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第四話
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知らせを受けた桃倉と鳥塚、そして狗飼は、喜びと同時に身の引き締まる思いだった。祭りの日は、満月が輝く5月5日。あと数日しかない。準備は急ピッチで進められた。鳥塚は船の最終整備と、パンを運ぶための資材調達に奔走した。桃倉は追加のピューレ作りに励んだ。
そして狗飼は、パンを焼くだけでなく、出品に必要な手続きや、祖母との接触という、もう一つの大きな課題に直面していた。意を決して、狗飼は実家のパン屋の暖簾をくぐった。何年ぶりだろうか。工房の奥には、昔と変わらない、厳格な表情の祖母が立っていた。
「……おばあちゃん」
祖母は驚いた顔をしたが、すぐにいつもの厳しい表情に戻った。「……何の用だい」
狗飼は、震える声で事情を説明した。佐渡島のこと、神楽祭りのこと、そして桃ピューレパンを出品したいこと。
「……力を、貸してほしいんだ」
祖母はしばらく黙っていたが、やがてため息をつき、工房の奥を指差した。「……窯は空いてるよ。好きに使いな」
それだけだった。けれど、狗飼にとっては、それは大きな一歩だった。祖母は、何も聞かずに、彼女を受け入れてくれたのだ。涙が溢れそうになるのを、狗飼は必死でこらえた。
そして、5月5日、満月の夜がやってきた。佐渡島の港には、鳥塚が用意した船が静かに停泊していた。船倉には、甘い香りを放つ桃ピューレパンがぎっしりと積まれている。
島は、神楽祭りの熱気に包まれていた。不作で沈んでいた人々の顔にも、久しぶりに明るさが戻っているように見える。雪之丞の案内で、新風カルテットの4人は、祭りの一角に設けられた小さな販売スペースにたどり着いた。
「桃源郷より愛をこめて! 特製桃ピューレパン、いかがですかー!」
猿渡の元気な声が響く。最初は遠巻きに見ていた島の人々も、珍しい桃の香りに誘われて、少しずつ集まってきた。
「桃源郷の……?」訝しげな顔をする老人もいたが、子供たちが「おいしそう!」と駆け寄ってくる。
一口食べた人々の顔が、ぱっと明るくなる。「うまい!」「こんな甘いもの、久しぶりだ……」
殺伐としていた島の空気が、桃ピューレパンの優しい甘さによって、少しずつ和らいでいくのが分かった。狗飼は、黙々とパンを配りながら、その光景を目に焼き付けていた。祖母も、少し離れた場所から、その様子を静かに見守っていた。
日が傾き、空には満月が昇り始めた。いよいよ、DMに記された時間だ。
「私たちは、古の祭壇へ行ってみるわ」猿渡が言った。
「ここは、私たちに任せて」桃倉と狗飼が頷く。鳥塚も残ることにした。
そして狗飼は、パンを焼くだけでなく、出品に必要な手続きや、祖母との接触という、もう一つの大きな課題に直面していた。意を決して、狗飼は実家のパン屋の暖簾をくぐった。何年ぶりだろうか。工房の奥には、昔と変わらない、厳格な表情の祖母が立っていた。
「……おばあちゃん」
祖母は驚いた顔をしたが、すぐにいつもの厳しい表情に戻った。「……何の用だい」
狗飼は、震える声で事情を説明した。佐渡島のこと、神楽祭りのこと、そして桃ピューレパンを出品したいこと。
「……力を、貸してほしいんだ」
祖母はしばらく黙っていたが、やがてため息をつき、工房の奥を指差した。「……窯は空いてるよ。好きに使いな」
それだけだった。けれど、狗飼にとっては、それは大きな一歩だった。祖母は、何も聞かずに、彼女を受け入れてくれたのだ。涙が溢れそうになるのを、狗飼は必死でこらえた。
そして、5月5日、満月の夜がやってきた。佐渡島の港には、鳥塚が用意した船が静かに停泊していた。船倉には、甘い香りを放つ桃ピューレパンがぎっしりと積まれている。
島は、神楽祭りの熱気に包まれていた。不作で沈んでいた人々の顔にも、久しぶりに明るさが戻っているように見える。雪之丞の案内で、新風カルテットの4人は、祭りの一角に設けられた小さな販売スペースにたどり着いた。
「桃源郷より愛をこめて! 特製桃ピューレパン、いかがですかー!」
猿渡の元気な声が響く。最初は遠巻きに見ていた島の人々も、珍しい桃の香りに誘われて、少しずつ集まってきた。
「桃源郷の……?」訝しげな顔をする老人もいたが、子供たちが「おいしそう!」と駆け寄ってくる。
一口食べた人々の顔が、ぱっと明るくなる。「うまい!」「こんな甘いもの、久しぶりだ……」
殺伐としていた島の空気が、桃ピューレパンの優しい甘さによって、少しずつ和らいでいくのが分かった。狗飼は、黙々とパンを配りながら、その光景を目に焼き付けていた。祖母も、少し離れた場所から、その様子を静かに見守っていた。
日が傾き、空には満月が昇り始めた。いよいよ、DMに記された時間だ。
「私たちは、古の祭壇へ行ってみるわ」猿渡が言った。
「ここは、私たちに任せて」桃倉と狗飼が頷く。鳥塚も残ることにした。
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