消えた紅い髪の魔女

①

あの子が家に来た日。
私は、思い出したの。
もう何も前、いいや。
何百年も前に、私のもとを去って行った
紅い髪の魔女の卵。

まっかな髪は、二つに結われていて
瞳の輝きからさえも彼女の自信が窺える。

同じ、紅い髪に揺れる耳元のピアスは
エメラルド。

一瞬、彼女が帰って来たのかと
錯覚してしまいそうだった。

『突然、失礼いたします。』
ドアを開けた先に立つ彼女は私と目が合うと
一瞬、瞳を見開く。

「こんな人里離れた所に、お嬢さんがどの様な御用でしょう？」
『初めまして、アレスと申します。……あの、ヌメニアさん。ですよね、高名な
魔術師の。』

久し振りに、自分の名前を誰かから呼ばれた。

「よく、こんな遺物の名前を…。一体誰に聞いて訪ねて来たんだい。」
ここ何年もすっかり隠居気味で、表に出る事はほぼ無く。
庭にある植物園と、畑で自給自足が出来ている。


『あなたの古い文献を、私のひい…ひいお爺様が蔵書として持っていたのです。』
指折り数えながら、代を遡る細い指先を見ていた。
「それはそれは。せっかくのお客様をおもてなししなければ。」

ハッキリ言って、彼女の一件以来
私はちょっとした女性恐怖症とまではいかないものの
人との距離感と言う、平平凡凡にして
普遍的な悩みを抱いていた。