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彼女は愛され方を知らない
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ある日婚約者から訴状が届いた。
どうやら婚約者様はモニカに惚れたらしい。婚約破棄を求める旨と、私がモニカをいじめた件について裁判をしたいということが書いてあった。
モニカは私の幼馴染だ。何故かいつも私が好きになった男はモニカを好きになる。
友達もそうだ。何故かみんなモニカを好きになって、私はいつも独りぼっちだった。
モニカをいじめた記憶なんてないが、何故かみんなそう信じている。この世は謎だらけだ。
婚約破棄への同意は書面で表明した。親が決めた婚約で、特に婚約者のマックスのことが好きだったわけではないし別にいい。
帰ったら両親に死ぬほど怒られるだろう。結婚は個人のためではなく、家同士のためだ。でもそれを先に反故にしたのはマックスだ。
両親の口癖は「デビーもモニカちゃんくらい可愛ければ私たちも楽なのに」だった。
確かにモニカはかわいい。飴玉のような大きな瞳、やさしげに垂れ下がった眉、透き通るような白い肌、陽の光を受けて輝くブロンド。
だけど私だって負けていない。三白眼はきつい印象を与えるし、眉もちょっとりりしすぎる感じはする。肌はそこそこ白いけど茶髪は地味だ。でもこの世界のどこかには、私の顔が好きだという男も存在するはずだ。
いつかはそんな男と出会えるだろうと夢見て生きてきた。
でも、もうどうでもいい。友達もいないし恋愛もできないし、好きでもない婚約者に一方的にフラれるしもう人生絶望だ。
私は出家する。
家に帰って怒られるのも嫌だ。家出して頼れる友達もいない。モニカの家に転がり込むことならできるだろうけど、誰が行くか!
出家する。私は世俗を捨てるのだ。出家の仕方なんて分からないので、とりあえず教会にやってきた。
これでも一応、伯爵家の娘なので移動は常に馬車だった。しかし馬車に乗って出家は本気度が足りない気がして、ここまで歩いてきたのだ。
このボロボロの水膨れだらけの足を見れば、いくら私の評判が悪くても受け入れてもらえるだろう。
「たのもー!」
そう言ってドアを開けると、神父がびくりと身体を震わせた。
教会の中には、エキゾチックな容姿のイケメンがいた。
この国の住民とは肌の色が違う。肌は浅黒いが、顔は整っている。
その男は私の顔をまじまじと見る。私の美しさに見とれているのかしら。
でももう遅い。私は出家するので。
「神父様!私、出家します!」
「お前はミドルトン家のデボラじゃないか!我らが聖女、モニカ嬢に酷いことをしているのだろう。お前のような女が神のしもべになれるわけがない」
またモニカ!私が何をしたっていうの。割と真剣に、私は何もしていない。
「私がモニカに何をしたっていうんですか?」
「ん…?そういえば、知らないな…。でもなんか、とにかく酷いことをしたんだろう」
なんじゃそりゃ。もう人生絶望だ。死ぬしかないか。
教会のイスにどかりと座って、頭を抱えてため息をつく。とても貴族令嬢らしい姿ではないが、絶望しているときにまで高貴に振る舞うことなんてできない。
「お嬢さん…私の国に来ませんか?」
教会のイスに座っていたイケメンが、私に声をかける。
「あなた、誰なんですか…」
「私はガストーネ王国のカルロスです。実はこれでも、名のある商団の長なんですよ」
突然の金持ち自慢はさすがに戸惑う。
「私も伯爵令嬢ですが…」
何故か張り合ってしまった。
「これは失礼しました。あなたがあまりにも美しく、私を好きになってもらいたいから…ついアピールしてしまいましたね」
照れたように笑う姿もイケメンだ。正直とても好みの顔立ちである。その上、彼も私の顔が好きだなんて…。
「何やら人生に絶望しておられた様子だったので、ぜひ我が商団と共に私の国に来てほしいと思ってしまったのです。誰よりも大切にします。旅をしながらゆっくりと、お互いを知ることができたら嬉しいです」
普段の冷静な私だったら、こんな男についていくことはなかっただろう。
でも、人生に絶望し、出家さえも拒否された私にとってはこの上ない申し出だ。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
さらばモニカ。私は旅に出る。
―――――――――――――――――
デビーが旅に出ることを聞いたのは、ようやく彼女の婚約破棄がなされた直後であった。
彼女が好きになった男は全員虜にしてきたし、彼女の婚約者も何度だって奪い続けてきた。
それなのに、今回も失敗するなんて。
私の周りの男たちは、私が何をしなくても全員私を好きになった。まるでそうなることが最初から決められているかのように。
私が少し微笑みかければ、それだけで十分だった。
しかし私にとって彼らの愛など道端の小石ほどの価値もない。
男との触れ合いは私にとって苦痛以外の何物でもなかった。私が好きなのは、デビーただ一人だったからだ。
彼女の美しい唇が私の名を呼ぶだけで、くらくらするほどの劣情を催した。
彼女が他の誰かの手に渡ることには到底耐えられない。彼女を誰にも渡さないためにおぞましい男どもに笑いかけ、何の価値もない人間に慈悲を与えて聖女を演じてきたのだ。
彼女が孤立するよう仕向けるのも簡単だった。みんなが私のことを盲目的に好きだったから、私は少し悲しい顔をすればそれでよかった。
それなのに、何故かいつも、私に少しも興味を持たない男が彼女を連れ去ってしまう。
その男が現れる前に彼女と男の出会いをつぶしても、また別の男が現れる。
まるで最初からそう決まっているみたいに、どうしても結末を変えることができなかった。
私は何度も、このストーリーをなぞってきた。
いつかは彼女を手に入れることができると信じて、何度でもやり直してきた。
初めて生まれ変わった時の衝撃を忘れることはできない。
最初の人生で、彼女はこの国の大将軍に見初められて盛大に結婚式を挙げた。
その夜、私は湖に身投げをしたはずだ。だが、気が付いたら私の目の前にかわいらしい幼少期のデビーがいたのだ。
神様がくれたチャンスに違いないと思った。
やはり私は彼女と結ばれる運命なのだと、そう思った。
しかし2回目の人生でも彼女は隣国の第三王子に連れ去られてしまう。
またやり直せると思って首を吊った。
目が覚めると、幼いデビーが私の家を訪れた。
彼女との別れを何度も繰り返すうち、彼女への思いが強くなっていくのを感じる。
はじめは恋だったはずだ。それが愛になって、執着になった。
私が彼女に対して抱いている思いは健全ではない。分かっていても、自分ではどうすることもできなかった。
彼女の呼吸の一つさえ愛おしい。それと同時に、彼女の幸せが許せない。
汚らわしい男という存在が、彼女の美しい肌に触れるのだと思うと呼吸ができなくなるほど苦しかった。
彼女の唇に、不気味な男という生物の唇が触れることを考えると気が狂いそうになった。
彼女は美しくあらねばならない。純潔であらねばならない。
信仰にも似たその思いは、何度でも私を死に導いた。
夜、誰もいなくなった教会で、私は短剣を喉元に突き付ける。
そろそろ来るはずだ。私は知っている。彼女はここに忘れ物を取りに来るのだ。
私が幼い頃にあげたハンカチを、彼女はここに取りに来る。
彼女のそういうところが好きだった。表面上は私のことを嫌っていても、私があげたものを大切に持っていてくれる彼女が好きだった。
短剣を自分に突き立てるのは、何度やっても慣れない。一番苦しい死に方だ。
でもこれが、一番幸せに死ねる方法なんだ。
足音が聞こえる。彼女はもうすぐそこだ。
今夜も私のために泣いてね、デビー。また来世で会いましょう。
どうやら婚約者様はモニカに惚れたらしい。婚約破棄を求める旨と、私がモニカをいじめた件について裁判をしたいということが書いてあった。
モニカは私の幼馴染だ。何故かいつも私が好きになった男はモニカを好きになる。
友達もそうだ。何故かみんなモニカを好きになって、私はいつも独りぼっちだった。
モニカをいじめた記憶なんてないが、何故かみんなそう信じている。この世は謎だらけだ。
婚約破棄への同意は書面で表明した。親が決めた婚約で、特に婚約者のマックスのことが好きだったわけではないし別にいい。
帰ったら両親に死ぬほど怒られるだろう。結婚は個人のためではなく、家同士のためだ。でもそれを先に反故にしたのはマックスだ。
両親の口癖は「デビーもモニカちゃんくらい可愛ければ私たちも楽なのに」だった。
確かにモニカはかわいい。飴玉のような大きな瞳、やさしげに垂れ下がった眉、透き通るような白い肌、陽の光を受けて輝くブロンド。
だけど私だって負けていない。三白眼はきつい印象を与えるし、眉もちょっとりりしすぎる感じはする。肌はそこそこ白いけど茶髪は地味だ。でもこの世界のどこかには、私の顔が好きだという男も存在するはずだ。
いつかはそんな男と出会えるだろうと夢見て生きてきた。
でも、もうどうでもいい。友達もいないし恋愛もできないし、好きでもない婚約者に一方的にフラれるしもう人生絶望だ。
私は出家する。
家に帰って怒られるのも嫌だ。家出して頼れる友達もいない。モニカの家に転がり込むことならできるだろうけど、誰が行くか!
出家する。私は世俗を捨てるのだ。出家の仕方なんて分からないので、とりあえず教会にやってきた。
これでも一応、伯爵家の娘なので移動は常に馬車だった。しかし馬車に乗って出家は本気度が足りない気がして、ここまで歩いてきたのだ。
このボロボロの水膨れだらけの足を見れば、いくら私の評判が悪くても受け入れてもらえるだろう。
「たのもー!」
そう言ってドアを開けると、神父がびくりと身体を震わせた。
教会の中には、エキゾチックな容姿のイケメンがいた。
この国の住民とは肌の色が違う。肌は浅黒いが、顔は整っている。
その男は私の顔をまじまじと見る。私の美しさに見とれているのかしら。
でももう遅い。私は出家するので。
「神父様!私、出家します!」
「お前はミドルトン家のデボラじゃないか!我らが聖女、モニカ嬢に酷いことをしているのだろう。お前のような女が神のしもべになれるわけがない」
またモニカ!私が何をしたっていうの。割と真剣に、私は何もしていない。
「私がモニカに何をしたっていうんですか?」
「ん…?そういえば、知らないな…。でもなんか、とにかく酷いことをしたんだろう」
なんじゃそりゃ。もう人生絶望だ。死ぬしかないか。
教会のイスにどかりと座って、頭を抱えてため息をつく。とても貴族令嬢らしい姿ではないが、絶望しているときにまで高貴に振る舞うことなんてできない。
「お嬢さん…私の国に来ませんか?」
教会のイスに座っていたイケメンが、私に声をかける。
「あなた、誰なんですか…」
「私はガストーネ王国のカルロスです。実はこれでも、名のある商団の長なんですよ」
突然の金持ち自慢はさすがに戸惑う。
「私も伯爵令嬢ですが…」
何故か張り合ってしまった。
「これは失礼しました。あなたがあまりにも美しく、私を好きになってもらいたいから…ついアピールしてしまいましたね」
照れたように笑う姿もイケメンだ。正直とても好みの顔立ちである。その上、彼も私の顔が好きだなんて…。
「何やら人生に絶望しておられた様子だったので、ぜひ我が商団と共に私の国に来てほしいと思ってしまったのです。誰よりも大切にします。旅をしながらゆっくりと、お互いを知ることができたら嬉しいです」
普段の冷静な私だったら、こんな男についていくことはなかっただろう。
でも、人生に絶望し、出家さえも拒否された私にとってはこの上ない申し出だ。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
さらばモニカ。私は旅に出る。
―――――――――――――――――
デビーが旅に出ることを聞いたのは、ようやく彼女の婚約破棄がなされた直後であった。
彼女が好きになった男は全員虜にしてきたし、彼女の婚約者も何度だって奪い続けてきた。
それなのに、今回も失敗するなんて。
私の周りの男たちは、私が何をしなくても全員私を好きになった。まるでそうなることが最初から決められているかのように。
私が少し微笑みかければ、それだけで十分だった。
しかし私にとって彼らの愛など道端の小石ほどの価値もない。
男との触れ合いは私にとって苦痛以外の何物でもなかった。私が好きなのは、デビーただ一人だったからだ。
彼女の美しい唇が私の名を呼ぶだけで、くらくらするほどの劣情を催した。
彼女が他の誰かの手に渡ることには到底耐えられない。彼女を誰にも渡さないためにおぞましい男どもに笑いかけ、何の価値もない人間に慈悲を与えて聖女を演じてきたのだ。
彼女が孤立するよう仕向けるのも簡単だった。みんなが私のことを盲目的に好きだったから、私は少し悲しい顔をすればそれでよかった。
それなのに、何故かいつも、私に少しも興味を持たない男が彼女を連れ去ってしまう。
その男が現れる前に彼女と男の出会いをつぶしても、また別の男が現れる。
まるで最初からそう決まっているみたいに、どうしても結末を変えることができなかった。
私は何度も、このストーリーをなぞってきた。
いつかは彼女を手に入れることができると信じて、何度でもやり直してきた。
初めて生まれ変わった時の衝撃を忘れることはできない。
最初の人生で、彼女はこの国の大将軍に見初められて盛大に結婚式を挙げた。
その夜、私は湖に身投げをしたはずだ。だが、気が付いたら私の目の前にかわいらしい幼少期のデビーがいたのだ。
神様がくれたチャンスに違いないと思った。
やはり私は彼女と結ばれる運命なのだと、そう思った。
しかし2回目の人生でも彼女は隣国の第三王子に連れ去られてしまう。
またやり直せると思って首を吊った。
目が覚めると、幼いデビーが私の家を訪れた。
彼女との別れを何度も繰り返すうち、彼女への思いが強くなっていくのを感じる。
はじめは恋だったはずだ。それが愛になって、執着になった。
私が彼女に対して抱いている思いは健全ではない。分かっていても、自分ではどうすることもできなかった。
彼女の呼吸の一つさえ愛おしい。それと同時に、彼女の幸せが許せない。
汚らわしい男という存在が、彼女の美しい肌に触れるのだと思うと呼吸ができなくなるほど苦しかった。
彼女の唇に、不気味な男という生物の唇が触れることを考えると気が狂いそうになった。
彼女は美しくあらねばならない。純潔であらねばならない。
信仰にも似たその思いは、何度でも私を死に導いた。
夜、誰もいなくなった教会で、私は短剣を喉元に突き付ける。
そろそろ来るはずだ。私は知っている。彼女はここに忘れ物を取りに来るのだ。
私が幼い頃にあげたハンカチを、彼女はここに取りに来る。
彼女のそういうところが好きだった。表面上は私のことを嫌っていても、私があげたものを大切に持っていてくれる彼女が好きだった。
短剣を自分に突き立てるのは、何度やっても慣れない。一番苦しい死に方だ。
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