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義勇軍面接に来たおかっぱ頭の美少年は、底知れないバケモノのようです
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王城の奥深く、華やかな表舞台からは完全に隔離された一角に、その部屋はあった。
窓から差し込む光すら分厚いベルベットのカーテンで厳重に遮られ、常に薄暗い影に沈んでいる。そこは、新政権の裏で暗躍する魔族の幹部・エリアスが、個人的な面会や尋問を行うためにあてがわれた執務室だった。
重厚なマホガニーのデスク越しに、エリアスは深く被ったローブのフードの下から、目の前に立つ黒髪のおかっぱ頭の少年を、穴が開くほど凝視していた。
先日行われた義勇軍の顔合わせの後、この得体の知れない少年だけを、理由をつけて別室に呼び出したのだ。
(……やはり、おかしい。どう見ても異常だ)
エリアスの背筋を、まるで氷の刃で撫で上げられるような、冷たい悪寒が走り抜けていく。
数歩踏み込めば互いの剣が届く、密室での至近距離。魔族の幹部として、そして数多の凄惨な戦場を生き抜いてきた武人として、エリアスは相手の呼吸の深さ、筋肉のわずかな微動、視線の動きから、次の動作や実力を正確に測る術を持っていた。
しかし、目の前の少年からは、その「情報」が一切読み取れないのだ。
これほど間近に立ちながら、打ち込める隙がただの一点も見当たらない。
少年は剣の柄に手をかけることもなく、ただ両手をだらりと下げて、静かに立っているだけだ。武術的な構えらしい構えなど一切取っていない。
それなのに、まるで神の手によって完璧な重心とバランスで創り出された、完成された彫像のようだった。どの角度から、どんな最速の魔法や刺突を放ったとしても、自分の刃が届く直前に、相手の目にも止まらぬ一撃が自身の首を軽やかにはね飛ばすという、致命的なビジョンしか脳裏に浮かんでこない。
(なんだ、こいつは……人間の中に、これほどの高みに達している者がいるというのか……?)
エリアスは、じわりと額ににじみ出ようとする冷や汗を強靭な意志の力で抑え込み、極めて平静を装った、感情の読めない低い声で口を開いた。
「貴公、どこの生まれだ」
「東の方ですよ」
少年は、まるで近所に散歩にでも来たかのように、事も無げに答えた。
その透き通るような黒い瞳には、巨大な王城の奥深くへ呼び出されたことに対する恐怖も、権力者に取り入ろうとする野心も、あるいは「面接」に対する緊張感すら微塵も宿っていなかった。ただ、春の陽だまりのような、どこまでも穏やかな空気が漂っているだけだ。
「……少々剣を使うという話だが、誰に師事した? その立ち居振る舞い、我流というわけではあるまい」
「ええ、一応師匠はいますが……魔族の方に言ってもおそらくご存じないでしょう」
ピタリ、と。エリアスの思考が、そして心臓の鼓動が、一瞬だけ完全に停止した。
(……何……!?)
今のエリアスは、強力な隠蔽魔法が幾重にも施された重厚なローブとフードで全身を覆い、魔族特有の気配や魔力を極限まで遮断している。熟練の宮廷魔導士が束になって探りを入れてきても、外見や気配から魔族だと見破られるはずはないのだ。
「……何のことかな。わたしが魔族だと、そう思っているのか?」
エリアスは声のトーンをわずかに落とし、部屋の空気を意図的に冷たく、重くした。常人であれば息苦しさに膝を突くほどの殺気の片鱗を、明確な意思を持ってぶつける。だが、少年はそよ風を受けた柳のように、その威圧感を全く意に介さなかった。
「あ、いえ。確証があったわけじゃないんです。ただ、こんな王城の奥深くで、わざわざ怪しい格好をして身を隠しているなんて、余程見られたくない理由……つまり、正体が魔族である証拠なんじゃないかと思っただけですが。……当たりました?」
少年は、悪戯が成功した子供のような、屈託のない笑みを浮かべて小首を傾げた。
(……食えないヤツだ。ただのカマかけだったのか、それとも確信があってわざととぼけているのか)
エリアスはローブの下で、ゆっくりと拳を握り、そして開いた。緊張で指先がわずかに強張っていることに気づく。
(だが……もしこいつが初めから敵意を持ってここにいるのなら、今の間合いなら、とっくにわたしの首は飛んでいる。わたしの魔族としての正体を暴きに来た正義の使者というわけでもなさそうだ)
エリアスの口元が、火傷の痕を引きつらせてひしゃげたように歪み、獰猛な弧を描いた。
(……ふふ、面白い。いつ喉笛を噛み切られるか分からない、物騒な虎を飼うのも一興よ)
「王都には物見遊山に来たと聞いたが、この街を気に入ったなら、ゆっくりしていくといい。我々は腕の立つ者を歓迎する」
エリアスが鷹揚に頷き、事実上の合格を言い渡すと、少年は嬉しそうにパッと顔を輝かせた。
「はい、せっかくですから、義勇軍にこのまま入ろうと思っています」
「なに? 貴公ほどの腕なら、義勇軍などというならず者の吹き溜まりではなく、正規の近衛騎士として特別に推薦してやることもできるが」
「いえ、義勇軍でいいんです。堅苦しいのは嫌いですし。ただ――」
「ただ?」
「ご飯は美味しいですか?」
「…………は?」
あまりにも拍子抜けな質問に、エリアスは思わず吹き出しそうになった。名誉でも、金でも、権力でもなく、三度の飯。この底知れぬ実力を持つ少年は、本気でまかないの質だけで自分の身の振り方を決めようとしているらしい。
「……ふっ、くくく……ははははっ! そうか、飯か! それは重要だな!」
エリアスは久しぶりに、薄暗い部屋に響き渡るほどの、心の底からの笑い声を上げた。張り詰めていた空気が一気に霧散していく。
「……それは保証しよう。軍の厨房には、それなりに腕の立つ料理人を集めてある。義勇軍も同じだ」
「よかった。では、よろしくお願いします。失礼します」
少年は丁寧だが、どこか人を食ったような礼をして、悠然と部屋を出て行った。
重厚な扉がパタンと閉まり、少年の背中が見えなくなると同時に、部屋の暗がりに同化するように控えていた少女の一人――藍色のポニーテールを揺らすセーラが、不満げにエリアスの傍らに歩み寄った。
「……何者でしょうか、あの生意気なガキは。エリアス様に対して、あのような無礼な態度。いくらなんでも舐め腐っています。異様な雰囲気ではありましたが、いざとなればわたくしがこの手で、エリアス様のために八つ裂きにして――」
「やめておけ、セーラ。あれには手を出すな。私でさえ、勝負になるか怪しい」
エリアスが低く、しかし絶対の警告を含んだ声で窘めると、セーラは「そんな……」と息を呑んで引き下がった。
「敵だったら、厄介なことになりますね」
もう一人の少女、プラチナブロンドのニナが、冷や汗を拭いながら冷静に懸念を口にする。
「世の中は広いな、と痛感しているところだよ」
エリアスは、少年が先ほどまで立っていた何もない空間を見つめながら、静かに語り始めた。
「わたしは、これまで数多の人間や魔族と刃を交えてきたが、その実力が全く分からず、『底知れない』と感じたのは、ただ一人……魔王軍・第五軍団の長、あのアルフォンスただ一人だった」
エリアスの脳裏に、かつて手合わせをして圧倒的な力の差を見せつけられた、隙のない流麗な剣捌きと、常に渋みのある余裕の笑みを浮かべる「イケオジ」の姿が鮮明に浮かぶ。魔王軍きっての実力者であり、エリアスが唯一敬意を払う武人だ。
「だが……あの少年には、そのアルフォンスと同じ、あるいはそれ以上の奥深さを感じる」
「エリアス様が、そこまで評価されるとは……」
ニナが戦慄したように呟く。エリアスの眼力を知る彼女にとって、それは最大の脅威を意味していた。
「もし彼の機嫌を損ね、御しきれなくなれば、我々どころか、この王都そのものが彼の血生臭い遊び場になるかもしれん。……だが、だからこそ面白い」
エリアスはローブを翻し、窓辺へと歩み寄った。わずかに分厚いカーテンの隙間を開け、活気にあふれる王都の街並みと、青い空を見下ろす。
「盤上をひっくり返す力を持った、制御不能のジョーカー。あのような規格外の存在は、ただいるだけで面白い」
エリアスは、暗がりの奥で、死と隣り合わせのスリルに対する狂気じみた愉悦の笑みを深く刻んでいた。
窓から差し込む光すら分厚いベルベットのカーテンで厳重に遮られ、常に薄暗い影に沈んでいる。そこは、新政権の裏で暗躍する魔族の幹部・エリアスが、個人的な面会や尋問を行うためにあてがわれた執務室だった。
重厚なマホガニーのデスク越しに、エリアスは深く被ったローブのフードの下から、目の前に立つ黒髪のおかっぱ頭の少年を、穴が開くほど凝視していた。
先日行われた義勇軍の顔合わせの後、この得体の知れない少年だけを、理由をつけて別室に呼び出したのだ。
(……やはり、おかしい。どう見ても異常だ)
エリアスの背筋を、まるで氷の刃で撫で上げられるような、冷たい悪寒が走り抜けていく。
数歩踏み込めば互いの剣が届く、密室での至近距離。魔族の幹部として、そして数多の凄惨な戦場を生き抜いてきた武人として、エリアスは相手の呼吸の深さ、筋肉のわずかな微動、視線の動きから、次の動作や実力を正確に測る術を持っていた。
しかし、目の前の少年からは、その「情報」が一切読み取れないのだ。
これほど間近に立ちながら、打ち込める隙がただの一点も見当たらない。
少年は剣の柄に手をかけることもなく、ただ両手をだらりと下げて、静かに立っているだけだ。武術的な構えらしい構えなど一切取っていない。
それなのに、まるで神の手によって完璧な重心とバランスで創り出された、完成された彫像のようだった。どの角度から、どんな最速の魔法や刺突を放ったとしても、自分の刃が届く直前に、相手の目にも止まらぬ一撃が自身の首を軽やかにはね飛ばすという、致命的なビジョンしか脳裏に浮かんでこない。
(なんだ、こいつは……人間の中に、これほどの高みに達している者がいるというのか……?)
エリアスは、じわりと額ににじみ出ようとする冷や汗を強靭な意志の力で抑え込み、極めて平静を装った、感情の読めない低い声で口を開いた。
「貴公、どこの生まれだ」
「東の方ですよ」
少年は、まるで近所に散歩にでも来たかのように、事も無げに答えた。
その透き通るような黒い瞳には、巨大な王城の奥深くへ呼び出されたことに対する恐怖も、権力者に取り入ろうとする野心も、あるいは「面接」に対する緊張感すら微塵も宿っていなかった。ただ、春の陽だまりのような、どこまでも穏やかな空気が漂っているだけだ。
「……少々剣を使うという話だが、誰に師事した? その立ち居振る舞い、我流というわけではあるまい」
「ええ、一応師匠はいますが……魔族の方に言ってもおそらくご存じないでしょう」
ピタリ、と。エリアスの思考が、そして心臓の鼓動が、一瞬だけ完全に停止した。
(……何……!?)
今のエリアスは、強力な隠蔽魔法が幾重にも施された重厚なローブとフードで全身を覆い、魔族特有の気配や魔力を極限まで遮断している。熟練の宮廷魔導士が束になって探りを入れてきても、外見や気配から魔族だと見破られるはずはないのだ。
「……何のことかな。わたしが魔族だと、そう思っているのか?」
エリアスは声のトーンをわずかに落とし、部屋の空気を意図的に冷たく、重くした。常人であれば息苦しさに膝を突くほどの殺気の片鱗を、明確な意思を持ってぶつける。だが、少年はそよ風を受けた柳のように、その威圧感を全く意に介さなかった。
「あ、いえ。確証があったわけじゃないんです。ただ、こんな王城の奥深くで、わざわざ怪しい格好をして身を隠しているなんて、余程見られたくない理由……つまり、正体が魔族である証拠なんじゃないかと思っただけですが。……当たりました?」
少年は、悪戯が成功した子供のような、屈託のない笑みを浮かべて小首を傾げた。
(……食えないヤツだ。ただのカマかけだったのか、それとも確信があってわざととぼけているのか)
エリアスはローブの下で、ゆっくりと拳を握り、そして開いた。緊張で指先がわずかに強張っていることに気づく。
(だが……もしこいつが初めから敵意を持ってここにいるのなら、今の間合いなら、とっくにわたしの首は飛んでいる。わたしの魔族としての正体を暴きに来た正義の使者というわけでもなさそうだ)
エリアスの口元が、火傷の痕を引きつらせてひしゃげたように歪み、獰猛な弧を描いた。
(……ふふ、面白い。いつ喉笛を噛み切られるか分からない、物騒な虎を飼うのも一興よ)
「王都には物見遊山に来たと聞いたが、この街を気に入ったなら、ゆっくりしていくといい。我々は腕の立つ者を歓迎する」
エリアスが鷹揚に頷き、事実上の合格を言い渡すと、少年は嬉しそうにパッと顔を輝かせた。
「はい、せっかくですから、義勇軍にこのまま入ろうと思っています」
「なに? 貴公ほどの腕なら、義勇軍などというならず者の吹き溜まりではなく、正規の近衛騎士として特別に推薦してやることもできるが」
「いえ、義勇軍でいいんです。堅苦しいのは嫌いですし。ただ――」
「ただ?」
「ご飯は美味しいですか?」
「…………は?」
あまりにも拍子抜けな質問に、エリアスは思わず吹き出しそうになった。名誉でも、金でも、権力でもなく、三度の飯。この底知れぬ実力を持つ少年は、本気でまかないの質だけで自分の身の振り方を決めようとしているらしい。
「……ふっ、くくく……ははははっ! そうか、飯か! それは重要だな!」
エリアスは久しぶりに、薄暗い部屋に響き渡るほどの、心の底からの笑い声を上げた。張り詰めていた空気が一気に霧散していく。
「……それは保証しよう。軍の厨房には、それなりに腕の立つ料理人を集めてある。義勇軍も同じだ」
「よかった。では、よろしくお願いします。失礼します」
少年は丁寧だが、どこか人を食ったような礼をして、悠然と部屋を出て行った。
重厚な扉がパタンと閉まり、少年の背中が見えなくなると同時に、部屋の暗がりに同化するように控えていた少女の一人――藍色のポニーテールを揺らすセーラが、不満げにエリアスの傍らに歩み寄った。
「……何者でしょうか、あの生意気なガキは。エリアス様に対して、あのような無礼な態度。いくらなんでも舐め腐っています。異様な雰囲気ではありましたが、いざとなればわたくしがこの手で、エリアス様のために八つ裂きにして――」
「やめておけ、セーラ。あれには手を出すな。私でさえ、勝負になるか怪しい」
エリアスが低く、しかし絶対の警告を含んだ声で窘めると、セーラは「そんな……」と息を呑んで引き下がった。
「敵だったら、厄介なことになりますね」
もう一人の少女、プラチナブロンドのニナが、冷や汗を拭いながら冷静に懸念を口にする。
「世の中は広いな、と痛感しているところだよ」
エリアスは、少年が先ほどまで立っていた何もない空間を見つめながら、静かに語り始めた。
「わたしは、これまで数多の人間や魔族と刃を交えてきたが、その実力が全く分からず、『底知れない』と感じたのは、ただ一人……魔王軍・第五軍団の長、あのアルフォンスただ一人だった」
エリアスの脳裏に、かつて手合わせをして圧倒的な力の差を見せつけられた、隙のない流麗な剣捌きと、常に渋みのある余裕の笑みを浮かべる「イケオジ」の姿が鮮明に浮かぶ。魔王軍きっての実力者であり、エリアスが唯一敬意を払う武人だ。
「だが……あの少年には、そのアルフォンスと同じ、あるいはそれ以上の奥深さを感じる」
「エリアス様が、そこまで評価されるとは……」
ニナが戦慄したように呟く。エリアスの眼力を知る彼女にとって、それは最大の脅威を意味していた。
「もし彼の機嫌を損ね、御しきれなくなれば、我々どころか、この王都そのものが彼の血生臭い遊び場になるかもしれん。……だが、だからこそ面白い」
エリアスはローブを翻し、窓辺へと歩み寄った。わずかに分厚いカーテンの隙間を開け、活気にあふれる王都の街並みと、青い空を見下ろす。
「盤上をひっくり返す力を持った、制御不能のジョーカー。あのような規格外の存在は、ただいるだけで面白い」
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