狐と狸の昔語り。

あきすと

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霞の中で、時のしらべ

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煌龍殿を出たら、どうやって生きていくのか。

そう、漠然と考えるようになったのはつい何年か前から。
楓に大切に、大切に育てられている自分に巣立ちは
やってくるのかな?

そう思って、相談した相手が非常に…まずかった。

庭で楓と一緒に日向ぼっこをしている最中に
「いつか、俺もこの煌龍殿を出るのかな?」
なんて、言ったから…。

今日は、機嫌が良かった楓が不機嫌になってしまった。
『…何の話だ?』
きっ、と冷たい視線を向けられて萎縮してしまう。

「あっ、だから~将来の話だよ。俺だって守護職に就けれるんだよね?」
お互いの身体を寄せ合って座っていた所。

楓に顎を上向かせられた。
『こんな豆だぬきに守護職に就いて貰わなくてはならない程、この地は困っちゃいないだろうさ。』

「…馬鹿、根性悪、楓なんか嫌いだ。」
『何とでも言えば良い。事実なんだからな。お前は、まだまだ子供なんだ。余計な心配してる暇があればしっかり鍛練したらどうなんだ?なんだ、この腹は。』

無遠慮に伸びてきた楓の手が俺の腹を撫でた。

「⁈うぁ、止めろって…仕方ないだろ?秋はどうしても肥えちゃうんだよ。狸のせいで。認めたくないけど。」
恥ずかしそうに、楓の手を除けて襟を正す。

『そうかそうか、今から脂が乗る訳だな。というのは冗談だ。肥えたと言うのはいささか大袈裟だったか。だが、丁度いい肉付きだ。骨と皮を抱く趣味は無いからな。』

茜を亡くしてから、楓は
女の人を無意識にだとは思うけど…避けている気がした。
色々辛い事を思い出すのかな。俺も、なんだか楓に気を使っていたけれど。
楓は、俺と一緒にいるだけで…本当にいいのかな?

「あのさ…たまには、遊廓とかに行ってもいいんだよ?」

内心、いくらか心臓が煩かったけど…。俺を重荷に思っているんじゃないかなって、不安もあった。

『遊廓に…?必要無いだろう。何で、そんな事を言うのか。』

それは、やっぱり
「俺は男だし、やっぱり楓にできる事は限られてくるよ。まぁ、本当だったら行って欲しくは無いけど…楓を見て好きにならない女の人なんかいないんだから。」

『支離滅裂だな。行って欲しく無いなら…勧めたりするな。お前はお前の本心を殺してどうする?お前の本心は、いつだって大切にしろ。』

楓には、やっぱり敵わない。
一番欲しい言葉で俺を
掬い上げてくれる。
沢山の想いに、溺れそうになる俺を…。

「やっぱり、好きだよ。」
こんなにも、大切にされてる自分が
どれだけ幸せなのか。
楓を見て分かった。

『あぁ。』

ずっとずっと、お互いだけを見てきた。
端から見れば、よく分からない関係だと思われてもいい。
いつか、巣立つまで
まだまだ沢山
楓と共に在りたい。

うぅん、巣立った後も
楓との縁の糸は大切にしたい。






『若いの、都からわざわざこの天下の台所に修行に来たってか?ここじゃあ、働かない稼げない奴は、必要無いんでな。心して働け。』

そう言われて、親方の元で五年働き通しだった。
煌びやかな生活から、
やる事が尽きない今の仕事に一転してから。

一度も、楓には逢っちゃいなかった。
そんな時間を取る暇があったら、少しでも休んで次の日に備えなくちゃいけない。

「楓も、そろそろ俺という呪縛から解放されなくちゃダメだよ。」

蔵の整理を任せられて、梯子に上がっていたところ
急に目の前がぐらぐらしだして、どうしようもない。
あっ、と思う暇無く…俺は
梯子から落下した。



『…。やはり、無理だと言っただろう?馬鹿な奴だよ、お前は。』

ボロボロの狸の姿に戻った俺は、何者かに助けられた。

『まさか、本気で商人になって居たとはな。敢闘賞だ。』

楓、楓…。
必ず、逢いに行くって思ってたのに。
ずっと一人にしちゃったよね?
これは、俺の勝手で
我儘な自分への天罰かな。

ごめんね、楓。

今、すっごく…楓の顔が見たいよ。
声も聞きたい。

俺、やっぱり楓がいない
世界は、嫌だ。

「…っん…。」
『豆だぬき、起きたか。』
「…⁈かっ、楓?何で、えっ⁉︎」

『静かにしろ。お前は今狸の姿に戻っているんだ。羽織で隠しているが、声は出すな。』

「ぁ………。」

慌てて、楓の胸に顔を埋める。

しばらく歩いた先に、旅籠を見つけて休ませる事にした。
なんとかバレずに、杏を布団に寝かせてやる事が出来た。

「ありがとう…。あの…、楓?怒ってる?」

五年も、音沙汰なく
過ごしてしまった事。

『分からない。ただ、毎日毎日お前の夢を見て…少しだけ気を病んだ。』

楓…。
「俺の願いを叶えに来てくれたの?さっき、丁度…楓の事を考えてたんだよ。そしたら、本当に楓が来てくれた。」

まるで、以心伝心みたいで
驚いた。

『帰って来い。無理矢理でも一緒に帰らせるつもりで…迎えに来た。』

「…帰ったらまた、ずっと俺に縛られちゃうよ?楓。」

『何を言い出すかと思えば…。当たり前だろう?拾った以上はずっとお前が俺を嫌になるまで一緒だ。それに、今は世の流れが変わりつつある。それを知って貰いたい。最近は、物騒だからな。煌龍殿に近頃、多くの守護職が出入りするようになって…杏にも手伝いをしてもらいたいんだ。』

大丈夫か?と、楓が狸のままの杏の頬を撫でる。

生温い楓の手が、やたら
現実を感じさせる。

『そういえば、怪我はしなかったか?慌ててひっ掴んで連れて来たから、確認さえできなかった。』

「大丈夫。」
『目眩を起こしたようだな。可哀想に…。まさか、何も腹に入れて無いのか?』

何でも、楓はお見通しなんだ。
言わなくても、伝わっているみたいに。
確かに、お腹は空いていた。
朝からあまり食べる事も出来ずに働きに出て、昼は食いっぱぐれた所だったから。

「ぁ、もしかして…お腹鳴ってるの聞こえた?」
『いや、今聞いた。』

そうだろうと思って、

『先ほど、簡単な食事を下で頼んでいたから…取りに行ってくる。起きれるか?』

「えっ…ありがとう。平気、ゆっくり起きれば大丈夫だよ。」

実のところ、天井が
くるくる回るような錯覚があったけど。
じきに、治まるはず。

楓は、階下に行き食事を盆にのせて戻って来た。

『杏、吐き気はしないか?頭は打たなかったか。』

「うん。ただ、落ちる途中で姿が戻ったから怪我しなかったみたい。」

『狸の姿だと、…丸々としてるからな。』

フッ、と楓が笑う。
「…これでも、痩せたんだから。」

『知っている。さっ、身体を起こそう…。』

楓が肩をかしてくれて
ゆっくり上体を起こす。

「あ、狸だと箸が持てない…。」

『だろう。…で、何で隣に俺がいると思う?』

数年振りに逢う楓は
確かに、優しいけれど
どこか憔悴しているようにも見えた。

「…お願い、します。」
雑穀のお粥を匙に掬い、
楓が杏に食事を摂らせる。

『元に戻らないな?なかなか。まずいだろう、狸のままでは。』

「そうなんだけど、どうやったら戻るかなんて分からないよ。こんな、完全に狸になるなんて。」

『それにしても、よく食べているな。それならきっと、早く元に戻れる…。』

なんだか、やっと楓が笑ってくれたから。
それだけで俺の胸はいっぱいになるんだ。

「美味しかった、ありがとう。ちゃんと落ち着いて食事出来たのも本当久しぶりだ。」

楓が下げ膳をして、杏の両手をとる。
前までは、手を伸ばせば
すぐ隣にあった存在だったのに。

今は、やっと届いたんだ。
「ふゎっ…⁈」

想いが高まったと同時に、杏の姿が元に戻った。

『⁉︎また、突然だな?…あぁ、杏…確かに変わらない。』

この姿で、再会した喜びを
楓はひしひしと感じている様子だ。

当たり前みたいに
抱き締められて、しばらく
余韻に浸る。

こんな毎日を、五年も
無くしてたなんて信じられない。
それくらいに、自分も
しっくり来ている。

「本当に、忘れたりはしてなかったよ。出来れば逢いたかった。あのね、俺を必要だって言ってくれてありがとう。」

大切な人に必要とされるのは、確かに嬉しい。
俺だって、きっと何かの役には立つはずだと思いたい。
楓の、お荷物には
なりたくなかった。
そんな気持ちは、確かに大きくなっていく。

『戻って来い。今は、俺を支えてくれ…。』

真摯な瞳、迷いがない言葉。いつだって楓はそうだった。
何らかの意思を示す。
まぁ、恋愛ではまた話は別みたいだけど。

あの、楓が
そんな事を俺に頼むなんて
ついつい顔がにやける。
ダメだって、楓は真剣に
言ってくれているんだから。

「…はい。」

静かに返事をした。




『また、懐かしい話をしだすな?お前は。』

「え、だって…まるで貰い受けに来たみたいで、楓素敵だったよ。」

『狸の嫁入りか。なかなか興味深いじゃないか。』
書状の整頓をしながら、昨日から徹夜続きの楓に
視線を向ける。

「もう、寝よう?あんまり根を詰めたって、良くないよ。今は切りがいいし、俺も眠たいし…。」

これでさっきから
何回目か分からない
あくびをした。

『…そうだな。杏も、そろそろ限界らしいし。じゃあもう夜明けだが、寝るか。』
見ていた書物を片付けに
立ち上がる楓。

杏も寝所に先に行き、
寝る為の準備をし始める。
「あれ?」
寝台に、見たことの無い
重箱が置かれていた。

不審に思いながら、その箱を杏が開ける。

『杏?何をしている…』
着替えに来た楓が寝所に入って来た。
『…杏?確かに、居たはずだったが。』

楓があたりを見回しても、
杏の姿は無かった。
『まさか、疲れているのに風呂に入りに行ったか?』

まぁ、しばらくすれば
戻るだろう。

そう思い、寝衣に着替えて
眠りにつく。
が、
どうにも、寝付けない。
あれから一刻は
過ぎている。

あまりにも、遅くないか?
『杏の奴、風呂で寝たのか?』

気が気じゃない。
寝台を下りて、風呂場と露天を探すも姿は無い。

『…おかしい。』
煌龍殿に住まう、時を忘れた者たちにも聞いてみたが
杏の姿を見た者はいなかった。

一度、寝所に戻る。
考え…
そういえば、この寝台に
置かれた重箱は何だ?
杏の物だろうか?

訝しげに、箱を開ける。
『…‼︎』

それは、開けてはならない世界への入り口だったのかもしれない。










もう少しだけ、お話
⬇︎

杏「お付き合いいただきまして、ありがとうございます。」

楓「ありがとう。」

杏「…頭が高いよ、楓は。」
楓「杏が、俺の分まで低いからだ。」

杏「もぉっ!…今回のおまけの内容考えて無かったみたいで、自由に話していいって言われた。」

楓「いつも、行き当たりばったりだろ。考えてたのと、考えて無かったのは直ぐに分かる。」

杏「実はさ、あんまり設定細かく出しちゃうと後あと設定に縛られちゃうかもしれないからって。大まかなものしか書けないらしいよ。」

楓「星座は書けても、生年月日までは書けない。理由はな、俺がいつから生きていたか分からない。もとい、決めてないらしい。最近じゃあ妖狐にしようかとか、考えてるみたいだ。」

杏「えっ…俺、狐と…したの⁉︎」

楓「まだ、決定では無い。可能性は否定できないが。」

杏「言われてみれば…どちらかというと、狐がおだもんね。わぁ…なんか、やっちゃった感が今頃じわじわ襲って来た。」

楓「お前好みの顔だろう?俺は。俺も、その逆だからな。」

杏「…ん、まぁね。え~…なんかちょっとゴメン、恥ずかしくなって来た。後、ヨロシクね。楓。」

楓「…年頃だな、杏は。さて、落ちは無いぞ。」



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