うつろな果実

硯羽未

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1 古民家カフェの優男

1-2

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「そんな経ったんだ。早いねえ。……前も言ったか忘れたけど、敬語、やめない? 正直もうちょっと距離を詰めたいかな」
「距離?」
「仲良くなりたいってこと」
「そこそこ仲良いと思いますけど? 禅一さんのこと好きですよ」
「ありがとうね。でも精神的なことじゃなくて、話し方」
 禅一は口をへの字に曲げて見せた。ここに来た時から敬語で話しているが、それは相手の希望には沿っていないらしい。
「そういえば禅一さんは、最初からの……のこと珠雨って呼び捨てにしてますよね」
 先日軽く禅一に注意されたことを思い出し、言い直す。
「僕がこの前指摘したのは、お客さんの前では『私』の方がいいよってだけで、普段は『俺』でもなんでもいいよ。一人称くらい好きにしたらいい」
「……はい」
氷彩ひいろさんの名前もだけど、書いた時の印象が美しいから、二人とも好きな名前だな」
「人の名前が美しいとかすんなり出てくる人、周りにいない……ですね」
 照れもせずにそんなことを言う人も、珠雨の周りにはいない。けれど禅一の言葉は柔らかく、自然で優しい。
「そう? 美しいって言わない?」
「あんまり」
「そっか……まあ、それはそれとしてさ。徐々にでいいから、もっと気楽に話せるようになろうよ」
「そうですね、徐々に」
 氷彩は珠雨の母だ。たまにパートナーを変えながらも、大体一人で珠雨を育ててくれた。今は子供が親元を離れた為、また好きに生きているに違いない。気ままな女だ。
 天然木の切り株で出来たテーブルに、コーヒーカップが置かれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ、こんなおっさんの相手してくれて、こちらがありがとう」
「おっさんって、別にそんなには……一体いくつなんですか?」
「三十一だよ。ほら、大学生から見たらおっさんかなあという、いわゆる自虐」
 苦笑いしてカップに口を付けている禅一は、確かに珠雨の年齢から十歳以上離れていたが、別段老けているわけではない。むしろ年齢より若く見える。
「そうだ珠雨。さっき……」
 禅一が何か言い掛けた時、チリンと入り口の方から鈴の音がして、客が二人入ってきた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
 珠雨は世間話を即座に止め、女子高生と思われる二人を接客する。禅一がなんだか物言いたげな顔をしていたが、今は接客が最優先だった。


   §


 二人は違う高校の制服を着ていたが、同級生という雰囲気だった。想像するに、中学まで一緒だったが進学先が違った友人同士、といったところだろうか。
 客層として女子高生はあまり古民家カフェには合わないような気がしたが、そこそこ需要があるようだ。レトロな内装が受けているのか、あるいは単なる通り路なのか。近所にカフェと呼べる店があまりないのも影響しているだろう。
「カフェラテと、ミルクティー。二つともホットで。あ……あと、今日のケーキって、なんですか?」
 セミロングヘアの少女が珠雨にオーダーを入れる。他意はないのだろうが、じっと見つめられると吸い込まれそうになる瞳だ。
 高校の夏服は、梅雨の時期には少し寒そうに見えた。可愛らしい制服で人気がある、近所の高校のものだ。よく見かけるタータンチェックのスカートは、実際にはそんなに短い丈に作られていないだろうに、太ももが露わになるくらい短くたくし上げられている。
「ザッハトルテかレアチーズケーキになります」
「えっと、じゃああたしはザッハトルテ……沙也夏さやかちゃんは?」
「いや私は……。環奈かんなだけ食べればいいよ」
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