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産まれて初めて、他人に身をさらす事に
なるのかな?とか考えて居たせいで
縁日の記憶があんまり無い。

俺ってこんなにイヤラしい性分だったんだと
自分を恥ずかしく思う。

往来の人が、たいてい隣を歩く
悠寅を見て感嘆をもらす。
気持ちはすごく分かる。
悠寅はどこかリアルさが無くて、
不思議な気持ちになるからだ。

誰も何も寄せ付けない様な圧倒的な
オーラみたいなものをきっと
他の人も感じてるんだろう。
『辰海、何か少し食べておくか?』

気持ちは有り難いんだけど、
「胸がいっぱいで、あんまり食欲無いんだけど…」
『胸が、か?具合悪いのか。』
「違うよ。そんな意味では無くて。気持ちがね、いっぱいいっぱいで、空腹にはなりそうにも無いってコト。」

悠寅にはまだ慣れない感覚なのかな?
恋してるって時には、よくある話。
『はぁ、夜になってもまだまだ涼しくならないな。』
「でも、手は繋いでくれるよね。」
『当たり前だ。お前とはぐれたら困る。』

彼氏って呼べる存在が出来たのかな?
とか、あれこれ浮ついた気持ちで
露店を見てまわる。
「あ、でも飲み物なら欲しいかも。」

『白桃のミルクティーか、変わったの出てるなぁ。』
「もしかして悠寅、白桃…すき?」
『…桃は好きだな。』
「じゃあ俺は違うのにする。えっと、ラベンダーのミルクティーって変わってる。それにしよっと。」

悠寅が袂から小銭入れを出して
お店の人に注文をしてくれた。
改めて、1つではあるけど歳上なんだよな~とひしひしと感じる。

透明のカップに氷が沢山入れてあるのが
見える。
『どうぞ。』
「ありがとう、奢って貰っちゃった。俺にもお返しさせてね。」
『このまま晩飯食べないのか?さすがに8時もまわったし腹減って来た。』
「食べなよ、俺の事は気にしないで良いからさ。ね…?」

『俺、空腹だと気が立って駄目なんだよ。なんか食べておかないと納まらなくて。』
歩きながら買って貰ったミルクティーを飲んで独特の香りを味わう。

「美味しい、ありがとう悠寅。」

『実は家の方でも料理ってか夕飯が普通に用意してあるんだよ。』
「え、そうなんだ?じゃあそっち食べたら良いよ。俺の事は気にしないで?この辺ぶらぶらしてるから。後でまた合流しよっか。」
『…はぁ?辰海を1人にしてこんな縁日なんてトコに置いてく訳が無い。』

「うん。」
『俺の部屋で先に待ってて欲しい。』
「分かったよ。でも、食事ぐらいゆっくりして来いよ?」
『…ありがとう。』

片時も離れたく無い。
ふと、そんな言葉が頭に浮かぶ。
また悠寅の家にお邪魔させて貰って、
部屋に案内された。

こざっぱりとした、シンプルな部屋で
物が少ない。爽やかな香りが鼻をかすめた。
『ゲームとかする?』
「あー、俺あんまりしないんだ。大丈夫だよ。ボーッとしてるから。」
『ホントに?』

クスッと悠寅は笑って俺の頭を撫でた。
着慣れない浴衣だけど、きっともう少し
悠寅の為にも着ていた方が良い気がする。

「本当、大丈夫だよ?勝手に引き出し開けたりなんかしないからさ。」
『辰海はそんな事しない。さて、じゃあ少し行ってくるけどもし、お腹空いたら連絡して。
軽食なら持って来れそう。』

「あ、待って。」
『ん?どした、辰海。』
「ベッドに上がっても良い?」
もちろんフローリングにも座れる
スペースはある。

『…どんな煽り?それ。良いよ、少し横になるか?』
「流石にそこまでは。浴衣しわくちゃになっちゃう。」
『好きに過ごして良いから。』

悠寅はそう言い残して階下へと降りて行った。

「俺のベッドより大きいし、広い。え~なんか、無駄にえっちじゃない?」
ギシッ、ベッドのスプリングがしなる。
脚を投げ出して座ってみる。

シーツからなのか分からないけど、
やっぱり良い匂いがする。
心地良さに酔いしれる。
「良い匂い…」

さっき抱き合った時、胸が疼いて
現実での感覚が想像をはるかに超えて来て
感情が追いつかないって思った。

「駄目、寝ちゃう…」
ベッドのサイドボードに飲みかけの
ミルクティーを置いて
ずぐずくにくず折れる様にして
ベッドに横たえる。

「気もちぃ…ねちゃう…」
適度に効いたエアコン、たぐり寄せた
悠寅のタオルケット。

こんな最高のシチュエーションは
他に知らない。

俺は何の罪悪感も無く、すーっと
悠寅のベッドにて寝こけてしまった。
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