うつろな果実

硯羽未

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1 古民家カフェの優男

1-5

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 禅一の物言いには色気を感じる。直接的な単語を避けるのは珠雨への配慮なのか、何の意味もないのか。もしこれが禅一でない男だったなら、もっと違う表現になるだろう。
 珠雨はカップの中の琥珀色に映り込んだ自分を眺めていたが、ふと気になった。
「禅一さんは、結婚とか考えたことないんですか?」
「僕はバツイチです。……ていうか、覚えてない?」
「え」
「だいぶ前になるけど、僕と珠雨は一緒に暮らしていたことがあるんだよ。氷彩さんと結婚してたからね。まあ、あまり長い結婚生活とは言えないけど」
 思いがけない言葉に、珠雨は目をぱちぱちさせた。
 初めて聞いた。
 氷彩は禅一について、どういう関係か仔細には説明しなかったし、ただ大学の傍に住んでいる知人なのだと簡単に考えていた。それなのに、結婚していたなんて言われたら動揺する。
 しかし記憶を引っくり返してみても一向に思い出せない。禅一はしばらくして「忘れてるなら、そのままで」と苦笑した。
 居候するのが決まった時にでも聞いていたら、また違ったかもしれない。しばし言葉を失っていたが、よくよく考えてみたら氷彩なら仕方ないとも思えた。たまに言葉が足りなくて、行き違いになる。
「今でも……母のこと好きだったりしますか……?」
「さあ、もうとっくに別れたからね。考えないようにしてるけど。やめようか、この話」
 不躾なことを聞いてしまったのかもしれない。自分から振った話題なのに、なんとも気まずくなった。禅一の気を逸らす為に、話題をすり替える。
「そういやお客さんが来る直前、禅一さん何か言い掛けてましたよね?」
「……あー。珠雨、明日は他にバイトとか別件の用事とかあったりする?」
「明日は、まあ別に。授業があるだけで。時間があればやりたいこともあったけど、……なんですか?」
 明日はヒトエでのバイトは入れていない日だ。なんだろうか。
「氷彩さんが、様子を見に来るそうだよ。だからなるべく直帰して欲しいと、伝言を頼まれた」
 どうしてもう少し余裕を持って行動しないのだろうか。
 そうも思ったが、予告をしてきただけましなのかも知れない。そして話を逸らそうと思ったのに、再び氷彩のことを蒸し返す形になり、微妙な沈黙が流れた。
 静けさは好きだが、気まずい沈黙に耐え切れなくなった珠雨は、色々考えた末に先程までいた子たちの話題を持ち出した。
「さ……さっきの女の子の片方、禅一さんのこと禅さんて呼んでましたね。もしかして仲良いんですか?」
「あぁ、環奈さんの方ね。この前、珠雨がいない時に、少し」
 気になる言い方をして、禅一は軽く笑った。
 今度こそ話を逸らすのに成功したが、まさか体温恋しさに女子高生に手を出していやしないだろうかと、よからぬ考えが珠雨の頭を掠める。
「僕は未成年に手を出したりしません。いかがわしいこと考えたろ」
「えっいや、だって禅一さん変なふうに言うから!」
 禅一は尚も笑いながら、ポケットからごそごそと小さなケースを探ると、電子タバコを取り出した。
 タールゼロの水蒸気が上がり、なんだか不思議な匂いがコーヒーと混じり合った。禅一が立ち上がって窓を少し開けると、弱い雨音が少し大きくなる。
「勝手な想像でものを言うなら、環奈さんはね、嫌なことを違うことで上書きしに、ここに来たんだよ。……まあ、違うかもしれないけど、なんとなく」
 いきなりそんなことを言われても、珠雨にはよくわからなかった。
 しかし上書きの意味がわからないまま、禅一との会話はまた途切れた。仕事帰りと思われる女性三人がやってきて、しばらく会話に花を咲かせていたからだ。ここは女性客の比率が多い。
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