで引き下がり、大規模戦闘が出来なくなった。
 どの軍勢も睨み合ったまま、水入りが続く。
「時間の無駄です。引き上げましょう」
 可近ありちか以外も、撤退を具申しだす。
「仕切り直しだ。兵数の差は、まだ圧倒的に有利だ。水が引き次第、再開だで」
 信長は、少なくとも三好三人衆軍だけは削る気で、粘る。
 河辺の低い土地なので、水は、なかなか引かなかった。
 数日を浪費する中、可近ありちかの実家から、忍者の特急便が届く。
顕如けんにょの檄文は、朝倉・浅井同盟軍にも届けられたそうです。あいつらがこのタイミングで京都を目指したら、我々の敗北です」
「あいつらが、動けるはずがないだぎゃあ! 姉川で負けたばかりだぞ!!?」
 信長が、目先の獲物を諦めない。
 松永久秀も独自の情報網から、撤退を進言する。
「一向宗と盟を結んだ以上、朝倉は国内の一向一揆と戦わずに済みます。動員数は、姉川の時より増えるでしょう。浅井も、この機会を逃さずに、横山城への備えを残して出撃します。
 撤退して、京都の守りに入りましょう」
「そうなったら、秀吉が小谷城を落とす。長政は引き返すか、自滅じゃ」
 信長が撤退に踏み切れないまま、横山城で浅井軍の動向を見守っていた秀吉から続報が届く。
「浅井長政が、ほぼ全軍で出撃しました。琵琶湖を西周りに進んで、朝倉と合流して京都に入る模様。予想する総兵力は、三万。
 宇佐山うさやま城にも、報せを送りました。こちらは動けませんので、直ぐに撤退して京都まで退くべきだと、竹中半兵衛も申しております」
 朝倉・浅井同盟軍の進路にある宇佐山城には、織田の看板無双キャラ・森可成よしなりが詰めている。 
 兵力は、千。
 無双キャラでも危ない戦力差だ。
「京都に詰めておった、信治のぶはる(信長の弟)を向かわせろ。信治の手勢二千が加われば、宇佐山城は落ちぬ」
 まだ撤退を口にしない信長に対し、可近ありちかが殴ろうかとも思った頃合いで、信長が命令を下す。
「殿軍の根回しを、三好や蓮如に気付かれないようにやれ。背後から攻められたら、三左さんざ(森可成の通称)を助けに行けなくなるで」
「お任せを。既に小細工済みです」
 金森可近ありちか、二度目の殿軍、決定。

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