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真っ白い招待状

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僕が、今日仕事を終えて帰り道を虚無感でいっぱいになりながら
電車に揺られている。

車窓に映る、自分の姿はぼんやりとしていて抜け殻みたいだ。
耳に入って来る、あらゆる雑音。
瞬きも忘れそうになって、瞳のコンタクトが乾いてきた。

集中して、物を見てしまう癖が抜けない。
僕は、いつだってこの見えているセカイの中では
一人でしかない。

いつも下りる駅で、今日も同じ様に下車をして。
なまぬるい風に、背中を撫でられた気がして
後ろを振り向いた。

もちろん、誰もいない。
結局、使わなかった傘を携えてアパートまで
歩いていく。

外灯に群がる虫を見て、眉をひそめ。
今夜も帰宅後の上の住人がうるさい、部屋へと
帰って来てしまった。

ポストには、今ではもう珍しくも思える
暑中見舞いのはがき。

少しだけ、期待して差出人を確認した。

「……」

居間の電気をつけて、ため息をつく。

悪戯好きな、幼馴染をふと思い出した。

なんだって、彼は僕に真っ白の暑中見舞い
なんかを差し出すのか。

「ん?」
葉書を一瞬あおいだところ、
「柑橘のにおい?」

何かの間違いかとも思った。
もう一度、白紙の葉書の香りを確かめる。
「やっぱり…。ジュースでもこぼしたのかな?」

僕の故郷を思わせる、甘酸っぱい柑橘類の香りが
真っ白の葉書には残っていた。

胸が、きゅぅっと苦しくなるのは
僕がまだ初恋を抱えて、
どうしようもなくうろたえていた頃を
昨日のことのように思い出すから。

淡くにじんだ、色の違う部分を見て
「そうか、あぶりだしだ…。」

今まで、何で気が付かなかったのか。
僕は、夕飯を作ることも忘れて
ガスコンロの前に立った。

気を付けなければ、葉書が燃えてしまうので
火の大きさを調整して
僕は、葉書に書かれているであろう
メッセージを、あぶりだしてみた。


幼馴染は、僕が田舎から都会に出る前に
仲たがいをしてしまって。
僕にとっても、このことは今でも
確かな傷となっていたから。
どうしたらいいのか分からない。

ただ、葉書には
幼馴染からたった一言だけが書かれていた。

僕は、初恋の相手である彼にどんな顔をして
会えばいいのか。

考えるだけで、心が重い。

一度、田舎に帰ってみたいとは思っていた。
両親が言うには、僕の通っていた学校が
廃校になったんだと、最近きいたばかりで。

また一つ、心の奥にしまっておくべき
記憶と思いが増えてしまったことに
落胆していた。

校庭に埋めた、タイムカプセルはもう
掘り起こされてしまったのだ。
眠らせたままでも、良かったのかな。

いっぱい考えすぎて、いつものように
疲れてしまう前に。
僕は、少し遅めの夕飯を作り始める事にした。

田舎からたくさん届いた、夏野菜に西瓜。
お日様の光を浴びて育った作物は
見ているだけで、心が弾む。

子供の頃、畑で収穫した記憶。
僕の隣には、幼馴染の彼がいて、
夏休みにでもなれば、それこそ
僕らは1日中時間を共に過ごしていたのだ。
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