鬼面の忍者 長篠セブン

九情承太郎

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四章 決戦の朝に

十三話 戦いはいつも、自分の為(2)

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 設楽原から鳶ヶ巣とびがす山砦の裏手まで、酒井忠次&奥平定能&金森可近ありちかの部隊は、武田にバレないルートを取る。
 山の裏側に大きく迂回し、山道を行軍する。
 夜の八時に。
 普通なら脱落者が出そうな強行軍だが、そこは歴戦の酒井忠次。
 山道ルートには手摺になる縄を張り巡らし、夜中でも迷わず滑落せず、速やかに走破出来るように下準備を整えていた。
 一刻いっとき(二時間)で、鳶ヶ巣《とびがす》山砦の背後の山まで、進んでしまった。
 このまま鳶ヶ巣《とびがす》山砦を襲える事は襲えるが、手筈通りに夜明けまで待つ。

「本当は、待ちたくない」
 奥平定能は、奥歯をギリギリと軋ませながら、腰を下ろして、焦燥に耐える。
 山の反対側からは、長篠城を夜も攻め立てる音が届く。
 怒号と悲鳴が、山の反対側まで、低く届く。
「見に行かせましょうか?」
 金森が物見に部下を使おうとするが、酒井忠次が止める。
「服部半蔵が、斥候に出てくれている。待つだけです」
 その晩、服部半蔵は三度、長篠城の様子を伝えに来てくれた。
「二の丸、三の丸はほぼ壊滅しました」
「兵は本丸に移行済みなので、あと一晩は保つでしょう」
「食糧は尽きておりますが、戦意は尽きていません」
 服部半蔵は来る度に、酒井忠次に報告する態で、奥平定能の様子を伺っている。
 この武将が我慢出来ずに救援に駆け出してしまった場合、織田信長が設楽原に立てたキルゾーンが、無駄になる可能性がある。
 その場合でも織田・徳川連合軍の勝利は確実だが、武田の主力部隊は取り逃すだろう。
 コスパが悪い。
「夜明け前まで、まだ二刻(四時間)はありますさかい、寝ときまひょか」
 金森が提案するが、奥平定能は不機嫌そうに返す。
「ここで眠れる程、神経は太くない」
「それでも、ひと眠りしまひょか」
 金森は、傷の消毒用に持ち歩いている酒を入れた瓢箪を、奥平定能に差し出す。
「明日は、武田にトドメを刺す日や。前祝いしよか」
「前祝い、ね」
 定能は、酒を一口だけ飲むと、瓢箪を返す。
「ほな、前祝いに、酒井殿の『海老すくい』を」
「うむ」
 やりかけて、酒井忠次は思い留まる。
 ギャラリーが笑い転げて、奇襲がバレてしまう。
「明日の、祝勝会で」
「いえ、前祝いさかい、出来れば此処で」
 祝勝会が開かれるという事は、酒井忠次に加勢する用事がなくなる事を意味する。織田の陣営に戻ってしまうので、信長の親衛隊として身動きが取れなくなる。
 海老すくいを、間近で観賞して完コピする機会が、失われる。
 酒井忠次・奥平定能は、
(ひょっとして、この趣味人の目的は)
(信長の元から離れた隙に、遊ぶ気か)
 という、金森可近ありちか(通称・五郎八)の本性を、察してしまった。
 酒井忠次は、金森可近の願いを叶える形で、戦後の祝勝会のやり方を提案する。
「祝勝会は、鳶ヶ巣とびがす山砦奇襲組だけで、やりましょう。海老すくいは、その場で」
「約束ですよ。殿が呼んでも、返さないでくださいね」
 真面目な顔で、金森可近ありちかが念押しする。
 信長の親衛隊なので、自由に遊べるチャンスは、本当に稀なのだ。
 趣味人には、かなり辛い職場環境だ。
「心得た。返さぬ」
 ごく自然に織田信長に嫌がらせを出来るチャンスに、酒井忠次は乗った。
 
 
 暫しの休息の後。
 夜明け前に、武田の軍勢が、設楽原へと進軍を始める。
 長篠城を攻め続ける兵力三千を鳶ヶ巣とびがす山砦中心に残して、一万二千を超える兵力が、出撃していく。
 織田・徳川連合軍四万が待ち受けているというのに。
 残された兵たちも、悲壮な覚悟を決める。
 本軍が引き返して来るまでに長篠城を落とせなかった場合、撤退戦での速度が鈍らされて被害は甚大になる。
 犠牲を覚悟で、半壊した長篠城を全壊させるまで叩くしかない。
 そんな気合の入った鳶ヶ巣とびがす山砦に、酒井忠次の奇襲部隊が、夜明けと共に襲い掛かった。


 長篠城を囲む武田の戦力三千は、一箇所に集まっている訳ではない。

 鳶ヶ巣とびがす山砦 千人
 支砦四箇所 計千人
 長篠城の西岸・有海村 千人

 特に鳶ヶ巣とびがす山砦は、長篠城の攻撃に兵力の殆どを割いているので、酒井忠次の奇襲部隊二千人に奇襲されて、秒殺される。
 長篠城のように、長期間大軍からの攻勢に耐えられるよう防御力を備えてはおらず、長篠城を包囲する軍勢を宿泊させる事が主眼の砦である。
 本気の軍勢二千人に猛攻を受ければ、建物ごと薙ぎ倒される。
 他の支砦四箇所も順々に早々に、各個撃破されていく。
 寝床を破壊された武田軍は、本隊に合流しようと、長篠城の西岸・有海村方面に逃げてくる。
 あまりの猛攻に、長篠城攻略の重要性も忘れて、本隊のいる方向へ逃げてしまう。
 そして、有海村に逃げ込もうと川に足を踏み入れた彼らに、五百を超える鉄砲の火線が、撃ち込まれる。
 金森可近ありちか(通称・五郎八)の奇襲部隊二千は、既に長篠城の西岸・有海村を制圧していた。

 金森可近ありちかは、無理をしない・させない・しようとしない武将である。
 有海村に奇襲を掛けるや、武田に向けて逃げるように唆す。
「無理せんと、西へ向かって本隊へ合流せえや。ここで踏み止まっても、無駄死にやでえ」
 鉄砲五百丁を撃ち込みながらの撤退勧告である。
 踏み止まって勇猛果敢に戦う者は自然と戦死していく。
 長篠城周辺の砦が落ちた頃には、戦死していない兵はオススメ通りに、西へと戦略的撤退をした。
 聡い者は、本軍に合流しても先がないと見切り、この段階で武田領内へと逃げ去った。
 落合左平次は、このタイミングで逃げ延びたらしい。
「逃げたのは、追わんでええ。有海村の制圧が、目的や」
 金森は、情けをかけた訳でも、人道に基づいて非殺をした訳ではない。
 本隊に合流しても、信長が仕掛けた野戦築城の攻略に投入されて、鉄砲玉の餌食にされるだけである。
 投入されずに済んでも、午後の撤退戦では、この有海村は罠だらけの死地と化している。
 戦場で効率の良い戦果を求めただけである。
「詰んどるなあ、本当に」
 まだ逃げずに踏み止まって奮戦している残存兵を殲滅しながら、金森可近はちょびっと不憫さを感じてしまう。
 感じても、容赦はしない。
 既に降伏勧告はしてある。
 脅しでもハッタリでもなく、勝敗は既に着いている事を教えて、逃げるように伝えた。
「ここは念入りに掃討するで。昼過ぎの本番の戦いまでに、ここで罠を張るさかい」
 金森の指揮に、織田の兵たちは疑義なく間断なく動く。
 織田の兵は、知っている。
 金森可近ありちかが直接指揮した戦闘で、敗北はない事を。
 このサボりがちな名将に付き従う事が、生き残りや手柄を立てる最高の手段であると。
 熟知している。
 だから念入りに掃討しようとするのだが、途中で金森が制止する。
「ちょっと待った! 止まれ! 撃ち方やめえ! 前線、十歩下がっとけ!」
 何だよと訝しむ兵達だが、説明されるまでもなく戦況が目前で激変する。
 長篠城周辺から追い払われた武田兵を追って、酒井忠次の軍勢が川を渡って来る。
 前代未聞の奇襲を成功させて、ハイになっている。
 しかも、長篠城に籠城していた奥平軍まで、干し米を歩き喰いしながら参戦している。
 川岸に磔にされた鳥居強右衛門の遺骸を解放すると、弔い戦とばかりに、戦列に加わっている。
 やる気は買うが、このままでは兵が密集し過ぎて、同士討ちの危険もある。
「ど阿呆! 本番は昼飯の後や! それと奥平衆は休ませろ!!」
 金森の叱責が聞こえたのか、酒井忠次の軍勢は、武田の逃げ道を塞ぐのみで、一旦進軍速度を緩める。
 だが、金森の方が手を緩めているのを見て、後は任せろとばかりに、有海村の掃討戦に取り掛かる。
「その元気は、午後に取っておけっちゅうに」
 金森可近ありちかは、序盤戦で飛ばし過ぎている酒井忠次に対し、ちと苛々した。
 武田の本軍は、設楽原で散々に数を減らして引き返してくるだろうが、その数は金森・酒井・長篠城を合わせた数と同じか、それ以上だろう。
 一歩間違えれば、足止めどころか突き破られて大損害を受けてしまう。
(海老すくいを見るまでに、わてが余計に働かんといかんなあ、こりゃあ)
 金森は掃討が済む間に、部下に有海村を通る街道に敷設する罠の指示を始める。
(いや、考えようやな。戦闘は酒井はんに任せて、わてらはもう罠の仕掛けにだけ専念しまひょ)
 金森は柔軟に、戦況を整えていく。
 今夜の宴会で、気兼ねなく楽しむ為に。
「三交代で罠設置の作業に就かせるで。他は休憩と、飯炊き。きっちり休めや、本番は昼過ぎや」
 趣味に興じる為なら、金森可近は何でも熟す。
 黄昏を迎える武田にトドメを刺す作業も、全ては趣味に没頭する為。


「武田の退路。完全に遮断しまっせ」


 趣味の為なら戦国最強を謳われる武田すら踏み潰そうとする指揮官に、部下達は頼もしさを感じつつ、ちょっと引いた。

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