女王さまのオンナになった、僕。

臼井 さくら

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第13話 オンナの解放

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 駅前の雑踏は土曜日の解放感に浮き足立っていた。
 色とりどりの服を纏った人々が行き交う中、僕はひとり、息を潜めるようにして待ち合わせ場所に立っていた。

 選んだ服は、ワンサイズ上のグレーのパーカー。
 これなら身体のラインを拾わないし、少し猫背気味にしていれば胸の膨らみも目立たない。昨夜の昂ぶりによる自己嫌悪も手伝って、今日の僕は余計に周囲の視線に臆病になっていた。

 「ひより」

 不意に背後から声をかけられ、文字通り身体が跳ねた。
 振り返ると、蓮菜さん。
 学校で見る制服姿とは違い、淡いベージュのニットにロングスカートという装いだ。その柔らかそうな雰囲気は、どこからどう見ても清楚なお嬢さま。彼女が持つ冷徹な施術者としての影などどこにもない。

 「お、おはよう。蓮菜さん」
 「おはよう」

 彼女は短く挨拶を交わすと、じっと僕の顔を見つめる。戸惑う僕のまわりを一周して身体つきを観察している。その視線は鋭く、レントゲンのように服の下の緊張を見透かしているようだった。
 と、上目に僕を睨むように言葉を出した。

 「私服のときは、胸、潰さなくてもいいのに。苦しいでしょ」
 「え……や、そんなでも」
 「嘘。君、もうCカップくらいあるんだからね。ずっと潰し続けてたら身体に悪いよ」
 「……そんな、こと……」
 「そんなことある。身体が強張ってるし、呼吸が浅い。無理に男らしくあろうとして、逆にバランスを崩しかけてるって感じ」

 図星だった。昨夜の自慰行為の記憶、女として消費されることへの渇望。それを必死に理性で抑え込んでいる歪みが、彼女には見えているのだ。
 しばらく難しい顔をしていた蓮菜さんは、そのうちにんまりと笑みを浮かべた。

 「うん。やっぱり、ちゃんとやるか」
 「え?」
 「今日はね、徹底的にガス抜き、するから」

 彼女はそういうと、有無を言わせぬ調子で僕の手を引いて歩き出した。

 「え、ちょ……が、ガス抜きって……どういうこと?」
 「子どもの頃のわたしがそうだったの。無理に男の部分を抑え込んだり、逆に女の部分を無視したりすると、心も身体も歪んでくる。それでわたしは、一度、言葉をしゃべれなくなっちゃった」
 「……そう、なんだ」
 「そう。だから、ちゃんと解放した方がいいの。いまの素直な気持ち、いまのほんとうの身体」

 ほんとうの、素直な気持ち。
 昨日の夜の痴態を覗かれたような気持ちになり、僕は勝手に顔を赤らめた。

 「で、でも、どうやって……」
 「いいから。今日はわたしが、あなたの『女』を管理してあげる」

 連れて行かれたのは駅ビルだった。
 メンズフロアには目もくれず、エスカレーターでレディースフロアへ。
 来たことがないわけじゃないけれど、母親の付き添いとかだ。自分とは縁のない世界。

 と、向かってゆく先にあるのは、ランジェリーショップ。
 引っ張られる腕をおもいっきり引き戻し、急ブレーキをかけた。

 「ちょ、ちょっと待って、まずいよ、変に思われるよ」
 「騒がないで。カップルに見えるから大丈夫。というか……」
 「……?」
 「君、もうさ、ちょっとボーイッシュな女の子に見えなくもないんだよ?」

 ごん、と殴られるような衝撃。
 黙りこんでしまった僕の手を引いて、蓮菜さんはずんずんと店内に入っていく。
 パステルカラーやレースが溢れる店内。甘い香水の匂い。柔らかな照明。そこは男である僕にとって、酸素濃度が違う異界だった。呼吸ができない。すれ違う女性客の視線が突き刺さるような気がして、僕は顔を俯かせたまま歩いた。

 蓮菜さんは慣れた手つきでいくつかの商品を手にとり、見比べはじめた。煌びやかなレースのものもあるし、シンプルな機能性重視のものもある。迷った末に細かい装飾のついたベージュのものを僕の胸に当てようとする。思わず、身体が逃げる。

 「こら。逃げない」
 「だ、だって……」
 「成長期だからノンワイヤーの方がいいかと思ったけど、いまの大きさならちゃんと支えてあげないと垂れるから。うん、これくらいかな。店員さんにサイズ見てもらおうか」
 「えっ、店員さん……やだ、やだやだ」
 「じゃ、わたしが手伝う。ほら、行くよ」

 数点の商品を押し付けられ、試着室へと押し込まれた。
 狭い個室。三面鏡。震える手でパーカーとハイネックを脱いでいく。
 カーテンの隙間から、蓮菜さんの声がした。

 「シャツも脱いで。付け方、教えるから」
 「い、いいよ、自分でやるから……」
 「できるわけないでしょ。正しく着けないと補正効果が出ないんだよ」

 細くカーテンが開く。鏡越しに彼女の瞳と目が合った。有無を言わせぬ色。
 僕は観念してコンプレッションシャツを脱ぎ、半裸になった。華奢な肩と、白く膨らんだ胸。乳首は淡いピンクに色づき、エアコンの風に触れて硬く尖っている。締め付けた跡が自分でも痛々しい。
 男の身体つきではない。かといって、成熟した女性のものでもない。
 歪で、未完成な肉体。

 「開けるよ」

 声がかけられ、するりと蓮菜さんが入ってきた。
 患部を見るような目で僕の胸まわりを確認していく。

 「……赤くなってる。可哀想に」

 彼女は僕の手からブラジャーを取り上げると、背後に回った。

 「腕を通して。前屈みになって」

 指示通りにする。背中を彼女の細い指が這う。ひやりとした感触に思わず声が出そうになる。かちゃ、と小さな音がして、胸元がきゅっと締め上げられた。コンプレッションシャツの、全体を押し潰すような暴力的な圧迫感とは違う。下から優しく、だけどしっかり持ち上げられ、支えられる感覚。

 「横に流れているお肉を、カップの中に収めるの。こうやって」

 蓮菜さんの手が僕の脇から前に廻り、胸を鷲掴みにしてぐいっと中央へ寄せた。
 今度こそ声が出る。

 「んっ……!」
 「慣れなさい。次からは自分でやるんだよ」
 「……は、はい」
 「ほら、見てごらん」

 耳元で囁かれ、僕は瞑っていた目を開いて鏡を見た。
 見慣れた顔、見慣れない下着。
 でも、不思議と違和感を感じなかった。
 ほんの少しだけ、ほっとするような気持ちも自分のなかにあることを見つけて、僕は驚いた。

 「……どう? さっきより呼吸が楽でしょう」

 言われて、おおきく息を吸ってみる。肺が広がるのを感じた。息苦しさはない。だけど守られているような安心感はしっかり感じられた。

 「……うん。楽、です」
 「よかった。じゃあ、それにしよう。次いくよ」

 そう言って、蓮菜さんはカーテンの向こうに出ていった。店員さんを呼び止めている。試着終わったのでそのまま着けて帰っていいですか、って聞いてる。
 ……え?
 このまま、つけて……?

 ◇

 次に向かったのは、服の売り場。
 蓮菜さんはもう僕の意見を聞く気はなさそうだった。
 柔らかな素材のニットと、ふわりと広がるフレアスカート。
 抵抗する間もなく、僕はそれらと共に試着室へと押し込まれた。

 観念して着替えて、鏡に目を上げる。
 映っていたのは、少し背の高い、ショートカットの女の子だった。
 締め付けのきついコンプレッションシャツの代わりに、蓮菜さんが選んだブラジャーが、胸を優しく、あるべき形に整えている。
 スカートから伸びる脚は、もともと毛の薄い体質でもあって、白く滑らかな女子のものにしか見えなかった。

 「……うん、悪くない。素材がいいから、シンプルな服が映えるね」

 蓮菜さんは満足げに頷くと、また店員さんに声をかける。そのまま着ていくと宣言してお会計を済ませて、行くよ、と僕の腕に自分の腕を通した。
 見た目には女同士の距離感で、僕たちはフロアを移動する。

 向かった先は、一階の化粧品売り場だった。
 煌びやかな照明と、むせ返るような香りの洪水。
 そのうちのひとつのカウンターに、僕は背を押されて近づいた。僕の肩越しに店員さんに声を投げる。

 「あの、この子、はじめてなので。少し試してみたいんですが」
 「え、ちょ、蓮菜さん!」
 「あっ、はい、もちろん。どうぞこちらへ」

 蓮菜さんに促され、僕はカウンターの高い椅子に座った。
 目の前には大きな鏡。そして、完璧なメイクを施した美容部員の女性。
 もう観念するほかなかった。
 お姉さんが僕ではなく蓮菜さんに声を向ける。

 「どのような感じをご希望ですか?」
 「自然な感じで、少し明るめがいいかと思って」
 「かしこまりました……それにしても」

 美容部員のお姉さんが、僕の顔を覗き込み、ほう、と溜息を漏らす。

 「本当に肌がお綺麗ですね。陶器みたい」
 「……そ、そんな……」
 「でもショートもよくお似合いで、アイドルの男の子っぽいかも」
 「え」

 どっちの意味なんだろう。
 女に見える、男の子? 男っぽい印象の女の子?

 冷たいクレンジングの感触。パフが肌を叩く柔らかなリズム。
 筆先が瞼を撫で、紅が唇に落とされる。
 されるがままになりながら、僕は奇妙な浮遊感の中にいた。
 男であるはずの僕が、公衆の面前で化粧を施されている。なのに、誰一人としてそれを不審に思わない。むしろ「可愛い」「綺麗」と称賛の言葉を浴びせてくる。

 「はい、終わりました。いかがですか?」

 鏡を覗き込んだ瞬間、僕は息を呑んだ。
 そこにいたのは、日高ひよりという男子高校生ではなかった。
 大きな瞳が潤み、頬が薔薇色に染まった、知らない少女。
 いや、知っている。夜ごと夢に出てくる、あるいは妄想の中で男たちに蹂躙されている、あの「無力なメス」の顔が、そこにあった。

 「……かわいい」

 隣で見ていた蓮菜さんが、ぽつりと呟いた。
 その声にはいつもの冷徹さはなく、自分の作り上げた作品を愛でるような、柔らかく熱っぽい響きが含まれていた。
 鏡越しに目が合う。彼女は僕の――「彼女」の肩に手を置き、耳元で囁く。

 「綺麗だよ、ひよりちゃん」

 その甘い呼び名に、背筋がぞくりと震えた。
 拒絶すべきなのに。男としてのプライドに傷がつくはずなのに。
 鏡の中の少女は、とろんとした瞳で、嬉しそうに頬を染めている。

 ◇

 店を出ると街は夕暮れに沈みかけていた。
 スカートの裾が風に揺れ、太股に触れる感触が、一歩ごとに僕が女であることを知らしめる。
 並んで歩く僕たちは、どこからどう見ても仲の良い姉妹か、あるいは――。

 「じゃあ、行きましょうか」
 「え……どこ、へ?」

 心臓が早鐘を打つ。
 この格好で、この顔で、どこへ行くというのか。
 蓮菜さんは妖艶に微笑み、路地裏の奥、きらめく看板を指差した。

 「決まってるじゃない」

 そこには『HOTEL』の文字と、休憩料金の案内が掲げられていた。
 
 「ら、ラブホ……!?」
 「家に帰る前には落とすでしょ、お化粧。ご両親、ちょっとびっくりしちゃうからね。だったらいま、ここでじゃなきゃ。君のなかの、オンナの解放」
 「む、無理……あんなとこ……」
 「なに言ってるの。君の身体はもう、準備ができてる」

 彼女の指が、僕のスカートの腰回りをそっと撫でる。
 ビクリと身体が跳ねた。否定できない。化粧をされ、可愛いと言われた時から、僕の下腹部は期待に濡れそぼり、疼き続けているのだから。

 自動ドアをくぐる。パネルで部屋を選ぶ。蓮菜さんは操作に迷いもしなかった。
 もしか、して……経験、あるの、かな……。
 監視カメラかなにかあるのだろうか。あるとしても、ただの若い百合カップル。そうみられているに違いない。外界から隔絶された特別な場所という感覚と、蓮菜さんといっしょという安堵感が、僕の理性をとろとろに溶かしはじめていた。

 エレベーターの扉が閉まる。
 密室の中で、蓮菜さんが僕を壁に押し付けた。

 「さあ、治療の時間よ」

 至近距離で見つめる彼女の瞳に、美しい少女に成り果てた僕が映っていた。

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