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②不安
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『この世界には、もしかしたら僕みたいな心を持っていてまるで双子みたいな
存在がどこかにいて。僕をいつか捜しに来るんだって。そんな夢を見て生きている。』
今朝方、夢に出てきた。
記憶をなくす前の、いけ好かない響翠の言葉を思い出す。
昔は、それほど仲は悪くなかったのだ。
いやむしろ、家同士も曾祖父の時代から付き合いがあって
かなり懇意にして来た。
私の子供の頃の思い出には、そこかしこに響翠が存在していた。
アルバムにも、写真が多く残っているのも事実だ。
恵まれている、と思って大半の人間からは羨望のまなざしを。
ごく一部からはまるで僻まれ妬まれて来ただろう。
それは、あまりにも…響翠が子供の頃のまま生きているから
周りが応じきれないのも事実だ。
まったくと言って好いほどに、今日も使い物にはならない。
最後にお手伝いさんから渡された、時計を装着させなければいけない。
そろそろ、病院から響翠が帰って来る頃だ。
朝早くから、私の家にやって来て
『今日は診察の日みたいで、終わったらここにまた来ます。』
と、義理堅く今日が休みでも構わないのに
顔を見せに来たのだった。
「診察の日は、疲れるだろうし…。無理にこちらに来なくてもいい。」
『でも、宿舎に居ても』
「退屈だと?」
『そんな事は無いです。けど、なにも出来ないなりに何かしたくて』
脳がバグる。
とは、上手く表現したものだと思う。
あのご令息が、下々の私と退屈しのぎをご所望か。
「分かった。じゃあ寄り道をせずに…顔が目立つからな。今度からは帽子をして
出歩くといい。」
響翠の家の関係者や保安官に顔がバレると、面倒だ。
『えっと、……どうしたら?』
つい、悪い癖で一気に相手に話をしてしまう癖のせいで
今の響翠を困惑させてしまった。
「このまま、病院に診察に行く。終わったらまっすぐウチに来てくれ。」
『…ハイ。』
事務所側も配慮が足りないというのか。
響翠の衣服が、余りにも粗末で見ていられなかった。
向こうも、限りある予算で運営されており余裕がない事は理解している。
が、本当の響翠の暮らしぶりや私服も知っている自分としては
目も当てられない。
そう言えば、辞めて行ったお手伝いさんが言っていた言葉を思い出した。
【保護された時には、衣服をほとんど身に付けていなかった】
と言う事らしい。
大方、高価な装飾などが目当てでみぐるみまで剥がされたのだろう。
えげつない事をするものだと、心がモヤモヤする。
「待て、支払金は持っているのか?」
立ち去ろうとする響翠を呼び止めて、振り返った時の表情が
とても不安げで。
『……ぁ、お金は…その僕は無いので。事務所が代わりに払ってくれると聞きました。』
「給料からきっと天引きされるな。」
『だとしても、僕が…僕に起きた事なので仕方ありません。』
確かに、最もな言い方ではある。
でも、腑に落ちない。
響翠は、左手に小さなメモを持っていた。
おそらくは病院までの地図が描かれているのだろう。
どこまでの記憶が確かで、どこからの記憶がまっさらなのか
きっと本人もまだ知らないのだろう。
遅くとも、昼前には帰って来るだろう。
それまでもう一度寝ておこう。
今日は夢見がすこぶる悪くて、睡眠も浅かった。
いつもであれば、響翠が洗濯物を干し始める時間だ。
珈琲のお湯を沸かしながら、やはり寝るには明るすぎて
断念した。
庭の管理を響翠に任せてからもう半月ほどが経とうとしていた。
成人して、家を出てから生計を立てる中で響翠とはほとんど
会わなくなっていた。
お互い、生活に追われていた事は間違いなかった。
家庭内においても変化があったため、年に数回も会えば
よく会った方だと思っていた。
共通の友人にも、響翠の事は言えない。
時計も、見張りの為の道具である事を知っている。
魔法の被害に遭った者にとっては、不運な事故だが
公にすると、生活に関わるからと黙して暮らす人が多い事も知っていた。
自分で入れた珈琲は、なんだかいつもより苦々しく感じた。
重いため息が出る。
比べる事は無いのだろうが、響翠が淹れてくれる珈琲はなぜかいつも
風味豊かで美味しかったからだ。
花を生ける花瓶のセンスや、料理の盛り付け方。
ソーサーの位置、タオルのかけ方まで。
響翠の本来のきめ細かな性質を無意識に感じさせる。
時々、記憶が戻ったかの様に私の本名を呼んだりして
かなりハラハラさせられる事がある。
記憶が混在しているから、致し方ないのだろうが
一番驚いたのは、子供の頃の呼び方で名前を呼ばれた時だった。
書斎に戻って、しばらく執筆のための資料を作成する事にした。
存在がどこかにいて。僕をいつか捜しに来るんだって。そんな夢を見て生きている。』
今朝方、夢に出てきた。
記憶をなくす前の、いけ好かない響翠の言葉を思い出す。
昔は、それほど仲は悪くなかったのだ。
いやむしろ、家同士も曾祖父の時代から付き合いがあって
かなり懇意にして来た。
私の子供の頃の思い出には、そこかしこに響翠が存在していた。
アルバムにも、写真が多く残っているのも事実だ。
恵まれている、と思って大半の人間からは羨望のまなざしを。
ごく一部からはまるで僻まれ妬まれて来ただろう。
それは、あまりにも…響翠が子供の頃のまま生きているから
周りが応じきれないのも事実だ。
まったくと言って好いほどに、今日も使い物にはならない。
最後にお手伝いさんから渡された、時計を装着させなければいけない。
そろそろ、病院から響翠が帰って来る頃だ。
朝早くから、私の家にやって来て
『今日は診察の日みたいで、終わったらここにまた来ます。』
と、義理堅く今日が休みでも構わないのに
顔を見せに来たのだった。
「診察の日は、疲れるだろうし…。無理にこちらに来なくてもいい。」
『でも、宿舎に居ても』
「退屈だと?」
『そんな事は無いです。けど、なにも出来ないなりに何かしたくて』
脳がバグる。
とは、上手く表現したものだと思う。
あのご令息が、下々の私と退屈しのぎをご所望か。
「分かった。じゃあ寄り道をせずに…顔が目立つからな。今度からは帽子をして
出歩くといい。」
響翠の家の関係者や保安官に顔がバレると、面倒だ。
『えっと、……どうしたら?』
つい、悪い癖で一気に相手に話をしてしまう癖のせいで
今の響翠を困惑させてしまった。
「このまま、病院に診察に行く。終わったらまっすぐウチに来てくれ。」
『…ハイ。』
事務所側も配慮が足りないというのか。
響翠の衣服が、余りにも粗末で見ていられなかった。
向こうも、限りある予算で運営されており余裕がない事は理解している。
が、本当の響翠の暮らしぶりや私服も知っている自分としては
目も当てられない。
そう言えば、辞めて行ったお手伝いさんが言っていた言葉を思い出した。
【保護された時には、衣服をほとんど身に付けていなかった】
と言う事らしい。
大方、高価な装飾などが目当てでみぐるみまで剥がされたのだろう。
えげつない事をするものだと、心がモヤモヤする。
「待て、支払金は持っているのか?」
立ち去ろうとする響翠を呼び止めて、振り返った時の表情が
とても不安げで。
『……ぁ、お金は…その僕は無いので。事務所が代わりに払ってくれると聞きました。』
「給料からきっと天引きされるな。」
『だとしても、僕が…僕に起きた事なので仕方ありません。』
確かに、最もな言い方ではある。
でも、腑に落ちない。
響翠は、左手に小さなメモを持っていた。
おそらくは病院までの地図が描かれているのだろう。
どこまでの記憶が確かで、どこからの記憶がまっさらなのか
きっと本人もまだ知らないのだろう。
遅くとも、昼前には帰って来るだろう。
それまでもう一度寝ておこう。
今日は夢見がすこぶる悪くて、睡眠も浅かった。
いつもであれば、響翠が洗濯物を干し始める時間だ。
珈琲のお湯を沸かしながら、やはり寝るには明るすぎて
断念した。
庭の管理を響翠に任せてからもう半月ほどが経とうとしていた。
成人して、家を出てから生計を立てる中で響翠とはほとんど
会わなくなっていた。
お互い、生活に追われていた事は間違いなかった。
家庭内においても変化があったため、年に数回も会えば
よく会った方だと思っていた。
共通の友人にも、響翠の事は言えない。
時計も、見張りの為の道具である事を知っている。
魔法の被害に遭った者にとっては、不運な事故だが
公にすると、生活に関わるからと黙して暮らす人が多い事も知っていた。
自分で入れた珈琲は、なんだかいつもより苦々しく感じた。
重いため息が出る。
比べる事は無いのだろうが、響翠が淹れてくれる珈琲はなぜかいつも
風味豊かで美味しかったからだ。
花を生ける花瓶のセンスや、料理の盛り付け方。
ソーサーの位置、タオルのかけ方まで。
響翠の本来のきめ細かな性質を無意識に感じさせる。
時々、記憶が戻ったかの様に私の本名を呼んだりして
かなりハラハラさせられる事がある。
記憶が混在しているから、致し方ないのだろうが
一番驚いたのは、子供の頃の呼び方で名前を呼ばれた時だった。
書斎に戻って、しばらく執筆のための資料を作成する事にした。
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