狐と狸の昔語り。

あきすと

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拾った狸

今でも、忘れはしない。
長雨の中、河原に赤ん坊の泣き声。

牛車を停めさせて
その泣き声に歩み寄る。
力無く泣き続ける儚さに
胸が苦しい。

雨で濡れたままの産衣に
愛らしい赤ん坊がくるまれていた。
世は、長雨で作物が不作。
飢饉になるのではないかと懸念されていた。

そんな中、捨てられたというのか?

否、よく周りを見てみれば分かった。
母親は、お産の後に力尽きてしまったようだ。
少し前までは、この赤ん坊に乳を飲ませていたのだろう。
傍らに、ちゃんと母親はいたのだ。

「無念だな…。必ず立派に育てると、ここに誓おう。」
首もすわらない赤ん坊を大切に抱き、牛車に戻った。

「帝さん、まさか赤ん坊拾うてきはるなんて…。」

煌龍殿の一室、茜の間で
すっかり湯浴みして綺麗になった赤ん坊を布団に寝かせた。

茜の間は、文字通り茜、
俺の夜伽として配下が用意した女の事だ。
美しく、賢い。
茜と俺は後ろめたい関係では無く、まるで熟年夫婦のように穏やかに話をする。
茜は、まるで余生を送るような、何もかもを享受するような懐の深さで向き合う。

いい女だ、本当に。
俺の所なんかにいないで、もっと違う誰かに望まれてもおかしくないのだが。

優しい瞳に、赤ん坊を映して共に笑いあう姿は心が僅かに揺れる。

「乳母さん呼ばんと…。いっぱい泣いたら、お腹も空くやろ?帝さん、お願いします。」

暫くして、呼ばれてきた乳母が、茜の間にやってきて授乳をさせ、身の世話をしてから部屋を後にしていった。

「名前すら、無い。名前、茜がつけるか?」
「それは、帝さんに賜りたいんと違います?この子…そうやなぁ、帝さんが連れて来たんやし。」

ずっと、気になっていたが…
「髪の毛、橙色じゃないか?赤ん坊…。」

「いやぁ、ほんまや…なんで?どっか悪いんと違います?」
「まさか…。そう言えば、目も赤茶色だ…。」






「タロー、茜の間には行くな。」

「イヤや。茜大好き!帝はなんで意地悪するの?」

タローは10歳になっていた。
赤ん坊の名前は、タローにした。理由は上手く説明できないが。
誰からも親しみやすく、
呼びやすいだろうと。

タローは小さな台風みたいに、とにかく元気で
明るく、優しい子に育っている。

「意地悪じゃない。茜は今ふせっている。ゆっくり休まないといけないんだ。タローが行くと、茜も気を遣って休めないだろう?」

タローは、茜を母親のように愛し、敬っていた。
俺が、あまり構えない時には茜の所へ行き。
寂しい思いをさせないように、茜はいつでもタローを優しく温かく迎えた。

「分かった…じゃあ我慢する。」

茜の事を、話すべきか?
俺は、永遠を生きるが…茜 は普通の人間だから。
元よりあまり茜は身体が丈夫ではなかった。

最近では、床から身体を起こす事も大変らしく…寝て過ごす日々だ。

幾度、去り行く人を見送ってきたか。

麻痺してはいけない感覚なのに。自分が置いていかれる寂しさや、虚無感の方が辛い。

この、目の前にいるタローでさえ…いつかは俺を置いて、去り行くのか?

艶やかな橙色のタローの長い髪を撫でる。
命が愛しいのは、
どうしてか。
人は、儚い。それでも、
命の炎を燃やしながら生きている。
その姿が愛しいのは当たり前だ。

まだ小さな掌が温かいのも、どんなにか尊い。
あの雨の中、消えない炎を俺は見つけたんだろう。

「また、元気になったら沢山相手になってやってくれ。」

「うん!」

それから、何度季節が変わったか…。
タローの背丈が、また少し大きくなった。

その冬、初めての雪が降った早朝に茜は
天へと召された。

タローは、雷に撃たれたような衝撃を受けとめ切れずに、泣き崩れた。

不思議なもので、そんなタローを見て俺までもが茜の訃報に涙した。

ずっと、1番近くで安らぎを与えてくれていたのは
他でもない、茜だった。
いつでも、穏やかな笑顔を絶やさずに見守ってくれていた。

タローを実の子のように愛し、人として立派に育ててくれたのも茜だ。

あらゆる想いが溢れ出て、手が震える。

失った存在があまりに
大きすぎる。
だが、沢山の人の生き死にを見過ぎだ俺は、どうしたらいいのか分からなかった。

立ち尽くしていると、タローがやってきて
俺を抱きしめた。

何かが、伝わってきた気がした。
「強くない、帝。こんな時くらい…弱くていいよ。」

弱くていい?
初めて言われた、そんな言葉。

「…………。」

言葉が上手く出ない。
呆然と立ったままの俺に、タローが抱きしめている。

「茜…、俺はまた茜に会いたいよ。来世があるなら、また会いたい。だから、忘れないで…帝も、俺の事も。」

ひっそりと葬儀が済み、早、半月ほどが過ぎたか。
茜の間は遺品整理された後に閉鎖されてしまった。

配下の計らいだとは思うが、タローがどうにも不満そうだ。

「薄情なんじゃないの?」

「そう言うな。あれは、あれで此方に気を遣っての閉鎖なんだろう。俺は、まだ平気なつもりだけどな。タローのために、したんだろ。」

「帝…あのさ、俺…本当は茜の子供でも、帝の子供でもないだろ?そろそろ俺の出生について、教えてくれないかな?」
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