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第15話 斬首のナイフ
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突然のことに、アサトは言葉を失った。何をしている? このDは今未散の頭を、力任せにもぎ取った? なんの為に?
脳が揺れる気がした。ぐらぐらと眩暈がして、その場にへたり込む。先程Dの匂いを吸い込んだせいもあるのか、体がいつものように機敏に動かない。
「次に第二段階。僕の首を切り落とす。これは自分で出来るかな……それとも、君がやるか」
何を言っている?
このDは頭がおかしいのか?
自分の首を、
──切り落とす。
そう言った。なんの為に? ああこれはさっきも思った。なんだっけ、未散の頭を持っていかれた。なんの為に? わからない。混乱している。正常な思考が維持出来ない。
「君は……ナイフを持っているね。とてもよく切れそうだ。それを使おう。さあ、貸してくれ」
Dの手がアサトの腰に伸びて、鞘に入っていたナイフをすっと抜いた。
「──この辺から切ったら巧く行きそうだな。ほら、僕は動かないでいるから、どうぞ?」
「なん……で……」
「君にやらせたいと思ったんだ。やりにくいなら、そうだな……ここに、横になろうか」
Dは線路の枕木の上に静かに横たわった。黒髪がさらりと流れた。とても静かなはずなのに、アサトの耳の中は音で溢れていた。
これは心臓?
体中を巡る血の流れ?
それとも乱れる呼吸?
耳鳴りがする。うるさい。うるさい。うるさい。Dの声も聞こえなくなるほどの騒音。
「──ほら落ち着いて、アサト」
Dが名前を呼んだがよくわからなかった。
「ああ……名乗ってなかったね。僕はデルフィニウム。君の両親の命をいただいたデルフィニウムだよ。君はまだ小さかったね。まるで昨日のことのように、僕は思い出せるよ」
とても柔らかい笑顔だった。
命をいただく。そのことに対して何の罪悪感も抱いていないかのような、無邪気な物言いだった。
「……聞こえているか? 聞こえてない? 僕を吸いすぎたのかな……まあ、いいや。独り言ということにしよう。もしまた会えたなら、君に壊されたいとずっと思っていたんだ」
聞こえていなかった。とても遠い声だった。
「だってそういうの運命的で、素敵だろう?」
一度身を起こすと、よく聞こえていないアサトの手を引き、デルフィニウムはナイフを握らせた。両手でアサトの手を握ったまま、自分の首にナイフの刃を押し付ける。
嫌な感触が、ナイフ越しに伝わってきた。
……どぷり、と内部から何かが流れ出て、強烈な蜜の匂いがした。
「──ぅ、わあっ!」
アサトが我に返ると、線路から身を起こしたデルフィニウムの膝に切り取られた生首が置かれていた。非現実的な光景に、再び眩暈がする。
「次に……第三段階。もうちょっと頑張ろうか。ドールの頭を僕の首の切断面に載せて。癒着には少し時間がかかるかもしれないから、気長に」
膝の上でデルフィニウムが微笑した。やはり頭と胴体が離れてもDは死に至らないのだと、ぼんやり思った。
促されたアサトは頭だけになった未散をのろのろと拾い上げた。操られるかのように、切られたばかりの生々しい切断面に未散をそっと載せてみる。
唐突にアサトの目から涙がこぼれた。
「なんで……なんなんだこの状況は」
「その子に体をやると言ったろう? 壊れゆく寸前だった」
「こんなんでくっつくって? 未散がまた動き出すと?」
「実験だよ。言ったろう」
デルフィニウムは静かに囁いて、目を瞑った。
「ちょっとこれはさすがに体力を消耗するな。その子の状態が落ち着いたら、君は僕の首を一緒に持ち帰ってほしい。あくまでもこれは実験だから。それくらいいいだろう。ただで体が手に入ったのだからね」
勝手なことを言ったデルフィニウムは、胴体がなくても美しいままだった。
脳が揺れる気がした。ぐらぐらと眩暈がして、その場にへたり込む。先程Dの匂いを吸い込んだせいもあるのか、体がいつものように機敏に動かない。
「次に第二段階。僕の首を切り落とす。これは自分で出来るかな……それとも、君がやるか」
何を言っている?
このDは頭がおかしいのか?
自分の首を、
──切り落とす。
そう言った。なんの為に? ああこれはさっきも思った。なんだっけ、未散の頭を持っていかれた。なんの為に? わからない。混乱している。正常な思考が維持出来ない。
「君は……ナイフを持っているね。とてもよく切れそうだ。それを使おう。さあ、貸してくれ」
Dの手がアサトの腰に伸びて、鞘に入っていたナイフをすっと抜いた。
「──この辺から切ったら巧く行きそうだな。ほら、僕は動かないでいるから、どうぞ?」
「なん……で……」
「君にやらせたいと思ったんだ。やりにくいなら、そうだな……ここに、横になろうか」
Dは線路の枕木の上に静かに横たわった。黒髪がさらりと流れた。とても静かなはずなのに、アサトの耳の中は音で溢れていた。
これは心臓?
体中を巡る血の流れ?
それとも乱れる呼吸?
耳鳴りがする。うるさい。うるさい。うるさい。Dの声も聞こえなくなるほどの騒音。
「──ほら落ち着いて、アサト」
Dが名前を呼んだがよくわからなかった。
「ああ……名乗ってなかったね。僕はデルフィニウム。君の両親の命をいただいたデルフィニウムだよ。君はまだ小さかったね。まるで昨日のことのように、僕は思い出せるよ」
とても柔らかい笑顔だった。
命をいただく。そのことに対して何の罪悪感も抱いていないかのような、無邪気な物言いだった。
「……聞こえているか? 聞こえてない? 僕を吸いすぎたのかな……まあ、いいや。独り言ということにしよう。もしまた会えたなら、君に壊されたいとずっと思っていたんだ」
聞こえていなかった。とても遠い声だった。
「だってそういうの運命的で、素敵だろう?」
一度身を起こすと、よく聞こえていないアサトの手を引き、デルフィニウムはナイフを握らせた。両手でアサトの手を握ったまま、自分の首にナイフの刃を押し付ける。
嫌な感触が、ナイフ越しに伝わってきた。
……どぷり、と内部から何かが流れ出て、強烈な蜜の匂いがした。
「──ぅ、わあっ!」
アサトが我に返ると、線路から身を起こしたデルフィニウムの膝に切り取られた生首が置かれていた。非現実的な光景に、再び眩暈がする。
「次に……第三段階。もうちょっと頑張ろうか。ドールの頭を僕の首の切断面に載せて。癒着には少し時間がかかるかもしれないから、気長に」
膝の上でデルフィニウムが微笑した。やはり頭と胴体が離れてもDは死に至らないのだと、ぼんやり思った。
促されたアサトは頭だけになった未散をのろのろと拾い上げた。操られるかのように、切られたばかりの生々しい切断面に未散をそっと載せてみる。
唐突にアサトの目から涙がこぼれた。
「なんで……なんなんだこの状況は」
「その子に体をやると言ったろう? 壊れゆく寸前だった」
「こんなんでくっつくって? 未散がまた動き出すと?」
「実験だよ。言ったろう」
デルフィニウムは静かに囁いて、目を瞑った。
「ちょっとこれはさすがに体力を消耗するな。その子の状態が落ち着いたら、君は僕の首を一緒に持ち帰ってほしい。あくまでもこれは実験だから。それくらいいいだろう。ただで体が手に入ったのだからね」
勝手なことを言ったデルフィニウムは、胴体がなくても美しいままだった。
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