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2 クリームソーダ・オプション
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梅雨入りする少し前のこと。
大会の都合などで適宜調整はするものの、毎日休まず部活に打ち込むのは果たしてどうなのか、という考えのもと、週に二日は休みを入れるというのが環奈の通う学校の方針だった。今日は部活のない日だ。
学校の帰り道を二人で歩き、古民家カフェ・ヒトエの入り口をくぐると店主が本を読んでいた。もう一人の男性店員が、ちょうどどこかに出掛けるところのようだ。この男性の名前を聞いたことがあった気がしたが、環奈はよく覚えていなかった。
「じゃあ禅一さん、俺が買い物行ってる間、よろし……あ、いらっしゃいませ」
男性が店主を振り返り、対応をどうするか指示を仰ぐような視線を送った。
「──僕がするから、買い物行ってきちゃって」
「はい、じゃあお願いします。……お客さま、どうぞごゆっくり」
にこりと笑んだ男性は、そのままどこかへ買い出しに出掛けていった。これまで見た限り、店主の他には男性と女性の店員がそれぞれ一人ずつ、別の日に入っているようだった。
ヒトエの店主は穏やかな笑顔で立ち上がり、窓際の席へ案内してくれる。何度も来たことのあるこのカフェでは、空いていればいつもその席だった。
「爽多くん。何、頼む?」
環奈はテーブルに置かれた手作りのメニュー表を相手に差し出す。
爽多は背丈だけ見れば大人のようだったが、その顔にはまだ幼さが混在していた。なんだか落ち着かないようなそわそわした態度で、アンティークの椅子に腰掛けている。
「じゃあ……コーラ」
「コーラだけ? スイーツとかもあるよ」
爽多は首を横に振った。
「環奈ちゃんが食いたいなら、俺に構わず頼んで」
歯切れの悪い爽多の態度に、環奈はつまらなそうにメニューを伏せる。それがオーダーの合図と悟ったらしい店主が声を掛けてくれた。
「お決まりですか?」
「コーラと、ほうじ茶ラテ、ホットでお願いします」
「かしこまりました」
ここの店主の雰囲気が、環奈は好きだった。先ほどもそうだが、以前にも店員が「禅一さん」と呼んでいるのを聞いたことがあり、心の中で勝手に「禅さん」と呼んでいた。古民家に溶け込んだ、落ち着いた印象の男だ。
爽多はここに馴染まない。どことなく浮いている。
「それで、なんか話があるって」
ここに到着するまでは、どうでもいいような話しかしなかった。部活のこと、テストのこと、友達のこと……本題は別にあるはずだったが、爽多はなかなか切り出さない。歩いていたら近所まで来てしまったので、ヒトエに入った。
爽多はバスケ部の二年生で、環奈とはクラスメートではなく部活も違ったが、選択授業でよく隣の席になる。その選択授業の最中、話があるという内容のメモを渡された。ぶっきらぼうで、正直あまり綺麗な書き文字ではない。
「俺、今度試合出られることになったんだ」
「わぁ、すごいじゃない。練習頑張ってるんだね!」
大袈裟に聞こえるほど明るい声を出すと、爽多は得意げな顔になる。
しかしわざわざ呼びつけてまで話すことでもない。授業が終わったあとの休み時間に、世間話する暇くらいあるだろう。それが本題なのだろうか、と表情に出たかもしれなかった。
「俺、レギュラーになれたら、絶対言うって心に決めていたことがあったんだ」
少し爽多の声が大きくなる。なんだか大袈裟な前振りだ。
「環奈ちゃんのこと、ずっといいなーって思ってて。ほら、去年の文化祭、演劇部で舞台上がっただろ? あの時からめっちゃ可愛いなって、……つまり、好きってことなんだけど」
「えっ」
わざわざ呼び出すに値する内容ではあった。
大会の都合などで適宜調整はするものの、毎日休まず部活に打ち込むのは果たしてどうなのか、という考えのもと、週に二日は休みを入れるというのが環奈の通う学校の方針だった。今日は部活のない日だ。
学校の帰り道を二人で歩き、古民家カフェ・ヒトエの入り口をくぐると店主が本を読んでいた。もう一人の男性店員が、ちょうどどこかに出掛けるところのようだ。この男性の名前を聞いたことがあった気がしたが、環奈はよく覚えていなかった。
「じゃあ禅一さん、俺が買い物行ってる間、よろし……あ、いらっしゃいませ」
男性が店主を振り返り、対応をどうするか指示を仰ぐような視線を送った。
「──僕がするから、買い物行ってきちゃって」
「はい、じゃあお願いします。……お客さま、どうぞごゆっくり」
にこりと笑んだ男性は、そのままどこかへ買い出しに出掛けていった。これまで見た限り、店主の他には男性と女性の店員がそれぞれ一人ずつ、別の日に入っているようだった。
ヒトエの店主は穏やかな笑顔で立ち上がり、窓際の席へ案内してくれる。何度も来たことのあるこのカフェでは、空いていればいつもその席だった。
「爽多くん。何、頼む?」
環奈はテーブルに置かれた手作りのメニュー表を相手に差し出す。
爽多は背丈だけ見れば大人のようだったが、その顔にはまだ幼さが混在していた。なんだか落ち着かないようなそわそわした態度で、アンティークの椅子に腰掛けている。
「じゃあ……コーラ」
「コーラだけ? スイーツとかもあるよ」
爽多は首を横に振った。
「環奈ちゃんが食いたいなら、俺に構わず頼んで」
歯切れの悪い爽多の態度に、環奈はつまらなそうにメニューを伏せる。それがオーダーの合図と悟ったらしい店主が声を掛けてくれた。
「お決まりですか?」
「コーラと、ほうじ茶ラテ、ホットでお願いします」
「かしこまりました」
ここの店主の雰囲気が、環奈は好きだった。先ほどもそうだが、以前にも店員が「禅一さん」と呼んでいるのを聞いたことがあり、心の中で勝手に「禅さん」と呼んでいた。古民家に溶け込んだ、落ち着いた印象の男だ。
爽多はここに馴染まない。どことなく浮いている。
「それで、なんか話があるって」
ここに到着するまでは、どうでもいいような話しかしなかった。部活のこと、テストのこと、友達のこと……本題は別にあるはずだったが、爽多はなかなか切り出さない。歩いていたら近所まで来てしまったので、ヒトエに入った。
爽多はバスケ部の二年生で、環奈とはクラスメートではなく部活も違ったが、選択授業でよく隣の席になる。その選択授業の最中、話があるという内容のメモを渡された。ぶっきらぼうで、正直あまり綺麗な書き文字ではない。
「俺、今度試合出られることになったんだ」
「わぁ、すごいじゃない。練習頑張ってるんだね!」
大袈裟に聞こえるほど明るい声を出すと、爽多は得意げな顔になる。
しかしわざわざ呼びつけてまで話すことでもない。授業が終わったあとの休み時間に、世間話する暇くらいあるだろう。それが本題なのだろうか、と表情に出たかもしれなかった。
「俺、レギュラーになれたら、絶対言うって心に決めていたことがあったんだ」
少し爽多の声が大きくなる。なんだか大袈裟な前振りだ。
「環奈ちゃんのこと、ずっといいなーって思ってて。ほら、去年の文化祭、演劇部で舞台上がっただろ? あの時からめっちゃ可愛いなって、……つまり、好きってことなんだけど」
「えっ」
わざわざ呼び出すに値する内容ではあった。
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