新風カルテット~桃源郷と佐渡島を結ぶ~

さえき あかり

文字の大きさ
5 / 5

最終話

しおりを挟む
猿渡と雪之丞は、祭りの喧騒を離れ、島の奥深くにあるという古の祭壇へと向かった。月明かりに照らされた苔むした石段を登っていくと、開けた場所に、 神聖の象徴象の描かれた石造りの祭壇が現れた。祭壇の中央には、満月を受けて淡く光る水晶のような石が置かれている。

その時、祭壇の陰から、一人の老婆が姿を現した。雪之丞の祖母、先代の象使いだった。
「……よくぞ参られた、選ばれし者たちよ」老婆は穏やかな声で言った。「あのメッセージを送ったのは、わたくしじゃ」
猿渡は驚きながらも尋ねた。「なぜ、私たちを?」
「この島と、桃源郷の未来のためじゃ」老婆は続けた。「長きにわたる対立は、互いを疲弊させるだけ。じゃが、憎しみの連鎖は、そう簡単には断ち切れぬ。わたくしは、象の声を通じて、古き記憶と繋がることができる。そして、この祭壇の石は、両島の平和を願う古の魂の依り代。新しい風を吹き込む若い力が必要じゃったのじゃ」

老婆は、桃源郷と佐渡島の間にあった、忘れ去られようとしていた真の歴史――かつては協力し合い、互いを尊重していた時代があったこと――を語った。争いは、些細な誤解と、増幅された恐怖心から始まったのだと。

「憎しみを終わらせるには、まず互いを知り、理解することじゃ。お主たちの桃のパンは、その第一歩となった」老婆は、祭りの賑わいを遠くに聞きながら言った。「この祭壇は、和解の始まりの場所となるじゃろう」

祭壇での出来事を胸に、猿渡が祭り会場に戻ると、そこには信じられない光景が広がっていた。桃ピューレパンをきっかけに、桃源郷の話題で島の人々が語り合っている。かつての対立を知る老人も、孫が美味しそうにパンを頬張る姿を見て、硬い表情を少しだけ緩めていた。狗飼は、祖母と並んで、ぎこちないながらも言葉を交わしていた。

祭りの後、雪之丞と天子様、そして『新風カルテット』の働きかけにより、佐渡島と桃源郷の間で、正式な対話の場が設けられることになった。桃倉たちが持ち帰った佐渡島の現状と、桃ピューレパンがもたらした変化の報告は、平和ボケしていた桃源郷の重い腰を上げさせるのに十分だった。

両島の代表者が、古の祭壇の前に集った。かつて敵対した者同士が、今は未来を見据えてテーブルについている。長い協議の末、ついに「友好条約」が締結された。70年以上続いた歪な関係に、完全な終止符が打たれた瞬間だった。争いの歴史は終わり、協力と共生の新しい時代が始まったのだ。

桃源郷に帰る船の上で、『新風カルテット』の4人は、穏やかになった海を眺めていた。
「やったね、私たち」桃倉が微笑む。
「ええ。でも、これは始まりに過ぎないわ」猿渡が答える。「人類滅亡の危機が去ったわけじゃない。でも、こうやって手を取り合えば、きっと乗り越えられるはずよ」
狗飼は、遠くに見える佐渡島を見つめていた。「……また、パンを焼きに行かなきゃな」その声には、確かな温かみが宿っていた。
鳥塚が、大きく伸びをした。「さーて、次はどこの島に新しい風を吹き込みに行こうか!」

4人の笑い声が、穏やかな海風に乗って、どこまでも響いていった。桃源郷と佐渡島を結んだ新しい風は、やがて世界全体へと吹き渡っていくのかもしれない。彼女たちの旅は、まだ始まったばかりだ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

いまさら謝罪など

あかね
ファンタジー
殿下。謝罪したところでもう遅いのです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

豚公子の逆襲蘇生

ヤネコ
ファンタジー
肥満体の公爵令息ポルコは婚約者の裏切りを目撃し、憤死で生涯を終えるはずだった。だが、憤怒の中に燃え尽きたはずのポルコの魂は、社内政争に敗れ命を落とした男武藤の魂と混じり合う。 アニメ化も決定した超人気ロマンスファンタジー『婚約者の豚公子に虐げられていましたが隣国皇子様から溺愛されています』を舞台に、『舞台装置』と『負け犬』落伍者達の魂は、徹底した自己管理と泥塗れの知略で再点火する。 ※主人公の『原作知識』は断片的(広告バナーで見た一部分のみ)なものとなります。 己の努力と知略を武器に戦う、ハーレム・チート・聖人化無しの復讐ファンタジーです。 準備を重ねて牙を剥く、じっくり型主人公をお楽しみください。 【お知らせ】 第8話「復讐はロゴマークに寄せて」は2026/02/11 08:00公開予定です。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...