5人の勇者を「500人」と報告したら、魔王様が和平の準備を始めました

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窓際軍団長たちのやけ酒会に現れた、最悪のヘッドハンター

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 魔王城の尖塔が空を突き刺す威容とは裏腹に、城下町の外れ、人目に付かない岩山の影にひっそりと佇む洞窟酒場があった。そこは、かつて大陸全土を震え上がらせた猛者たちが、今やどんよりとした空気の中で安酒の瓶を並べ、愚痴をこぼし合う「敗北者の溜まり場」と化していた。

 薄暗いランプの灯りが、二つの巨大な影を壁に映し出している。

「あーあ……。最近、全然出番がないなあ」

 第一軍団長ゴルドーが、空になったジョッキをカウンターに叩きつけた。巨躯のミノタウロスである彼は、かつてその豪腕で城壁をも粉砕した破壊の化身だった。だが今は、ただの酔いどれ牛に過ぎない。

「魔王様は、我らを一体何だと思っておられるのか。ただの城の置物か、あるいは予算を食い潰すだけの穀潰しか」

 第二軍団長ヴァルカスも、湿気ったナッツを口に放り込みながら陰湿な愚痴をこぼした。高貴な吸血鬼の末裔である彼もまた、勇者パーティにあっさりと敗北し、プライドを粉々に砕かれた一人だ。

「そりゃあ確かに、一度は勇者たちに負けたよ。完敗だったさ。普通なら降格か死罪かってビクビクして過ごしてしかるべきだが……こうも戦争から蚊帳の外に置かれるのは、死ぬよりつらいもんだなあ、おい」
「……全くだ。我らはやはり根が武人なのだよ。戦場こそが我らの社交場、剣こそが我らの共通言語なのだ。それを奪われては、生きている心地がしない」
「お前、いいこと言うなあ! いけすかないインテリ野郎だと思ってたけど、案外話せるじゃねえか」

 ゴルドーが、酔った勢いでヴァルカスの肩をバシバシと叩く。普段なら「触るな下等生物」と罵るところだが、今のヴァルカスにはそれを払いのける気力もなかった。

「……ふん。こっちも、お前はただの脳筋だと思っていたが、酒の趣味だけは合うようだな。なんだかその、右側に曲がった角も、今日はやけにカッコよく見えてきたぞ」
「ぐははは! そいつは傑作だ。もう一本持ってこい! 今夜は朝まで飲み明かすぞ!」

 二人が哄笑しながら、敗北の苦味を安酒で流し込んでいたその時、洞窟の入り口から、冷気を含んだ声が響いた。

「――お久しぶりですね、お二人とも」

 背後の影から現れたのは、深くフードを被った男だった。音もなく佇むその姿は、まるで死神のようだった。

「ああん? 誰だお前は。今、取り込み中なんだよ」
「そうだそうだ。シッシッ。殺されないうちに、さっさと消えろ。我々は機嫌が悪いのだ」

 酔っ払った二人が邪険に追い払おうとすると、男はゆっくりとフードを外した。そこに現れたのは、火傷の跡がひび割れ、以前の冷徹な美貌を失ったエリアスの凄惨な顔だった。

「ひ、……っ!?」

 ゴルドーが椅子から転げ落ちそうになる。

「こ、これは、エリアス殿……」
「貴公だったか……。なんだか、随分と……その、痩せたんじゃないか?」

 ヴァルカスが、引きつった笑顔で辛うじて言葉を絞り出した。世界の果てまで飛ばされたと聞いていた同僚が、生霊のような姿で現れたのだ。酔いも一気に冷めるというものだ。

「こんなところにいらしたのですね」

 ゴルドーとヴァルカスは目配せをした。

(一度こいつに見つかって、もう誰にも見つからないようにこんなうらぶれた所で飲んでいたのに、よりによって一番会いたくないヤツに見つかるとは……)

「今日はお二人に、とても良い話を持ってきたのですよ」

 エリアスがひしゃげた唇を歪めて微笑む。その笑顔は、かつての氷のような冷徹さに、狂気というスパイスを加えたようなおぞましさだった。

 二人は再び顔を見合わせた。

「良い話、か……。いやあ、どうかなあ。あいにく『借金の保証人にだけはなるな』っていうのが、うちの代々の家訓でしてね」

 ゴルドーが額の冷や汗を拭いながら言う。

「そうそう。うちも『タダより高いものはない。うまい話には決して乗るな』っていうのが、父方の祖父の熱烈な遺言でしてな。間に合ってます、はい。お気持ちだけ頂戴しておきます」

 ヴァルカスも必死に拒絶の姿勢を見せる。

 しかし、エリアスは二人の拒絶を気にする様子もなく、淡々と、まるで明日の天気を告げるかのように言った。

「早晩、このあたりは木っ端微塵に吹っ飛びますよ」
「「ええっ!?」」
「人間の禁呪……古の殲滅魔術が起動するのです。そうなれば、魔王城もここも、跡形もなく消える。それで、かつての同僚であるお二人には、事前にお知らせした方がいいのではないかと思いましてね」
「……本当か? それ」
「私が嘘をついてどうします? それとも、私をお疑いですか?」

 エリアスの瞳が、絶対的な零度で二人を射抜く。あまりの魔圧に、謹慎中の第一・第二軍団長は蛇に睨まれた蛙のようにすくみ上がった。

「い、いや、まさか! 滅相もない! 信じる、信じますとも!」
「えーと、それで、それが……『良い話』なのですかな?」

 エリアスは満足げに頷くと、テーブルの真ん中に身を乗り出し、声を落とした。

「いいえ。これはほんの手土産代わりですよ。……本題はここからです。お二人とも、この大陸の王になりたくはありませんか? ――今の無能な魔王に代わって」

 二人は再び顔を見合わせた。

 ゴルドーの牛のような瞳と、ヴァルカスの赤い瞳が、同じ恐怖と困惑を映し出している。

 これは「良い話」どころか、自分たちの首がいくつあっても足りない「激ヤバな話」であることを、二人の歴戦の勘が直感していた。
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