鬼面の忍者 遠江国掛川城死闘篇

九情承太郎

文字の大きさ
39 / 47
遠江国掛川城死闘篇

米津常春という武将(5)

しおりを挟む
 掛川城から南に位置する曾我山の付近に、掛川城包囲網から最も遠い徳川の陣地がある。
 川を挟んで一里近く3・5㎞の距離であり、戦傷者の治療や戦死者の埋葬を行う安全地帯として位置付けられている。
 掛川城本丸に一番乗りを果たして終戦へのフラグを立てた米津常春は、家康からこの場所への配置換えを言い渡された。
 面倒な服部隊との仕事も解消され、更紗以外は半蔵の指揮下へ帰った。これはもう、終戦に向けて中級幹部以下は確実に暇を持て余す期間に突入すると読んだ米津常春は、心置きなく気楽に振る舞う。
 いつも気楽な上に、浅葱色の衣装のままなので見分けはつかないけれど、米津常春は浮かれている。
 朝比奈泰朝が公約通りに降伏するのを疑わず、米津常春は上機嫌で部隊に自慢する。

「これこそ、ご褒美というものだよ! 見ろ、敵兵が全くいない上に、味方は死人か死にかけ。つまり、安全に酒を独り占め! 完全に有給満喫モード!」
「酒を飲んでサボれという意味での配置換えではないと存じますが?」

 部隊を代表した息子の苦言を無視して、常春は陣屋の食料置き場で酒樽を探す。
 酒樽と一緒に余計な存在を視界に入れてしまい、常春は舌打ちをしないように飲み込む。
 黒僧衣の偉丈夫が、酒樽を脇に置いて先に酒盃を重ねている。屋内外には軒猿が侍り、徳川の陣には迷惑を掛けないように気を遣って雑用を手伝ってくれたり。
 上杉謙信は常春を気にせず酒を続けながら、楽しそうに徳川の若武者達に竹束の作り方を教授する。

「締め方が甘いぞ。やり過ぎでちょうどいいと心得よ。鉄砲はバージョンアップして火力が上がっていく兵器なのだから、防御側も厚みと堅さを増量せねばならぬ」

 久能くの宗能むねよしも輪に入り、大先輩からの指導を率先して吸収している。
 常春は、竹束を引ったくって手作業を中断させてから質問する。

「葬儀は?」
「高力さんに任せています。明日、葬式です」

 今川に内応していた久能の関係者は、主だった者のみを処刑して、他は追放で済ませている。そこまでは、事前の打ち合わせ通りだった。
 予想外だったのは、久能宗能の実弟が内応者に加担しており、昨夜の乱闘中に裏切り者として戦死した事。
 家康は久能宗能の傷心を慮り、最後方の陣に配置換えを命じていた。
 常春は、此処に回された裏の意味を察すると同時に、平気な顔で酒の肴に戦の勉強を施す越後の酔っ払いに苛つく。
 睨むと怖い結果になりそうなので、常春は謙信を視界に入れないように若者を休ませようと試みに専念する。

「戦は終わりだ。休んどけ」

 当の久能宗能は、穏やかに微笑みつつ、竹束をサッと奪い返す。

「今川との戦いが終わるだけです。次は武田と。喪に服している合間も、学ばねば」
「だからなあ、葬式が終わってからでも…」
軍神上杉謙信から学べる機会を逃したら、死んだ弟に嗤われましょう」

 上杉謙信は、嬉しそうに生徒と保護者の対話を肴にしながら酒盃を続ける。

「あのなあ、他の事で気を紛らわせようとしても、無駄だ。家族の死は、そんなに軽くならねえ。あと、此処にいるのは軍神じゃない。仕事をサボって酔っ払っているアル中の戦国大名だ。そんなものを崇めるな」
「なっ…んという…」

 若武者たちが常春の発言に凍りつく。

「本当の事を言われちゃった!」

 謙信が涙を流して爆笑していると、河田長親が顔を真っ赤にして羞恥に身震いする。
 襟首掴んで謙信を引き摺り、徳川の陣屋を出て行こうとする。

「もういいです。他国で恥を晒すだけなら、休暇は打ち切りです! 帰りますよ。どの道、こんなイレギュラーな滞在、歴史小説として『頭がおかしい』と嗤われるだけです」

 うるせえよ。

「んん~、自力で立てるから…いや、これはこれで楽かもしれない」

 そのまま甘えて引き摺られて移動する謙信(泥酔い中)が、陣屋に入れ違いに担架で運び込まれた人物を見て、急に素面に戻って河田長親を突き飛ばして陣屋に駆け戻る。
 高熱と激しい咳に苦しむ吉良義安に近寄ろうとする謙信を、軒猿たちが迅速に押し留める。

「病状がハッキリするまで、患者に近寄らないで下さい」

 河田長親は謙信を再び屋外へ連れ出し、昨日まで元気に見えた吉良義安の弱り切った体を、軒猿の医療担当に診察をさせる。
 吉良の喉、肺機能、脈、首回りの状態を確かめた軒猿が、報告を始める。

「風邪を拗らせて、肺炎まで一気に悪化しました。ご家族に連絡するべきかと」
「毒殺では、ないのだな?」

 謙信の心配に、常春は『毒殺を心配されるような重要人物じゃないからね、吉良義安は。キラークイーンを使える方の吉良じゃないし』とツッコミを入れる動作を控える。

「戦が終わり、緊張が解けた者が、疲労から一気に体調を崩す事がございます。冬に二ヶ月以上の行軍故、無理からぬ有様かと」

 聞き終えた瞬間に、謙信は吉良義安の側に寄って、手を握る。

「私に出来る事を託し給え」

 希望的観測とは無縁の軍神が、末期の願いを引き受けようと構える。
 吉良義安は死への病痛を堪えて、得た知己の中で最も頼むに足りる人に、託す。

「……息子を……未だ五歳にて…何も受け継がずに、歳を重ねてしまいます…家が凋落しようと、教養だけは身に付けられるよう…ご配慮を願いたい」
「承知しました。必ずや、吉良家に相応しい教育を受けさせます」

(越後に引き取って、養子にでもするつもりか?)

 行方を見物する常春に、謙信は次の視線を向けた。

「今川の姫は、十歳であったな?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

日露戦争の真実

蔵屋
歴史・時代
 私の先祖は日露戦争の奉天の戦いで若くして戦死しました。 日本政府の定めた徴兵制で戦地に行ったのでした。  日露戦争が始まったのは明治37年(1904)2月6日でした。  帝政ロシアは清国の領土だった中国東北部を事実上占領下に置き、さらに朝鮮半島、日本海に勢力を伸ばそうとしていました。  日本はこれに対抗し開戦に至ったのです。 ほぼ同時に、日本連合艦隊はロシア軍の拠点港である旅順に向かい、ロシア軍の旅順艦隊の殲滅を目指すことになりました。  ロシア軍はヨーロッパに配備していたバルチック艦隊を日本に派遣するべく準備を開始したのです。  深い入り江に守られた旅順沿岸に設置された強力な砲台のため日本の連合艦隊は、陸軍に陸上からの旅順艦隊攻撃を要請したのでした。  この物語の始まりです。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』 この短歌は私が今年元旦に詠んだ歌である。 作家 蔵屋日唱

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

処理中です...