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聖女、亡命!

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「や、やめろ聖女ミスティ!なんてことをしてくれたんだ!」

恐れおののく国王に、聖女ミスティはたたみかける。

「あんたは国王クビ!もう用無しよ!これからはこの可憐な魔王様がこの国の王になるんだから!」

ミスティが指し示す先には、困惑顔の魔王。

「はー!すっきりした!ずっとこうしてやりたかったのよ!この無能ゴミクズお荷物国王め!」

かつて聖女と呼ばれた姿は影も形もない。国王を足蹴にして高笑いをするミスティに、魔王もドン引きしていた。

―――――――――――――――

この国はもうだめだ。

三徹目を迎えた聖女ミスティは、眠気の限界を突破した勢いで亡命を決意した。

しかし国境には強力な防御結界が張られており、真正面から突破するにはたくさんの罪なき国境防衛魔術師を燃やし尽くさねばならない。

眠気のあまり正常な判断力を失い、無敵感に満ちたミスティにもさすがに大量殺人ははばかられた。とはいえ、全員がクソ国王の顔だったら殺し尽くしていたかもしれない。

国境には一カ所だけ結界が張られていない場所がある。

それは、『境界の森』と呼ばれる森林地帯。この森はあまりに深く、人々から方向感覚を奪うのでここを超えることは不可能とされていた。

そのため、結界を張る必要がないのである。

ミスティは、その森の中を彷徨い歩いていた。


この国で聖女と称えられ、人々の尊敬を集めるミスティは、ただの魔法使いの少女であった。

いや、”ただの”魔法使いではない。通常卒業まで5年かかるはずの魔法学校を、2年で飛び級卒業した天才魔法使いだった。

その魔法の才能を利用し、彼女を聖女として祭り上げ金もうけの道具としてこき使っているのがニークアム王国の王だ。

ミスティが得意とするのは光魔法。たまたま聖女っぽい魔法が使えてしまうのが、彼女にとっての不運だった。

この国がどのようにミスティの才能を利用していたのかというと、その光魔法を使ってぼんやりと発光する魔法石を毎日数百個も作らせ続けたのである。

このぼんやりと発光する魔法石に何の効果があるのだろうか。

実はこの石、何の効果もないのである!

ミスティは寝る間も惜しんでゴミを生産させられ続けた。この魔法石は高く売れるのだ。

哀れな民衆たちはただ光るだけの石を「聖女様の魔法の力が宿った万病を治す魔法石」と信じ、なけなしの財産をつぎ込んで買い求めた。

ちなみに、この魔法石を10個買うとミスティに直接治療魔法を施してもらえるというオマケがついている。

ミスティは魔法石作りの合間に、自らが最も苦手とする治癒魔法で哀れな国民たちを癒してやらねばならなかった。

それでも、治癒魔法を使うのはゴミを作るよりもはるかに気が楽だ。

国民たちにただのゴミを買わせているという事実は、ミスティの心を蝕んでいく。

その上、毎日3時間ほどしか眠ることができず、身体的にも限界を迎えていた。

これだけのことをして、豊かになるのは国王だけ。

ミスティにはまともな給料が与えられなかったし、宮廷魔術師である父ヒューズも激務の割には大した収入を得ていなかった。

それでも、国民の中ではかなり恵まれていた方だ。平民たちは明日食べるものもないという状況だし、貴族たちも着飾っているように見えて莫大な借金を抱えていることが多い。

元々豊かな国ではなかったが、ここまで酷くなったのは国王が代替わりをしてからだった。

先代の国王が亡くなってからたった6年しか経っていない。

6年でここまで経済状況が悪化した事実は、国王の無能さを物語っている。

ミスティの姉がこの国を去ったのもその頃だった。先代国王の私生児だったシルヴィアと共にこの国に見切りをつけて流浪の旅に出たのだ。

姉との関わりはほとんどなかったものの、彼女が旅に出る時はやはり寂しかった。

姉は7年ほど前に父から勘当を言い渡されたが、時々ミスティに会いに来てはシルヴィアの話を聞かせてくれたのだ。

ミスティはシルヴィアに憧れていた。彼女は治癒魔法の天才で、自分よりもずっと人々の役に立つ魔法を使うことができたからだ。

ミスティの治癒魔法は平均かそれ以下のレベルであった。そのため、魔法石10個分の金額ほどの価値はない。それどころか、魔法石1個分の価値もないだろう。

一部の治癒魔法を専門とする魔法使いたちはとっくにそのことに気が付いていた。しかし民衆たちはその事実を知る術を持たなかった。

ミスティの聖女性に傷をつける発言をした者は、国王によって処刑されてきたからだ。


ミスティは国を抜け出したい一心でひたすらに森の中を歩き続けていたが、ここは迷い込んだら出ることができないという『境界の森』。もうどこを歩いているのか、なんのために歩いているのか、何も分からなくなっていた。

(ああ、しんどい。寝たい…つらい。殺す…国王殺す)

ミスティは心の中で呪詛を吐き続け、なんとか意識を保とうとしたものの、限界だった。

(ああ…死ぬかも)

その場に立っていられなくなり、崩れ落ちた彼女が最後に見たのは、真っ赤な毛皮を持つ子猫であった。

「ニャー」

か細い子猫の鳴き声を聞きながら、ミスティは目を閉じた。

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