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09劇の脚本
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「できましたわ!」
公爵領に着いてから数日。自室にこもりきりだったエミリアは、文字がびっしりと書かれた紙を高々と掲げて声を上げた。
「お疲れ様です、お嬢様」
「あ、ちょっとイリス、なにするんですの!」
いつの間にやら後ろに立っていたイリスはエミリアが掲げていた原稿をサッとその手から奪うと、最初から目を通し始めた。
「な、なんだか自分が考えたお話を人に読まれるというのは気恥ずかしいものがありますわね……」
「このくらいで恥ずかしがっていては困りますよ。なにせ、この原稿をもとに城下の人々向けに劇を開かなくてはいけないのですから」
イリスは原稿を読み終えると、別の紙を取り出して何やら書き始めた。
「お嬢様、少々お時間をいただけますか?」
「ええ、構わないわ」
イリスが何をするつもりなのかわからないエミリアだったが、睡眠時間を削って原稿を書いていたため、睡魔に襲われ、ベッドで倒れ込んで眠ってしまった。
エミリアの体感としては次の瞬間、目を開けると夕日の差し込む部屋の中でイリスがまだ何やら紙にしたためていた。ベッドから立ち上がろうとして、エミリアは自分は寝間着に着替えさせられていることに気がついた。
「ありがとう、イリス。着替えさせてくれましたのね」
「おはようございます、お嬢様。ちょうどよかった、今終わったところです」
(そういえば結局、イリスは何をしていたのかしら?)
エミリアが寝る前の疑問を思い出していると、それを尋ねる前にイリスは紙の束を渡してきた。
「これは…………なるほど、わかりましたわ」
そこには、エミリアの脚本の中でイリスがわからなかった点が、事細かに記されていた。つまり、イリスは出版社の編集のようなことをしてくれていたわけだ。
「私はこれでも、お嬢様のおっしゃる医学と言うものを、多少なりともわかっているつもりです。その私がわからない点というのは、おそらく他の人々にとってはもっとわからないでしょう。ですから、失礼ながら、いくつか指摘させていただきました」
「失礼なんかじゃないわ、イリス! 大助かりよ!」
イリスはエミリアなんかよりよっぽど庶民のことをわかっている。そのエミリアが庶民目線で脚本の添削をしてくれるのは、とても心強かった。
「さっそく修正ですわ! ――って、イリス!?」
寝間着のまま机に向かって原稿の修正に取り掛かろうとしたエミリアの肩を、イリスが掴んで姿見の前に連れていき、そのまま手際よく寝間着を脱がしてしまう。
(はあ……相変わらず、外国のモデルさんみたいねえ……じゃなくて!)
鏡に写ったエミリアの裸身に、感心してしまいそうになるのを抑えて、エミリアはイリスを振り返る。
「なんで脱がしているんですの?」
「もうお夕食のお時間だからです」
「夕食って……別にこの屋敷にはお父様やお母様はいらっしゃらないのですから、昨日と同じくこの部屋で一人でいただくのでいいですわ」
「そういうわけにはまいりません」
「どうしてですの?」
「本日は、お客様がいらっしゃっているからです」
「お客様? 聞いてませんわよ、そんなこと」
「言っておりませんでしたので」
「どういうことですの?」
イリスはその質問に答えることはなく、黙ってエミリアの髪を整え、化粧を施し、ドレスを着付けていった。
(これじゃ社交界に行くみたいじゃない……そんなにすごいお客人なのかしら?)
最後にエミリアの頭に髪飾りをつける時、イリスはエミリアの耳元で
「婚約破棄されたからって、もう二度と婚約しちゃいけないわけじゃないし、恋をしちゃいけないわけじゃないわ。だから、頑張りなさい、エミリア」
と囁いた。
「イリス姉様……?」
その時は、その言葉の意味がわからないエミリアだったが、夕食が用意されている広間を訪れた瞬間に、それは明らかになった。
「ジュード様! どうして我が家に?」
夕食が並んだテーブルに座っていた客人というのは、王都にいるはずのジュードだったのだ。
「こんばんは、エミリア様。本当に私が来ること伏せていてくれたようですね」
「驚きましたわ。王都にいるはずのジュード様がいるんですもの。一体どうしましたの? それに、なんで来るのを隠すようなことを……」
「ああ、それはイリスさんからエミリア様が劇の脚本を書くのに忙しい、と聞いていたからです。きっとあなたは、私が来ると聞けば、しっかりもてなそうとしてくれたでしょう。それであなたの時間を奪ってしまうのは申し訳ありませんでしたから」
「気を遣ってくださったようですが、それでも知らせておいてほしかったですわ」
非難の目を向けるエミリアに、ジュードは苦笑する。
「ははっ、申し訳ありません。それで、劇の脚本はできたのですか?」
ジュードはエミリアを席までエスコートしてくれる。案内されるままエミリアは席に付き、ジュードはその向かい側に座った。
「ええ、今日の昼前に完成しましたわ。つい先ほど、イリスに見てもらってわからないところを書き出してもらいましたわ」
「なるほど……その脚本、よければ私にも見せていただけませんか?」
「ええっ!? ジュード様がですか? それはなんだか恥ずかしいですわ……」
「これから公爵領の人々に見せる劇の脚本なのでしょう? 恥ずかしいなどと言っているわけにはいかないのではないですか?」
「…………イリスと同じような事を言いますわね。はあ……わかりましたわ。イリスに写させますわね」
「いえ、原稿を貸していただければ、私が魔法で転写しますよ。その手の魔法は得意ですから」
「そういえばジュード様は、よく図書館にいらっしゃいますものね。では後で部屋にお持ちいたしますわ」
「ありがとうございます」
それからは、エミリアがこれから公爵領で何をするつもりなのかということや、最近の王都の様子などの話で2人の夕食は終わった。
「エミリア様、起きていますか?」
「ううん……どなたかしら……お父様……?」
「はははっ、エミリア様は朝は苦手ですか?」
「お嬢様、旦那様ではなくジュード様です」
爽やかなジュードの声と、呆れた様子のイリスの声を聞き、エミリアの頭は一気に覚醒した。
「……っ!? 少々お待ちいただけますかしら!? イリス!」
イリスが部屋に入りエミリアの身支度を手伝い、数十分後、なんとか身だしなみを整えたエミリアが姿を表した。
「…………お待たせいたしましたわ」
耳まで真っ赤になったエミリアに、ジュードは優しく微笑みかける。
「おはようございます、エミリア様。こちらこそ、早朝に申し訳ありません。これを早くお渡ししたくて」
「これは……」
ジュードがエミリアに渡したのはエミリアの脚本に対する指摘がびっしり書かれた紙の束だった。
「僭越ながら、私も読んでいてわからなかった点をまとめてみました」
「は、はははっ……助かりますわ」
(助かる。めちゃくちゃ助かる。それは間違いないんだけど……イリスのと合わせてどれくらい指摘があるんだろう……ああ、多いなあ……)
エミリアはこれから始まる修正作業のことを考え、少し憂鬱になりながら苦笑するのだった。
公爵領に着いてから数日。自室にこもりきりだったエミリアは、文字がびっしりと書かれた紙を高々と掲げて声を上げた。
「お疲れ様です、お嬢様」
「あ、ちょっとイリス、なにするんですの!」
いつの間にやら後ろに立っていたイリスはエミリアが掲げていた原稿をサッとその手から奪うと、最初から目を通し始めた。
「な、なんだか自分が考えたお話を人に読まれるというのは気恥ずかしいものがありますわね……」
「このくらいで恥ずかしがっていては困りますよ。なにせ、この原稿をもとに城下の人々向けに劇を開かなくてはいけないのですから」
イリスは原稿を読み終えると、別の紙を取り出して何やら書き始めた。
「お嬢様、少々お時間をいただけますか?」
「ええ、構わないわ」
イリスが何をするつもりなのかわからないエミリアだったが、睡眠時間を削って原稿を書いていたため、睡魔に襲われ、ベッドで倒れ込んで眠ってしまった。
エミリアの体感としては次の瞬間、目を開けると夕日の差し込む部屋の中でイリスがまだ何やら紙にしたためていた。ベッドから立ち上がろうとして、エミリアは自分は寝間着に着替えさせられていることに気がついた。
「ありがとう、イリス。着替えさせてくれましたのね」
「おはようございます、お嬢様。ちょうどよかった、今終わったところです」
(そういえば結局、イリスは何をしていたのかしら?)
エミリアが寝る前の疑問を思い出していると、それを尋ねる前にイリスは紙の束を渡してきた。
「これは…………なるほど、わかりましたわ」
そこには、エミリアの脚本の中でイリスがわからなかった点が、事細かに記されていた。つまり、イリスは出版社の編集のようなことをしてくれていたわけだ。
「私はこれでも、お嬢様のおっしゃる医学と言うものを、多少なりともわかっているつもりです。その私がわからない点というのは、おそらく他の人々にとってはもっとわからないでしょう。ですから、失礼ながら、いくつか指摘させていただきました」
「失礼なんかじゃないわ、イリス! 大助かりよ!」
イリスはエミリアなんかよりよっぽど庶民のことをわかっている。そのエミリアが庶民目線で脚本の添削をしてくれるのは、とても心強かった。
「さっそく修正ですわ! ――って、イリス!?」
寝間着のまま机に向かって原稿の修正に取り掛かろうとしたエミリアの肩を、イリスが掴んで姿見の前に連れていき、そのまま手際よく寝間着を脱がしてしまう。
(はあ……相変わらず、外国のモデルさんみたいねえ……じゃなくて!)
鏡に写ったエミリアの裸身に、感心してしまいそうになるのを抑えて、エミリアはイリスを振り返る。
「なんで脱がしているんですの?」
「もうお夕食のお時間だからです」
「夕食って……別にこの屋敷にはお父様やお母様はいらっしゃらないのですから、昨日と同じくこの部屋で一人でいただくのでいいですわ」
「そういうわけにはまいりません」
「どうしてですの?」
「本日は、お客様がいらっしゃっているからです」
「お客様? 聞いてませんわよ、そんなこと」
「言っておりませんでしたので」
「どういうことですの?」
イリスはその質問に答えることはなく、黙ってエミリアの髪を整え、化粧を施し、ドレスを着付けていった。
(これじゃ社交界に行くみたいじゃない……そんなにすごいお客人なのかしら?)
最後にエミリアの頭に髪飾りをつける時、イリスはエミリアの耳元で
「婚約破棄されたからって、もう二度と婚約しちゃいけないわけじゃないし、恋をしちゃいけないわけじゃないわ。だから、頑張りなさい、エミリア」
と囁いた。
「イリス姉様……?」
その時は、その言葉の意味がわからないエミリアだったが、夕食が用意されている広間を訪れた瞬間に、それは明らかになった。
「ジュード様! どうして我が家に?」
夕食が並んだテーブルに座っていた客人というのは、王都にいるはずのジュードだったのだ。
「こんばんは、エミリア様。本当に私が来ること伏せていてくれたようですね」
「驚きましたわ。王都にいるはずのジュード様がいるんですもの。一体どうしましたの? それに、なんで来るのを隠すようなことを……」
「ああ、それはイリスさんからエミリア様が劇の脚本を書くのに忙しい、と聞いていたからです。きっとあなたは、私が来ると聞けば、しっかりもてなそうとしてくれたでしょう。それであなたの時間を奪ってしまうのは申し訳ありませんでしたから」
「気を遣ってくださったようですが、それでも知らせておいてほしかったですわ」
非難の目を向けるエミリアに、ジュードは苦笑する。
「ははっ、申し訳ありません。それで、劇の脚本はできたのですか?」
ジュードはエミリアを席までエスコートしてくれる。案内されるままエミリアは席に付き、ジュードはその向かい側に座った。
「ええ、今日の昼前に完成しましたわ。つい先ほど、イリスに見てもらってわからないところを書き出してもらいましたわ」
「なるほど……その脚本、よければ私にも見せていただけませんか?」
「ええっ!? ジュード様がですか? それはなんだか恥ずかしいですわ……」
「これから公爵領の人々に見せる劇の脚本なのでしょう? 恥ずかしいなどと言っているわけにはいかないのではないですか?」
「…………イリスと同じような事を言いますわね。はあ……わかりましたわ。イリスに写させますわね」
「いえ、原稿を貸していただければ、私が魔法で転写しますよ。その手の魔法は得意ですから」
「そういえばジュード様は、よく図書館にいらっしゃいますものね。では後で部屋にお持ちいたしますわ」
「ありがとうございます」
それからは、エミリアがこれから公爵領で何をするつもりなのかということや、最近の王都の様子などの話で2人の夕食は終わった。
「エミリア様、起きていますか?」
「ううん……どなたかしら……お父様……?」
「はははっ、エミリア様は朝は苦手ですか?」
「お嬢様、旦那様ではなくジュード様です」
爽やかなジュードの声と、呆れた様子のイリスの声を聞き、エミリアの頭は一気に覚醒した。
「……っ!? 少々お待ちいただけますかしら!? イリス!」
イリスが部屋に入りエミリアの身支度を手伝い、数十分後、なんとか身だしなみを整えたエミリアが姿を表した。
「…………お待たせいたしましたわ」
耳まで真っ赤になったエミリアに、ジュードは優しく微笑みかける。
「おはようございます、エミリア様。こちらこそ、早朝に申し訳ありません。これを早くお渡ししたくて」
「これは……」
ジュードがエミリアに渡したのはエミリアの脚本に対する指摘がびっしり書かれた紙の束だった。
「僭越ながら、私も読んでいてわからなかった点をまとめてみました」
「は、はははっ……助かりますわ」
(助かる。めちゃくちゃ助かる。それは間違いないんだけど……イリスのと合わせてどれくらい指摘があるんだろう……ああ、多いなあ……)
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