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朝焼け

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同じだけど、同じじゃない。でも言葉の重みも優しさも
俺が見て、聞いて…触れて来た松原若波と変わらない気がした。

すんなりとお互いが納得してる、もう理解できてる気がする事に
自分でも驚きはしたけれど。
若波の腕の中で眠った。もちろん、何にもしてない。

若波は、突然違う世界線に来てしまった俺に対して
やっぱり優しくて。
大人らしい、安心感で守ってくれている気がした。

向かい合って、同じベットで眠る事は何も特別ではなかったけど
今の若波が相手だと、ちょっと意味合いが違う。

キスしたせいで、意識が過剰になってる。
若波より先に起きて、ベットからそっと抜け出そうとすると
服の後ろを引っ張られた。
「!?」
ストン、とベットの下に落っこちる。高さが無いから痛くも無いけど
「ビックリした…若波~?」
若波の笑い声が聞こえる。
『いすかなら、大丈夫だろうと思って…ゴメン、大丈夫か?』

若波がゆっくりと起き上がって、俺は若波の額を小突く。
「朝は駄目!危ないからね。…おはよう、ふふっ…」
起き抜けの若波はなんだか、目が覚めたばかりのライオンみたいに見える。

『今日も可愛い、何でこんなに可愛いアイドルが…俺の部屋にいるのか、不思議だなぁ。…おはよう。』
若波が腕を開けて、
「…ぇ、いいの?」
ハグをしてくれる気配に、ついつい嬉しくて抱き着いてしまう。
『お前、あったかいなぁ…』
「そぉ…?」
むぎゅーっと抱き締められて、心に込み上げてくる嬉しさがくすぐったい。
『朝から推しを、抱き締められる幸せ。』
「俺も~♡この世界2日目なのに、若波が居てくれるから寂しくないし怖くない。」

パタッと後ろに倒れると、ちゃんと若波が俺の後頭部に手を添えてくれてて
こういう所にもドキドキしてしまう。
若波は、根っからの王子様気質だよね。
『帰れないのに、本当に…良いのか?』
若波が真面目な表情で、問う。
「だって、方法が無いんだったら…ここで生きていくしかないよ。」
若波は、何か言いたげにしながらも俺の頬っぺたにキスをした。

『でも、しばらくは籍が無いけど』
「うん。しょうがないよ。…あれ、そしたら仕事にも就けないの?」
『そうだな、身元証明が取れないとほとんど雇ってはもらえない。』
この世界で、アイドルにまたなれるとも思わないけど。
ちょっと、ショックなのは確かだった。
「家で若波と暮らしながら、何かできないか…考えてみる。若波も、今のこの世界の事
教えてくれたら助かる。」

じぃーっと、若波が俺を見つめて
『お前は、やっぱり逆境にもめげないな。』
「アイドルですから…!」
『俺の推しが尊い。こっちの世界で若いいすかに会えた事が、僥倖だな。』
「輝いてないとね、アイドルは。」
『こっちの世界のいすかは、本当に…どこ行ったんだろうな。』

少なからず、今でも若波はこの世界のいすかが好きなんだろう。
嬉しいような、少しだけ複雑な想いで若波を見つめる。
「今でも、こっちの世界の俺が好き?」
『ぁ…それは、そうだな。応援したいって思ってる。』
「ありがとう。って、俺が言うのも変かな。」
大好きな人がお互いに居るって事で気持ちは理解できる。

『いすかは、思ったままの性格なんだな。』
「どういう事?」
『嘘が無い気がする。本当にこれでずっとアイドルしてるなら…期待を裏切らないな。』
「俺は、思ったまんまを言ってるだけだよ。」
駄目だ、若波の腕の中が本当に心地よくてまた、眠気に襲われそう。

『今日は休みだから、そんなに早く起きなくても大丈夫だったのに。』
「そうなんだ?朝の陽射しが本当に強くて、部屋の中結構明るかったから…」
『そっか、いすかは初めて見たのか。直接は、見たら危ないからな。ガラスフィルムは
貼ってはあるけど。』
朝焼けが、綺麗でずっと見ていたいなんて思う程の鮮やかさだった。
「ドキドキしちゃった。本当に、ここは俺の知らない世界なんだなぁって。」

若波は、相変わらずの綺麗な瞳で俺を見つめる。
少しだけブルーを帯びたグレイに鼓動が早くなる。
『いすか、』
「何…?」
『心臓、ドキドキ言ってる。』
こんなにも、しっかりと抱き合って体の隙間が無くなっちゃいそうな程なんだから
「好きなんだもん…、ドキドキするよ。こんな大人の人に、抱っこされるのも
生まれて初めてだし。」
『一ファンとして、考えられない事だけど…俺が松原若波で本当に良かったと思う。』

「傍にいても、本当にいいの?…俺、重荷にはなりたく無くてさ。」
『どこをどうやったら、いすかが重荷になるのか…。』
「押しかけみたいなトコあるし、まだ料理は勉強中だから。」
『今日から、俺のパートナーとして…暮らして欲しい。』
なんか、これって
「プロポーズみたい。」
『ウオッチを渡した時点で、そう受け取ってもらっても良いと思う。』

朝から、フワフワした嬉しい気持ちで一杯だった。
「ハウスキーパーみたいにもまだなれてないし」
『今は、家の事は大概、ロボットにも任せられる。でも、いすかの居た時代はまだ
それ程普及してないし。人の手でして貰う事の方が贅沢なんだ。』

肌触りの良い肌掛け布団に、身を沈めながら段々とまぶたが重くなる。
『いすかは、買い物するんだったら外で実際に見てみたい?』
「…ぅ~ん、どうだろ?ネットとかでも買ったりはするよ。」
『家での試着も出来るけど、オンラインでの見立てになる。』
「若波、せっかくのお休みなんじゃないの?ダラダラするんだったら、付き合うよ。」
『いすか用の食器も衣類も、何かと足りないものがあるから買い足さないとな。』

今までみたいに、レッスンに追われる事もなければ
コンサートもないのかと思うと、どことなく物足りなさを感じてしまう。
「俺、目標無くしちゃったみたいで…ちょっと切ない。」
『そうだよな…。あれだけの人気アイドルが急に職を無くして、ほぼ見知らぬ男と
同棲生活だなんて、企画であっても辛いと思う。』

「でも、好きな人だよ?間違いなく…。俺は、知らない内にマイクを置いて引退したのかも。」
『普通の男の子に…戻ったか?』
くすくす笑いながら、若波は俺の体を抱き起して
『細いからだ』
と、どこか心配そうな声でつぶやく。
「まだまだ、身長だってもう少しは伸びるよ。」
『まぁ、結果は知ってるから何とも言えないけど。良いな、命の重さを感じる。』
俺は、若波に抱き締められたままずっとこのままで
まどろんでいたかった。








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