うつろな果実

硯羽未

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1 古民家カフェの優男

1-4

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「好きでもないなら、私に意見聞くなって」
「聞きたかったんだもん」
 不毛な会話だ。一見冷たく聞こえる沙也夏の言葉は、しかし決して相手を突き放しているわけではないようだ。しゅんとなった環奈の頭に手が伸ばされ、軽く弾むように撫でられる。
「どうせ自分の中で答えは出てるんだろ? 断りづらいなら、私が言ってあげようか」
「……いい。自分で断る」
「出来んの?」
 環奈が小さく頷いた。
 爽多くんの話はそこで終わり、また違う話題へと移り変わる。
 よく飽きずに喋るものだと、珠雨はある意味感心する。聞き耳を立てているわけではないが、そう広くもない空間、おのずと会話は聞こえてくるから仕方がない。
 このあと何組か来客はあったが、あとから来た方が環奈たちよりも先に帰っていった。しばらくして帰り際に環奈が、珠雨に視線を少しだけ止めたがすぐに通過し、「禅さん、またね」と軽く手を振った。
(禅さん……ね)
 禅一目当てなのだろうかと穿った見方をしたが、お客が来てくれるなら理由は何でも良い。


   §


 二人が帰ったあと、すっかり冷めてしまっているであろう飲みかけのコーヒーを珠雨は思い出した。
 折角禅一が淹れてくれたのだから飲んでしまおうと手に取ったが、カップに触れた途端に手が止まる。コーヒーが適度に温かい。
「あれっ、淹れ直してくれました?」
「冷めてたからね。座ったら? お客さんもいないし」
 静けさを取り戻した店内で、禅一が読みかけの本をまた開く。本屋のカバーがかかっていて表紙は見えないが、禅一の傍の椅子に腰を下ろし、ちらりと中身を見ると日本語で書かれた物ではない。
「え、洋書……面白いんですか?」
「これの翻訳をするから、とりあえず一度読み通してからと思って」
 まったりとした空間で何気なく言われたが、珠雨は少しびっくりする。
「それって……趣味とかじゃなくて、仕事?」
「そうそう。兼業してんの。まあどっちも趣味を兼ねた本業だけど……言ったことなかったっけ」
 うろ覚えな感じで言われても、珠雨には記憶がなかった。
「でもさ、ほら今って人工知能AIに仕事奪われる世の中じゃない? 奴ら膨大なデータ蓄積してるから、翻訳とか、将来的にどうなんだろとか考えることあって」
 しみじみと可能性を考えている姿に、あって当たり前の便利なツールとしか受け取っていなかった珠雨は、そういう危惧があるのかと初めて気づく。知りたいことは検索すればすぐに出てくるし、読めない英文も一瞬で翻訳してくれる。今に人工知能だけで小説なんかも書き始めるのではないだろうか。
「だから、僕にしか出来ないような表現をしようと思って、やってるんだよ。物語を逸脱しない程度に」
「えー、どんなジャンルを翻訳してるんですか」
「主に恋愛物かなあ……色恋っていいよね。読む分には」
 コーヒーカップに口をつけながらぼんやりと呟くと、禅一は本を閉じ、少しだけ眼鏡を外して目頭を軽く揉んだ。
「僕は現実の色恋沙汰はどうも不得手でね。神経を摩耗するから。色々大変だよ、相手があるというのは」
「ふぅん……禅一さんモテそうだけど。何か嫌な思い出でもあります?」
 あまりぴんと来ないのは、珠雨自身に恋愛経験が乏しいからだ。大した意味もない質問だったが、禅一は数秒黙り込んだ。
「珠雨よりは長く生きてるから、それなりにね。……だけど最近、誰とも肌を合わせていないから、他人の体温を忘れそうになる。たまに寂しい」
 その声音が本当に寂しそうに感じられて、なんだかどきりとした。
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