鬼面の忍者 遠江国掛川城死闘篇

九情承太郎

文字の大きさ
40 / 47
遠江国掛川城死闘篇

米津常春という武将(6)

しおりを挟む
 問われて常春は、三秒呆れて、二秒苛ついて、六秒後には妙案かなと、腑に落ちた。
 今川の姫と吉良の息子を縁組させれば、吉良ジュニアの身分は安泰で姫経由の教養を身に付けられるし、徳川は最高級の血筋をプール出来る。

(殿も認めるな、この話)

 常春は得心するが返答が遅れたので、代わりに更紗が謙信に返答する。

「はい、その通りでございます。美朝姫様なら、上杉様のお眼鏡に適う人材でございます」

 更紗が真面目に敬語を使ったので、えも言われぬ視線が徳川サイドから集中する。

「何よりである。私は見物を辞めて、今川に和睦を働きかける。それまで姫に刃が届かぬよう、努めてくれ」

 その言葉の意味を、徳川サイドの大半は全く理解出来なかった。
 意味が分かる者も、軍神の口から出るのかが、分からない。
 言うだけ言って移動しようとする謙信の肩を、常春は思わず鷲掴みにして問い質す。

「どうして、城攻めが終わっていない前提で話されるのですか?」

 謙信と目を合わせた瞬間、常春は貴人の肩に勝手に触れた非礼に気付いて、畏る。
 謙信は、軒猿すら間に合わない動きで肩を掴んだ武将を、興味深く観察してから、咎めずに問いに答える。

「城主の朝比奈が開城を決意しても、大名の今川氏真が反対すれば、戦は終わらぬ」
「…あの無能な大名が、この段階でゴネると?」

 そのあまりに馬鹿馬鹿しく愚かしい展開予想を、謙信は常春に詳しく断言する。

ではなく、だ。無能者は、戦も政も降伏も命乞いも失敗する。攻める側が、そこまで慮ってやらないと、敵味方を無駄に巻き添えにして、自爆する」

 次の台詞を言う謙信の目を、常春は見てしまった。

「本当に、ウンザリする。向いていないくせに戦と関わろうとする大名が、私の時間も無駄にしおる」

 謙信の目が、虎のように獲物を求めて黒金の輝きを巡らせている。
 人間に向けていい目ではない。

「私は、もっと高等な戦術を駆使出来る敵と戦いたいのに!
 もっとマトモな戦略を考案出来る敵と見えたいのに!!
 もっとキチンと戦争が出来る敵と何度でも戦いたいのに!!!!」

 常春は、目の前の黒僧衣の軍神は、家康とは真逆のであると知る。
 こんなのに絡まれた武田信玄に、常春は初めて同情してしまった。

「無能な戦国大名の恐ろしさは、これから身に沁みて分かるだろう。彼奴等は、本丸で殺される最後の瞬間に至っても、無能だから殺されるまで無駄に戦い続けてしまったと言う過ちに気付かぬのだ。彼奴等の無自覚のせいで、戦国の世は無駄死の洪水が止まらぬ」

 絶対強者による、敗者たちへの一方的な愚痴だった。
 そこまで話して、謙信は吉良に一礼すると、最後の台詞を置いて行く。

「ではな、米津常春。君の次の仕事は、無能な戦国大名父親から、姫を守る事だ」

 他国で他人の部下に勝手に命令しないで下さいと思う常春であったが、どうせ家康から押し付けられそうな案件なので、逆らわずに一礼して見送る。

「更紗。服部隊への繋ぎを、急いで頼む」

 更紗は、常春の真後ろに、視線を送る。
 釣られて振り返ると、服部半蔵が吉良から子息に渡す形見の品を確認している。

「茶道具は売らずに、総て譲渡、と」
「居たのかよ」

 鬼面の忍者は、用事を済ませてから、常春に向き合う。

「後は、今川氏真を屈服させるだけです。このまま事を進めます」
「ふうん」

 半蔵経由で家康が事態を見守っているならば、常春が気を遣う必要はない。
 浅葱色の服を脱ぎながら、常春は懸念を確認する。

「で、本当に密約を反故にする気なの? 今川のアホ大名は?」
「まあ、仕方ないですよ。冷静に客観的に考え直して見れば、当方は…」

 言葉を選ぼうとして、服部半蔵は取り繕う手間暇を省く。

「強盗殺人をしに来たロクデナシの軍勢ですから」
「まあな」

 米津常春は、浅葱色の服を、本来の持ち主に返す。
 吉良義安は、目礼だけで力なく返事を返した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

戦国終わらず ~家康、夏の陣で討死~

川野遥
歴史・時代
長きに渡る戦国時代も大坂・夏の陣をもって終わりを告げる …はずだった。 まさかの大逆転、豊臣勢が真田の活躍もありまさかの逆襲で徳川家康と秀忠を討ち果たし、大坂の陣の勝者に。果たして彼らは新たな秩序を作ることができるのか? 敗北した徳川勢も何とか巻き返しを図ろうとするが、徳川に臣従したはずの大名達が新たな野心を抱き始める。 文治系藩主は頼りなし? 暴れん坊藩主がまさかの活躍? 参考情報一切なし、全てゼロから切り開く戦国ifストーリーが始まる。 更新は週5~6予定です。 ※ノベルアップ+とカクヨムにも掲載しています。

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

対ソ戦、準備せよ!

湖灯
歴史・時代
1940年、遂に欧州で第二次世界大戦がはじまります。 前作『対米戦、準備せよ!』で、中国での戦いを避けることができ、米国とも良好な経済関係を築くことに成功した日本にもやがて暗い影が押し寄せてきます。 未来の日本から来たという柳生、結城の2人によって1944年のサイパン戦後から1934年の日本に戻った大本営の特例を受けた柏原少佐は再びこの日本の危機を回避させることができるのでしょうか!? 小説家になろうでは、前作『対米戦、準備せよ!』のタイトルのまま先行配信中です!

改造空母機動艦隊

蒼 飛雲
歴史・時代
 兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。  そして、昭和一六年一二月。  日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。  「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。

処理中です...