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第1話 僕が僕でなくなる朝
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昔から嫌いだった。
鏡に映る、自分の顔。
大きな瞳に、長めの睫毛。
色素の薄い髪と、女子よりもきめ細かい白い肌。
日高ひより。それが僕の名前だ。
高校二年生の男子にはあり得ないその名前は、僕にとって呪いでしかなかった。
昨日の朝も、その呪いは僕を襲った。
「ひよりくーん、おはよ。今日も肌つるつるだねえ」
「ちょ、やめ……っ」
「あはは、赤くなってる! かっわい!」
教室に入った瞬間、まとわりついてくる女子たちの甲高い声。
二の腕を突かれ、頬を撫でられる。振り払おうとするが、僕の細腕では彼女たちの遠慮のない力に抗えない。
情けないことに、僕は平均的な女子よりも筋力が弱かった。 抵抗すればするほど、彼女たちは面白がってエスカレートする。玩具にされている屈辱で視界が滲む。
と、その時。
「……通路、塞がないでくれる?」
氷のように冷ややかな声が落ちてきた。 空気が一瞬で凍りつく。
女子たちが慌てて道を開けた先に立っていたのは、狩野さんだった。
狩野 蓮菜。クラスの女王。
腰まである艶やかな黒髪、切れ長の涼しげな瞳。学年の女子でもっとも背が高く、誰とも群れない孤高の存在。 二年生にして弓道部のキャプテンだと聞いてる。
そんな彼女は、もちろん僕を助けようとしたわけではない。そのことは、ちらと僕に向けられた表情からも見てとれる。単純に邪魔だっただけなのだ。そのまま何も言わずに自分の席に歩いてゆく。
僕を囲んでいた女子たちは、ほんの小さな声でなにか毒づいていたようだった。
僕は自分の席につき、前の方に座っている狩野さんの背中に視線を向ける。
彼女が女子たちに好かれていないことは感じていた。でも、僕は、その凛とした背中にずっと憧れに似た安堵を覚えていたのだ。
昨日も、今日も。
そうやって変わらない日々が続いていた。
――そんな日常が一変したのは、今朝のこと。
「……ん、ぅ……」
目覚めと共に、奇妙な熱っぽさを感じた。
風邪? いや、違う。
身体の芯が甘く痺れるような、覚えのない感覚だ。
重だるい身体を起こし、パジャマのボタンを外そうとして――指が止まった。
違和感。 胸元の生地が、何かに引っかかる。
恐るおそる、視線を落とす。
「……え、えっ……」
なにもない、筋肉すらもほとんどついていない平らだったはずの胸。
それがいま、ほんの小さな膨らみを主張していた。
まるで果実が熟し始めたかのように、先端がシャツを押し上げている。
動くたび、擦れるたびに、電流のような刺激が走る。
「……なに、これ……?」
洗面所に駆け込み、鏡を見る。 そこにいたのは、いつもの僕だった。
けれど、どこか違う。
輪郭がわずかに丸みを帯び、瞳が潤んで見える。
肌は内側から輝くようにほんのり白く、首筋のラインは少しだけ華奢になっていた。
そして、何より。
確認するのが怖かった。
けれど、無視できない喪失感と、新たな圧迫感がある。
「……ひ……」
パジャマのズボンのなかに手を差し入れ、僕はちいさく叫んだ。
小さくなっている。
本来あるべき男子の証が、まるで退化するように萎縮している。
もちろん、いろいろな条件で伸縮することはある。これまでもそうだった。でも、これは、そうじゃない。なにかが違う。
「……いや、だ」
思わず手でそのあたりを抑えてしゃがみ込む。
すると、その奥、下腹部の深いところから予想していなかった熱が湧いてきた。
(どうなってるんだよ、これ……っ)
混乱する頭で、とりあえず学校へ行く準備をした。 胸の膨らみが目立たないよう、少し厚手のインナーを着て、猫背気味にブレザーを羽織る。
できるだけ親の顔を見ないように朝食を掻き込んで、玄関を出た。
歩くたびに、骨盤のあたりがきしむような感覚がある。
内股が擦れる感触さえ、昨日とは違う気がする。 自分の身体が、自分のものではなくなりつつある恐怖。
けれど……。
心のどこかで、この変化を嫌だと思いきれない自分がいることに、僕はまだ気づかないふりをしていた。
学校での時間は地獄だった。
幸い、今日の女子たちは昨日の狩野さんの一件で少し遠慮しているようだった。が、それでも視線が刺さる。
(バレて、ないよな……変な匂いとか、してないよな……)
制汗剤の匂いに混じって甘い体臭が漂っている気がして、僕は一日中身体を縮こまらせていた。
ようやく放課後のチャイムが鳴る。
逃げるように帰宅した。
何日か、そうやって逃げ続けた。見ないふりをして、気づかなかったふりをして。
でも、身体の変化は少しずつ進んでいた。
そうして、数日後。
「日高」
背後から名前を呼ばれ、心臓が跳ね上がった。
女子特有の甘ったるい声ではない。低く、落ち着いたアルトの声。
振り返ると、狩野さんが立っていた。
夕日が差し込む教室で、彼女の長い影が僕の足元まで伸びている。
無表情のまま、僕の足先から頭までをゆっくりと視線でなぞる。まるで、品定めをするように。
そして、その視線が僕の胸元で止まる。
いたたまれなくなり、僕は声を出した。
「あ、あの、狩野さ……」
「すこし、顔。貸してくれない?」
拒絶を許さない、静かな圧力。 彼女は一歩踏み出し、僕との距離を詰める。 ふわりと鼻をかすめたのは、彼女の清潔な石鹸の香りと……僕自身の、甘く熟れ始めた身体の匂い。
間違い、ない。
知っている。
バレている。
僕の全身から冷や汗が吹き出した。
狩野さんの形の良い唇が愉しげに歪むのを、僕は見た気がした。
鏡に映る、自分の顔。
大きな瞳に、長めの睫毛。
色素の薄い髪と、女子よりもきめ細かい白い肌。
日高ひより。それが僕の名前だ。
高校二年生の男子にはあり得ないその名前は、僕にとって呪いでしかなかった。
昨日の朝も、その呪いは僕を襲った。
「ひよりくーん、おはよ。今日も肌つるつるだねえ」
「ちょ、やめ……っ」
「あはは、赤くなってる! かっわい!」
教室に入った瞬間、まとわりついてくる女子たちの甲高い声。
二の腕を突かれ、頬を撫でられる。振り払おうとするが、僕の細腕では彼女たちの遠慮のない力に抗えない。
情けないことに、僕は平均的な女子よりも筋力が弱かった。 抵抗すればするほど、彼女たちは面白がってエスカレートする。玩具にされている屈辱で視界が滲む。
と、その時。
「……通路、塞がないでくれる?」
氷のように冷ややかな声が落ちてきた。 空気が一瞬で凍りつく。
女子たちが慌てて道を開けた先に立っていたのは、狩野さんだった。
狩野 蓮菜。クラスの女王。
腰まである艶やかな黒髪、切れ長の涼しげな瞳。学年の女子でもっとも背が高く、誰とも群れない孤高の存在。 二年生にして弓道部のキャプテンだと聞いてる。
そんな彼女は、もちろん僕を助けようとしたわけではない。そのことは、ちらと僕に向けられた表情からも見てとれる。単純に邪魔だっただけなのだ。そのまま何も言わずに自分の席に歩いてゆく。
僕を囲んでいた女子たちは、ほんの小さな声でなにか毒づいていたようだった。
僕は自分の席につき、前の方に座っている狩野さんの背中に視線を向ける。
彼女が女子たちに好かれていないことは感じていた。でも、僕は、その凛とした背中にずっと憧れに似た安堵を覚えていたのだ。
昨日も、今日も。
そうやって変わらない日々が続いていた。
――そんな日常が一変したのは、今朝のこと。
「……ん、ぅ……」
目覚めと共に、奇妙な熱っぽさを感じた。
風邪? いや、違う。
身体の芯が甘く痺れるような、覚えのない感覚だ。
重だるい身体を起こし、パジャマのボタンを外そうとして――指が止まった。
違和感。 胸元の生地が、何かに引っかかる。
恐るおそる、視線を落とす。
「……え、えっ……」
なにもない、筋肉すらもほとんどついていない平らだったはずの胸。
それがいま、ほんの小さな膨らみを主張していた。
まるで果実が熟し始めたかのように、先端がシャツを押し上げている。
動くたび、擦れるたびに、電流のような刺激が走る。
「……なに、これ……?」
洗面所に駆け込み、鏡を見る。 そこにいたのは、いつもの僕だった。
けれど、どこか違う。
輪郭がわずかに丸みを帯び、瞳が潤んで見える。
肌は内側から輝くようにほんのり白く、首筋のラインは少しだけ華奢になっていた。
そして、何より。
確認するのが怖かった。
けれど、無視できない喪失感と、新たな圧迫感がある。
「……ひ……」
パジャマのズボンのなかに手を差し入れ、僕はちいさく叫んだ。
小さくなっている。
本来あるべき男子の証が、まるで退化するように萎縮している。
もちろん、いろいろな条件で伸縮することはある。これまでもそうだった。でも、これは、そうじゃない。なにかが違う。
「……いや、だ」
思わず手でそのあたりを抑えてしゃがみ込む。
すると、その奥、下腹部の深いところから予想していなかった熱が湧いてきた。
(どうなってるんだよ、これ……っ)
混乱する頭で、とりあえず学校へ行く準備をした。 胸の膨らみが目立たないよう、少し厚手のインナーを着て、猫背気味にブレザーを羽織る。
できるだけ親の顔を見ないように朝食を掻き込んで、玄関を出た。
歩くたびに、骨盤のあたりがきしむような感覚がある。
内股が擦れる感触さえ、昨日とは違う気がする。 自分の身体が、自分のものではなくなりつつある恐怖。
けれど……。
心のどこかで、この変化を嫌だと思いきれない自分がいることに、僕はまだ気づかないふりをしていた。
学校での時間は地獄だった。
幸い、今日の女子たちは昨日の狩野さんの一件で少し遠慮しているようだった。が、それでも視線が刺さる。
(バレて、ないよな……変な匂いとか、してないよな……)
制汗剤の匂いに混じって甘い体臭が漂っている気がして、僕は一日中身体を縮こまらせていた。
ようやく放課後のチャイムが鳴る。
逃げるように帰宅した。
何日か、そうやって逃げ続けた。見ないふりをして、気づかなかったふりをして。
でも、身体の変化は少しずつ進んでいた。
そうして、数日後。
「日高」
背後から名前を呼ばれ、心臓が跳ね上がった。
女子特有の甘ったるい声ではない。低く、落ち着いたアルトの声。
振り返ると、狩野さんが立っていた。
夕日が差し込む教室で、彼女の長い影が僕の足元まで伸びている。
無表情のまま、僕の足先から頭までをゆっくりと視線でなぞる。まるで、品定めをするように。
そして、その視線が僕の胸元で止まる。
いたたまれなくなり、僕は声を出した。
「あ、あの、狩野さ……」
「すこし、顔。貸してくれない?」
拒絶を許さない、静かな圧力。 彼女は一歩踏み出し、僕との距離を詰める。 ふわりと鼻をかすめたのは、彼女の清潔な石鹸の香りと……僕自身の、甘く熟れ始めた身体の匂い。
間違い、ない。
知っている。
バレている。
僕の全身から冷や汗が吹き出した。
狩野さんの形の良い唇が愉しげに歪むのを、僕は見た気がした。
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