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時同じくして、元の世界では

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(ここから元の世界の若波の視点が加わります)


帰宅してすぐに、違和感があった。
ダンスレッスンから帰って、部屋のドアを開けると
『松原…くん?』
目の前に、いや玄関で俺の帰りを待っていたみたいな雰囲気だ。
「…いす、か?」

いすかが、とんでもない大人の美人になって…る?
『やっぱり!あの時のロビーで会った松原くんだ…。』
俺はワケが分からずに、ただ抱き着いて来る大人のいすかを
抱き留めた。

柔らかな香りに、一瞬くらっとしてしまいそうになる。
「竹村、いすかさん。で、あってる?」
何度も頷いて、いすかは俺に笑顔を見せた。
『俺、この部屋は分かるよ。寮だもんね。』
「そう、だけど…成長したなぁ、いすか。いくつになった?」

俺は、いすかの眩しさを感じながら背中をそっと撫でる。
『…!?ゎ、びっくりした…。』
「でも、俺を知ってる?」
『知ってるけど、俺はアイドルになったけど…松原くんは、辞退しちゃったんだよね。』
思い当たる事が、多い話で俺は苦笑いする。
「まぁ、結構大変な時期だったから、夢を諦めかけてはいたし…そっか。」

いすかは、ずっとステージの上で輝いているんだったら
それでいいと思った。
『なつかしいなぁ…俺もう37歳に、なっちゃって。引退したの、アイドル』
もったいない、と言いたかったけれど。
いすかの表情を見ていると、後悔はなさそうで俺は
俺の価値観で言うべきじゃないと感じた。

「美人だな…、本当に。」
『…照れるから、やめて~』
「今、付き合ってる人は?いない?」
『ぇ、俺は…うーん。いないよ。うん、遠い昔に片思いして、それっきり。』
健気な話に感嘆が漏れた。
こっちのいすかのビッチ具合を見たら、大人のいすかは何て言うだろうかと思う。

「ずっと、それからはアイドルとして…って感じ?」
『そうそう。早くに失恋しちゃったし。後は駆け抜けるだけだったよ。』
「俺は、今21歳だけど。いすかとユニットを組んで活動してる。母体のグループもあるけど
話がややこしくなるだろうから、割愛するよ。」
とりあえず、大人のいすかをリビングに連れて行き
温かい飲み物を淹れて、ソファに座った。

『大丈夫…ありがとう。松原くん』
笑顔がはかない。綺麗で、今にもフッと溶けて無くなりそうな切なさを感じさせる。
「いすか、突然こっちに来て驚いただろうに…。こっちのいすかは、居なくなった?」
『ぁ、そうかもしれない。俺の居た未来ではもうタイムマシンは存在するって言うから。』
紅茶を冷ましながら、大人のいすかは俺をチラッと見ている。
「…俺の顔、好き?」
にこりと笑顔で返すと、大人のいすかは恥ずかしさで顔を赤くさせる。

『好きだった、かな。たった一目しか見たことが無いのに…それこそ一目ぼれで』
耳まで赤くなりながら、認めてしまういすかが
どうしようもなく愛おしかった。
「って事は、そっちの世界の俺との面識は…もう完全にその一回だけだったんだな。」
『すごく、ショックだった…。俺、きっとあの時の松原くんに、嫌われてしまったんだって』
今にも泣きだしそうないすかの背中を撫でて、俺は宙を仰ぐ。

「どこで、選択間違ったんだろ?」
『お家の事が、大変だからって…後からマネージャーさんには聞いたけど。
企画も大きく変わってしまって。俺はその後母体のグループに属したまま活動して、数年後には
ソロデビューしたんだけどさ…。』

アイドルとしては、申し分ない履歴だと思いつつも
心の中で、大人のいすかはずっと引きずっているのかもしれない。
『今は、ちゃんと…アイドルなんだよね。嬉しいなぁ。俺はね、できれば…松原くんと
一緒に活動したくて。ご実家にもこっそりお客さんとして、お邪魔した事もあるんだけど。』
「…うん、」
『これじゃぁ、ストーカーみたいだなって思って…途中でスッパリ行くのを辞めた。』

聞いてるこっちが、恥ずかしくなる程の一途さ。
隣を見れば、大人のいすかは静かに紅茶を楽しんでいる。

「大人になった俺も、そっちの世界にはいるんだよなぁ?会ってみればいいのに。」
『うー-ん、でもお互いに他人だよ?俺の目の前にいる松原くんは…確かに初恋の相手ではあるけど。
俺の世界の大人の松原くんは、世界線が分岐してからのだからね。』
「ややこしいな。」
『そう、厄介でしょ?記憶も経験も大きく違う。俺も、さっきお昼寝してて目を覚ましたらこんな状態でさ。』
訳分かんないよ、と大人のいすかが苦笑いした。

「帰れるのか?いすかの元居た世界には」
『無理だね。こっちはこっちで違う世界になってるから。』
「こっちのいすかは?」
『心配しなくても、どこかの時間軸には必ず存在してるよ。』
あっけらかんと、大人のいすかは言ったけれど。
怖い思いをしてないだろうかと、俺は心配する。

せめて、行き着いた世界の先にいすかを迎える人が、優しい人であって欲しいと願った。

わがままで、甘えたで、無意識小悪魔を相手にするのは
骨が折れるだろうけど。


(ここからは大人の若波視点です)

「ぁは…っ、」
日に日に、俺といすかの距離感は縮まっていく。
夜、寝る前に交わすキスに、いすかはほんのりと頬を染めて
口をうっすら開く。

薄明りの中でもわずかにのぞく口内。
柔い舌の感触が、程よく絡んで一層深くなるキスで
いすかは息を上げながら俺にしがみつく。
『いすか、大丈夫か?』
肩でゆっくりと呼吸を整えては、頷く。
「息、くるしぃ…ドキドキしちゃって、無理だよ」

少しやり過ぎた事を反省して、俺は
『もう、休もう』
いすかをこれ以上堪能する事を断念しようとするのに
「ぇー?本当に、思ってる?若波…だって、ココ…」
ふふっと笑いながら、俺の脚に手を置いて潜るように
ブランケットの中から、ある箇所に触れた。

『こら、いすか…っ、』
「…あむっ♡て、しちゃうから」
『こらこら、現役アイドルなんだろ?こんなオッサン相手に、正気かよ?』
「若波は、俺の大事な人なんだから。関係ないよ…。それに、全然オッサンじゃないし。」
褒められてるのかも微妙で、俺は苦く笑いつつ
潜り込んでるいすかを、引っ張り出す。
『もっと、自分を大事にしなくていいのか?いすか。』

「してるよ。だって、俺にはもう…この世界の若波しか居ないんだもん。」
ぐっ…、それを言われると弱いんだよな。
『まぁ、ちゃんと理解してるんなら…。』
「寂しくないの?若波は。俺は、すごく寂しい。帰れないし…でも、側に若波が居てくれるんだったら
頑張ってこの世界でも、生きてこうって思うし。」

いすかの頼りない笑顔が、胸に応えるんだ。
『手加減できそうにないから、困ってるってのに。』
「…大丈夫!その、何て言うのか…初めてじゃなくて、元の世界の若波とは」
『…アイドル同士で、人目を盗んでイチャイチャしてるってスゲーな。』
「嫌じゃ、無かったら…で良いんだよ?でも、俺は同じ若波だって思ってる。」
同じと言えば、同じだろうけど。いや、そもそも俺がこの
いすかをモノにしたと言うだけで、正直その世界線の俺を褒めてやりたいくらいだ。

『でも、いすかは俺が…良いんだろ?』
「うん、俺さどの世界だって関係ないよ。松原若波が好きすぎるだけなの。」
誰かからの熱い想いを受け取る事は、人生において何度かは経験したけれど
同性で、ましてや推しからの告白に応えないなんて…あり得ないだろう。

『まさか、こんな事になるなんて…俺は予想もしてなかった。』
いすかは、ベッドに寝そべって俺をチラ見し
「…俺は、してたけどね♡」
と、悪戯っぽく笑みを浮かべた。

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