月を想う。

あきすと

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追憶

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深い息遣い、

全く君は…昔と変わらなかった。


私があの後、葵を連れて

家に帰った直後。

あまりに、生活感の無い部屋や台所を見て卒倒した。

『…普段一体何を食べて生きているのだ?エスカデは。』


「はぁ、私は料理しませんから。外で食べます。朝は駅前の喫茶店で、モーニングがあります。お昼は病院の看護婦さんにお弁当を作ってもらったのをいた」『もういい。』


途端に、不機嫌な表情で

私を見据える葵。


「まぁ、いいじゃないですか。寒いですね…少しあったまってから休みましょう。」


炬燵に火を入れて、その間にもジッとはしていない葵に目を細める。

「明日、教授に話さないといけませんね。」


ようやく、腰を落ち着けた葵が不思議そうに私を見る。

『教授に…?』

「はい、貴方がこちらに住むわけですから。この借家は教授から紹介してもらったもので。」


『そうか…。家賃も払わねばなるまい。』

「いいえ、それは私が払います。葵には、家を任せたいのですが…。あ、ホールの仕事は、毎晩あるのでしょうか?」


『ホールは、あれが最後だった。もとより、代わりに出ていただけだから。私はプロでも無いのに。』


プロでも無いのに、あんな余裕があって

情感たっぷりに歌えたというなら。

君という人は、本当に

何でもこなせてしまう

とんでもない存在だ。


「良かった。確実に君は人を無意識に魅了してしまうから。出来ればあまり、人前には出て貰いたく無いと思ってたところだったんだよ。」


目を丸くして、何故?

とでも言いたげな葵。

『私が、歌い始めてからエスカデがホールに来てくれるようになったのを知っている。だから、エスカデが来たのは必然だよ。私がそれを願ったから。』


「君には、敵わない。いくら君が凄い力を持っていたとしても…人を操る事は出来ないだろう?これも、運命なんだと私は受け止めよう。」


あたたまってきた炬燵に入り、

『すっかり身体が冷えていた。それにしても…色々思い出してしまわないか?冬は。』


そうだ、君に出逢ったのも

確かに真冬だった。

あの日は雪で…、突然押し掛けられて困った顔をして居た君が。


下駄履きに、半纏で

玄関に現れた時は確かに

驚いた。


『日元、久しいな。いきなりやって来といて悪いんだが…君の所でこの若者を世話してやってくれないか?』


寒い寒い、と震えて居た所に唐突なお願いで

寒さも吹き飛んだ。


『⁉︎志方さん、私が誰を世話する…』

その時現れた長身の

外国人に葵は、目をみはった。

「はじめまして。」


『エスカデ君は、日元の写真を知人に見せて貰って君に会いに来たらしい。まぁ、渡日したのは他にも勉学の事があるのだがね。しばらくは、住まわせてやって欲しい。もちろん、生活費などは面倒見てやってくれ。その位の甲斐性はあるだろ?』


いやいやいや、待ってくれ。

「ひもと…あおい?」

『ひ、の、も、と、葵だ!』


名前すら分からなかった奴を住まわせる義理は…あるのだろうか?


そんな、あまりにも強制的なお願いを聞いてしまい

葵とエスカデの同居生活は

始まった。


「志方さん、行ってしまいましたね。」


『あぁ。と言うか、貴様自分の名前くらいきちんと紹介しろ。』


どうにも。こうにも怒りが収まらない。


いや、いきなりじゃなかったら良いと言う意味でもないが。

しかし、それにしても酷い。


「エスカデ=ホワイトです。」

『へー、ホワイトか。』


まぁ、特に名前を言われても興味すら沸かないのだが。


「エスカデです。」

『…そっちで、呼べと?…分かった、分かった。』

「日本語難しい…」


『案外話せてるぞ?通じているし、案ずるな。』


「あんずるな」

『Don't worry.』

『Never fear.』


「あっ、…聞いていた通りですね。確か、いくつかの国の言葉が出来ると聞いています。」


『少しだけだ。』

「聞かされていたのは、葵は話し方が古臭くて偉そうなんだそうで。」


⁉︎志方さんが、吹聴したのだろう。全く、失礼な。

あながち、間違っていないだけに何も言えなかった。


「寒いですね。」

『分かったよ。早く、入れ…』


厚手のフロックコートを着ていても、鼻の粘膜まで冷たくなるような寒さで

雪化粧をした東の都は

眠ったように、静かだった。


玄関の柱に後頭部をぶつけて顔をしかめる姿を見て

苦笑いをする。

『屈むんだよ、次からは。』


「…ハイ。」

靴のまま廊下に上がるような事も無く、エスカデを居間に案内した。


『こんな所にて、悪いな。今、応接間に行こうにも寒さで震えてしまうよ。今、茶を淹れてくる。』


火鉢に掛けていた鉄瓶で、

沸かしたお湯で緑茶を淹れて、葵はエスカデに差し出した。


「わぁ…これ、抹茶ですか?」

『いや、これは煎茶だ。抹茶は…ほら、沢山泡が立っているだろう?』


「こっちは、澄んだ色で綺麗ですね。」


炬燵にあたりながら、火鉢で温まった部屋に通されたエスカデは、どことなく

安心したように笑顔を浮かべた。


『そういえば、なぜ私を知っているんだ?写真がどうとか言っていたな。』


「はい。私の日本人の友達が、見せてくれました。この写真…。」


胸ポケットから、出されたセピア色の写真には

確かに葵が写っていた。


『これは、懐かしいなぁ。私が最後に軍服に袖を通した日に知人に写真撮影してもらった時のだよ。』


「もぉ、すっごく…好きです。この写真。」


いきなり、リキが入り始めたエスカデに気後れしながら湯呑みのお茶を一口飲む。


『そ、そうか…光栄だよ。』

「実は、渡日するきっかけになったのはコチラの写真ですが。葵を好きになったのは、コチラの写真を見てからです。」


すっ、と目の前に出されたもう一枚の写真を見た。

が、意味が分からなかった。


『これは、…えーと?』

「先程とは、全く違って優しく笑っています。同じ人物には思えませんね。こんなに、照れた様子で…すごく意外だった。」


…何と言っていいのか。

まさか、外国からわざわざ私にこれを伝えに来たと?


『エスカデ、貴様は馬鹿の極みだな。』

「ばか?」


くすくす笑う葵に、エスカデは訳が分からないとでも言いたげに肩を竦めている。


『そう、fool.だよ。』

「なっ…すごく失礼ですよ!だって、私には貴方が本当に救いの神のように思えたんですから。」


いつだって、射抜くような

真っ直ぐな視線。

そこには、迷いも躊躇いも一切感じられない。


だから、目が合うと

なかなか反らせない。


『救いの神がいたなら、エスカデの馬鹿を直してくれたかもしれないな。』


ずっと、お茶を一口も飲まないエスカデに

『緑茶、嫌いか?』

「苦いでしょう?」

『そんな、苦くも無い。最初に淹れたものだから、実は少し薄い。』


「本当ですか?」

そっと、湯呑みを口元に持って行く。

と、同時にエスカデの眼鏡がうっすら曇る。


『そうか、エスカデの事を知っていかねばならないな。ここにしばらく住むのだから。』


「あぁ…美味しいです。きっと草とは違う味なんですよね、これ。」


『当たり前だ…。』


その日は、遅くまで

ずっとお互いの話をしあった。

エスカデの故郷の事。

家族の話、大学の話。

好きな映画や、音楽。

絵画に、小説。


まだ若いエスカデは、歳のわりに物知りで

さすが医者を志すだけはある。

どうして、医者を目指すのかと尋ねたら


「誰かを助けるのに理由は無いんです。私は、何とかしてその人の為に出来る事をしたいと。弱っている人に安心して頼られるようなドクターになりたいです。」


『…そうか。少しだけ、見直した。頑張れとは言わない。存分に励まれよ、それが相手の為で自分の為でもある。』


未来がある若者は、やはり

輝いている。

本当に、眩しい。

長く生き過ぎた私には

目が眩みそうだった。


「ありがとうございます。あの、朝は何時に起きましょうか?」

『最低でも、七時には起きてくれ。朝食は、この居間にて和食が出てくる。パンなどは、私は買わないからな。』


「はい、…あの、遅くなりましたが、お世話になります。」

頭を、かくんと下げてくる

殊勝さには葵も首を横に振る。

『だって、エスカデは…私に会いに来たのだろう?私の客人をもてなすのは、当然の事だ。』


「葵、やっぱり貴方は私が思うような人物ですね。良かった。」


よくよく、エスカデを見てみた。

黄金色の髪に、碧眼。

端正な顔立ち。

私を見下ろす長身。


しかし、やっぱり…

何故、私を?


そればかりが引っかかる。

天然色の写真でも無いのを見て、こうも入れ込むものだろうか?


『あの、な?エスカデ。勘互いしてたら申し訳ないのだが…私は男だぞ。』


一瞬、場が凍った気がした。

「そうですよ?それくらいは、写真を見たら分かりました。」


そうか…。

ほっとしたような、

それでいいのか?当然思ってしまうような。


エスカデが、承知しているならこれ以上はどうにも。


恐ろしく肝が据わった人間だと、改めて実感した。


『…あの、エスカデは私とどうなりたくて渡日してきたのだ?』
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