過負荷

硯羽未

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第17話 旧知

17-1

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 自分達の出番までまだ20分ほどある。竜司がぎりぎりと鳴らしているギターの音を聞きながら楽屋で出番を待っていたら、部屋の外でノックが聞こえた。なんだろう、と思って立ち上がり、壱流はドアを開けた。
「あ」
 あ、の形で固まった壱流の唇。予想していなかった来訪者に、しばしその顔をじっと見つめ、壱流は沈黙した。

「……うわあ。そういうリアクション傷つく」
 ドアの外に立っていた旧知の人物、以前いたバンドでベースを弾いていたなつきは、困ったように壱流に微笑んだ。壱流よりもずっと線が細いのに、身長は少しばかり抜かされている。世にも綺麗な顔をした男は、開いたドアから遠慮のかけらもなく中に入ってきた。

「いや、ごめん。びっくりしたから。……一人?」
「ケンちゃん誘ったんだけどさあ、行かなーいって。多分竜ちゃんと会いたくないんだよ。ミニマムに見えっから。ははは」
 ケンちゃんというのはやはり同じバンドにいたドラムスだ。懐と非常に仲の良い男で、壱流はこの二人よりも竜司を選び、バンドを抜けた。
 仲たがいをして分裂したわけではないが、なんとなく気まずくなっても仕方ない。しかし懐は一向に気にした様子も見せず、ギターの手が止まった竜司に目を向けた。

「久しぶり」
「…………」
 沈黙が返ってきた。
 きょとんとしている表情に、壱流ははっとする。記憶を甦らせる為の一環として、以前いたバンドのことも懐のことも話には出ていたが、生憎写真は見せたことがなかった。きっと懐が誰だかわからないで、戸惑っているのだ。
 竜司が記憶喪失だということは、自分と竜司の家族と医者以外、知らない。言いふらすべきではない気がした。記憶がないのをいいことに、あることないこと吹き込まれるのは困るし、説明するのも面倒だ。
 竜司の沈黙に、懐の表情も若干曇った。

「……うわ。こっちのリアクションも傷つくわ。俺、もしかして招かれざる客?」
「や、違う違う。嬉しいけど……ごめん、ちょっと」
 ぐいぐいと懐の腕を引っ張り、壱流は竜司を残し部屋を出る。
「なんだよイッチー」
「深い事情があって。……その、ごめん。なんか色々」
「は? 何に対して謝ってんの?」

 廊下に出た懐は意味不明そうな顔をして自分のポケットを探り、煙草を取り出した。かちんと火を点け深く吸い込み、壱流にも一本差し出す。
「吸う?」
「いらない。やめた」
「煙草ってやめられるものなんだ?」
 不思議そうに言った懐の横顔を見つめ、壱流は設置された自販機にコインを入れて、煙草の代わりにコーヒーのボタンを押した。以前は確かに吸っていたが、喉がいがいがするのでやめた。竜司も吸わないし、やめていらいらするほど依存していたわけでもない。

「懐……今、ボーカルってどうなってんの?」
「ああ? さっきのごめんて、そういう意味」
「うんまあ」
「俺が歌ってる。けど新しいのは常に探してるよ。戻ってきたいってんなら、俺はかまわないけど。……いや、誘ってねえよ? 好きにしてくれていいし。イッチーが竜ちゃん選んで駆け落ちしたって、もっぱらの噂だし」
 コーヒーに口をつけようとしていた時に妙なことを言われ、壱流は固まる。口に入れていなくて良かった。噴くところだった。

(なんだその噂は。誰がしてんだ)

 別にそんなのではない。ただ竜司が放浪の旅に出ると言ったから、一緒に歌いたかった壱流がついていっただけの話だ。駆け落ちなんかでは、断じてない。
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