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1章
23話 偽造
しおりを挟む「畦地先生、今ちょっとよろしいでしょうか? 」
「あぁ、赤海さんか。どうした?」
畦地は、煩わしそうに電話にでた。
「我々がやっていることに、花城が少しずつ気づき始めているようです。例の揉めている奴が、直接、花城に電話したみたいなのです」
「そうか……。で、どうするんだ?」
「まだ、花城は自分が置かれている立場を分かっていません。彼にはこのまま、理事長として踊ってもらいましょう」
「赤海さん、一つ忠告しておく。花城をあんまり舐めない方がよい。いつか、足元をすくわれるぞ!」
「あんな、ひ弱な若僧には、まだまだ私は負けませんよ。いざとなれば、彼を切ればいい話です。代わりは何人もいるのですから。畦地先生は、意外と心配症ですね」
「……あいつは、変わったよ。最初に会ったときに比べると別人だ。赤海さん、人は、なにかをきっかけに変われるんだよ」
「買い被りすぎですよ。楪葉、木枯、そして、花城。ほんと、庄の民は阿呆ばかりですねぇ……」
畦地は、電話を切った。そろそろ、切るタイミングを考えなければと思った。
雪が溶けて、上流から川の水が音を立てて流れ始め、春の訪れを一斉に歓迎していた。
財団法人の定期総会は、3週間後に迫っていた。
私は木枯に連れられて、楪葉教授が勤めている大学に向かった。とにかく、時間が足りない。
楪葉教授の大学は、東京から離れた田舎にある私立大学だった。失礼ながら名前をきいたこともなければ、春休みだからなのか、生徒もまばらで活気を感じられない。
古びた校舎のなかを、木枯の後を黙ってついていく。
三階まで駆け上がり、棟の一番奥に、楪葉教授の研究室がひっそりとあった。
「よく、こんな遠くまでお越しいただきました……むさ苦しいところで、申し訳ありません。お疲れになったことでしょう」
教授の6畳くらいの部屋は、どこか薄暗い。乱雑に置かれた書類が、微妙なバランスで積み上がっている。
「楪葉教授、今日はこうしてお話を聞く機会をいただき、ありがとうございます」
「花城さん、私は教授でもなんでもないのですよ。私の本当の肩書きはこのようなものです。改めて、よろしくお願いします」
差し出された名刺には、大学講師となっている。楪葉自らが、コーヒーを出してくれた。
「木枯から概ねの話は聞きました。私は、あなたに嘘をついていたこと、あなたをこんなことに巻き込んでしまったこと、謝らなければならないことが沢山あります。けっして、あなたに許されるとは思ってはいませんが、すべてを話そうと思います」
楪葉の力強い言葉に、隣に座っている木枯も、深く強く頷いた。
「お願いします。木枯さんにも、お話を伺いました。これ以上、なにが出てきたとしても、全てを受け入れようと思います。私も覚悟を決めてここに来たのです! 」
「分かりました。どこからお話しましょうか。やはり、最初からお話したほうがいいですね………」
私はうなづいた。さぁ、どんな話が始まるのだろうか。怖くもあり、やっと真相がわかるという高揚感もあった。
「私の実家である楪葉家には、昔から伝わる古文書がありました。小さな頃から歴史が好きで、この古文書の虜になりました。その延長線で、大学では考古学を専攻し、大学院にも進みました。財団法人では、教授と呼ばれていますが、これは全くの嘘です。先ほどの名刺の通り、この大学で考古学を教えるただの講師に過ぎないのです……」
楪葉はバツの悪そうな表情をみせた。
実際は、教授と大学講師の身分の違いはよくわからない。ただ、教授の学説ですと言われるほうが、世の中のイメージでは信頼されるに違いない。
これも、赤海が仕掛けた演出なのだろう。
「学生時代から長年にわたって古文書を読み進めるうちに、庄の国というものが実在すると確信を持ちました。いくつもの庄の国についての論文を書きましたが、誰にも相手にされませんでした。しかしながら、私はこの夢を諦めきれず、非常勤講師をやりながら、研究を続けました。情けない話ですが、今で言うプー太郎でその日暮らしをしていました」
いまの楪葉からは想像もつかない。彼も相当な苦労をしてきたのだろう。
「ある日、古文書の読み方教室というテーマで人前で話す機会がありました。案の定、まわりの反応は薄かったのですが、講演が終わった後に、一人の男が話しかけてきました。その男だけは私の話を興味深く聞いてくれました。男はこう言いました。楪葉くんの研究は、素晴らしいものを秘めています。ですが、残念なことに科学的な根拠と実績がまるでない。だから、信憑性もなければ、リアリティもない。まるでファンタジーか推理小説を聞かされているようだ。あなたの研究、そして夢を叶えるために、手伝ってあげよう。その優しい声をかけてくれた男が、赤海だったのです」
なぜ、赤海は楪葉という男に目をつけて近づいていったのだろうか……。
「そのときの私は、35歳も超えて焦っていました。非常勤講師の収入は、正規教員の1/5しかありません。アルバイトで食いつなぎ、生きていくのが精一杯でした。この考古学の世界においても、研究成果という実績主義なのです。赤海は、考古学にも遺伝子検査を取り入れたらどうだとアドバイスをくれたんです。赤海は、創薬ベンチャーの出身だという技術者を連れてきました。その結果、遺伝子検査の要素を取り入れた考古学の論文ができました。その論文が評価され、今の大学講師になることができました」
いま思い返すと、幹部会に来ていた技術者は、楪葉の縁戚と紹介されたが、赤海とグルだったのか。道理で、どこか他人事のような冷めた奴だった。
「赤海は喜んでいました。これから一般人を対象にした遺伝子検査サービスを新事業として立ち上げるので、私に力を貸して欲しいと言ってきました。これからのビジネスには、ただ物を売るのではなく、ストーリーをつけてブランディングする必要がある。そこで、私の研究論文を使わせて欲しいと」
楪葉は、乱雑に置かれた書類の山から、大量の研究資料を持ってきた。
その量をみて、楪葉は庄の国にどれだけの時間とコスト、そして情熱をかけたのだろうかと思った。
「赤海は巧妙な餌をぶら下げてきました。私の研究論文を提供する見返りとして、2つのものをあげると言いました。新事業を開始することによって取集できる一般人の遺伝子検査情報の提供。もう一つは、庄の国の発掘調査の資金を出すという交換条件を出してきました」
そういえば、遺伝子検査を受ける時に同意書を書かされた。その中には、医学的技術、考古学、人類史の研究に使うと書かれていた。解析データや個人情報を密かに売買し、儲けてもいたのだろう。
楪葉の顔が、みるみるうちに、曇っていく……
「人間の欲望には、きりがありません。私はインパクトのある研究成果をだして、准教授になりたいと思い始めていました。一般人の遺伝子検査情報を無償で提供してくれることは、私にとっては願ってもない話です。また、庄の国の祠の下さえ発掘すれば、私の研究を裏付ける遺跡が出てくるものと確信していました。しかしながら、発掘調査をするには、この前、申し上げたとおり、多額の金がかかります。私には資金がありません。ましてや、大学も行政も金を出してくれません。そこで、私は赤海の誘惑に乗ってしまったのです……」
悔しさに耐えるように唇を噛む。
「赤海は、今まで溜め込んだ汚れた金を元に、財団法人を設立しました。途中から、財団法人を政治的に利用をしようと企んだ畦地が合流しました。赤海が法人を使ってやっていたことは、木枯が申した通りです。人の弱みに付け込んだ恐喝ビジネスです」
木枯は、カバンの中から数枚の書類を出して、私に渡した。
手渡された書類に目を通すと、財団法人の口座の移動明細だった。
個人名義で細かいものは数万円から、大きなものでは、数千万の入金が並んでいる。
現在の残高は5億だ。
「この中には、芸能界で活躍している人、大物政治家の名前などもあります……」
「あっ!!」
私でも知っている名前がいくつもあった。
それも複数回に分けて入金しているケースもある。何度も恐喝を繰り返して、やむなく振り込んでしまったのか……
ここに、先日、私に電話をかけてきた者もいるのだろう。これなら、あの怒りがよくわかる。
こんなものが、世の中に出たら大変なことになる。
あっ。だから、赤海は欲がなく、真面目で気弱な木枯を金庫番に置いたのだ。
「ここまで話したとおり、財団法人が提唱している庄の国は、すべてでっち上げなんです。そもそも、赤海はUタイプの遺伝子すら持っていません。財団法人の彼らは赤海の欲望を満たすためと、畦地の政治目的を達成するために集められたに過ぎないのです」
想像してたよりも最悪だ。
「私は、そんな犯罪集団の理事長に祭り上げられて……しかも、この前の総会で、民族を結集させよう!と言ってしまったのか……私は知らないうちに、赤海の犯罪行為に加担してしまった。わ、私は大変なことをしてしまった………」
何か硬いモノで、頭を殴られたかのような衝撃をうけて、私は頭を抱えた。
壇上にあげられ、まわりから絶対君主といわれ、舞い上がった自分を後悔した。
私が何気なくサインしたあの文章のせいで、畦地のクソみたいな政党に投票した者もいたかもしれない。
私を出世させようと、無理に売上を作ってくれた者もいたかもしれない。今更ながら、自分の愚かさと彼らへの懺悔の気持ちが溢れ出て、膝が震えてきた。
「花城さん、こんな事に巻き込んでしまい、ほんとに、本当に申し訳ありませんでした」
楪葉も木枯も、頭を擦り付けて謝った。
頭をあげると、二人とも大粒の涙を流している。
「いえ、私も同罪です………。私も畦地から、出世という交換条件を持ち出されました。それが猛毒ということも分かりながらも、欲にくらみ飲んでしまいました……とてもじゃないが、楪葉さんや木枯さんだけを責める気にはなりません」
私も頭を下げた。
「それにしても、遺伝子検査の解析結果をそこまで、偽造していたとは。幹部会では、財団法人の会員数は6,000人を超えたとか言ってましたね……はやく犠牲者を止めないと。Uタイプの民族は、会員のなかには何人くらいいるのでしょうか……? 」
「正確な数字は、私にも検討がつきません。いまの会員のほとんどは、Uタイプの遺伝子を持っていないのでないでしょうか。花城さんも体験されたと思いますが、ネットで遺伝子解析結果を見るとき、事前に沢山のアンケート項目に答えなかったですか? あの情報をもとに、赤海は自分の手駒として、使えるかどうかを選抜しているのです。そこで、彼の目にかない合格したものは、Uタイプの遺伝子を持った庄の民になるのです。そのあと、偽の民は事務所に呼び出され、あなたは特別な存在ですと洗脳していく仕組みになっているのです」
私も経験したが、遺伝子検査のことでお知らせしたいことがあると言われれば、大概の人は、健康に問題があるのではないかと心配になり、素直に事務所に行くだろう。
「だから、財団法人の勢力を強めるために、無理なペースで会員数を増やしたわけですね。赤海は、そこまで増やしてなにをしたいのでしょうか? 人の弱さにつけ込んで、金儲けをしたかったのでしょうか? 」
「………それは、私にもわかりません。赤海の最終目的がなにかは、畦地でさえ知らない可能性があります。今度の財団法人の組閣構想を見ると、本当に独立国家を作りたいようには見えますが……」
「楪葉先生は、これから財団法人をどうしたいのですか?」
「……この前、木枯にも同じことを言われました。私はこのUタイプを持った本物の庄の国はあると思いますし、あの祠の下には、先人たちの遺跡が眠っていると今でも信じています。しかし、これ以上、あの人の道具に使われるのは、もうたくさんだ」
楪葉は、総会で配られた分厚い「我々の歩み」の冊子を壁に投げつけた。彼の怒りを表すようにすごい音がした。
「先生の気持ち、これまでの無念さは痛いほど分かりました。ただ悔しいと物を壁に投げつけることは誰にでもできる。木枯さんは、弱い自分を認めて戦う決意を固められました。楪葉先生はどうなんですか? 」
楪葉の覚悟を確認したかった。
「木枯からも、こんな馬鹿げたことはもう止めようと言われました。私も嘘を重ねるのはもう疲れました。私も、花城さんと木枯とともに戦います。全てを打ち明けて、全てを精算しましょう!」
「……そうですね。今度の総会で、こんな馬鹿げたことに決着をつけましょうか。だが、楪葉さんにも木枯さんにも泥をかぶって貰う必要があるかもしれません。その覚悟はありますか? 」
「その覚悟はできています。もう逃げたくありません!!」
木枯が立ち上がった。
「私もです。これは、私が蒔いた種です。私も責任を取ります!!」
楪葉も立ち上がった。木枯と楪葉は、同じような身長で、立ち方も瓜二つだ。
「あなたたちは、さすが従兄弟ですね。よく似ている。先ほどの偽造の話を聞くと、残念ながら、私はあなた方と同じUタイプではないかもしれませんね。あなたたちとは、遠い昔に同じ一族だったら良かったのに……」
「いえいえ、あなたは我々と同じUタイプで、間違いありません。理事長を選出をするとき、最も古い遺伝子タイプの検索は、直接私が立会いをして確認しました。赤海と技術者たちが遺伝子解析データを偽造させる可能性があったものですから」
「……それなら良かった。財団法人の会員のなかには、何人の仲間がいるかは分かりませんが、少なくとも私たち3人は同じ祖先だと言うことですね……」
「……いいえ、違います。もう一人確実にUタイプの遺伝子を持った人がいます……その人も私が直接確認したので間違いはありません!」
「えっ、誰でしょうか? 私の知っている人ですか? もしかして、畦地議員とか」
楪葉教授は、首をゆっくりと横に振った。
「あなたの息子さんです。光輝くんです……」
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