10 / 45
10医学教育の始まり
しおりを挟む
エミリアは視察にやってきた城下町で、子供の傷口を洗い流している母親の姿を見かけた。
「少しずつですが、効果が出てきているようですわね」
「ええ。お嬢様の考えた脚本は大人気ですから」
(すごくありきたりなストーリーだったから、褒められるとどう反応していいやら困るなあ)
実はエミリアの脚本は、エミリアが日本で触れてきた小説や漫画を真似して作ったものだ。おそらく日本で公開しようものなら、やれ〇〇のパクリだの、劣化版〇〇だのと批判されていたことだろう。それでも大人気になったということは、この世界の娯楽のレベルが低いのか、日本の娯楽のレベルが高いのかどちらかだろう。どちらものような気もするが。
「でも、最終的に「悪魔が作った呪い」ってことになってるのが引っかかりますわ」
「まだ言ってるんですか……私はお嬢様のことを信じていますが、それでも目には見えない生き物が身体に入ってきて悪さをして、それが病の原因、という話は未だに信じられないのですが……」
「う~~、確かに信じがたい話でしょうけれど、本当のことなのですわ」
「じゃあ証拠はあるんですか?」
「それは…………ありませんわ……」
元の世界でも、感染症の原因がウイルスや細菌だと言うことが知られるようになったのは、比較的最近だ。加えて大した顕微鏡も無いようなこの世界で、細菌やウイルスの証拠を示すのはほぼ不可能だ。仮に顕微鏡を用意できたとしても、それで見える謎の粒が病気の原因だとわかってもらうことは至難の業だろう。
「でしょう? であれば、悪魔の呪い、ということにしておいたほうがわかってくれます。わからない物語はつまらないですよ?」
「それは……そうですわね」
ちなみにエミリアは最初に書いていた脚本で、イリスとジュードの両方から変えるように言われた部分が、細菌やウイルスに関する部分だ。それほど分かりにくかったということだろう。
(でも、今のままじゃだめよね……いや、だめじゃないのかしら?)
仮に今のまま、細菌やウイルスを悪魔の呪いだということだとして、何か不都合があるか、エミリアは改めて考える。
感染症予防の観点からだけ言えば、悪魔の呪いが病にかかった人の身体の中で増殖し、それが咳やくしゃみなどで外部に漏れ、それを吸い込んだり、それらがついたところを触った手で口や目の粘膜に触れることで悪魔の呪いが伝染る、ということでも問題ない。この説明だけで、手洗いうがいとマスク着用の意味を説明できる。
(転生してから約1ヶ月。正直、この調子だとコ○ナの発生までに感染対策を広められるかは微妙だ。でもだからって、意味がないから細菌とウイルスの説明は適当でもいい……のか)
エミリアが今考える限り問題はなくとも、本質的に間違った説明は、いつか致命的な破綻につながる気がする。
(いや、やっぱり多少時間がかかっても正しい知識を伝えよう。正直時間はないけど、私しか正しい知識を持ってないのは怖すぎる)
エミリアが死んだら、誰も感染症の本当に原因を知らなくて、悪魔祓いに頼んで感染症を治そうし始める、なんてことになったら大変だ。そんな状態でコ○ナなど来ようものなら、人類は大打撃を受けるだろう。
「イリス、証拠は見せてあげられませんけれど、本当に感染症の原因は細菌やウイルスという目には見えないほど小さな生き物なのですわ」
「はじめからお嬢様のことは信じております。ですが、信じがたい、ということです」
「それなのですわ……どうすればよいかしら……」
「そもそも、お嬢様はどうやって感染症の原因がその小さな生物だと知ったのですか?」
「改めて言われると難しいですわね……」
どう知ったと言われても、子供の頃からそういうものだと言われてきたからそういうものだと思っていたのだ。科学的にそれが正しいと言われ、それを信じていただけで……。
「そうですわ! イリス、この公爵領で一番偉いのは誰かしら?」
「何をおっしゃっているのですか? 旦那様も奥様も王都なのですからお嬢様が今は領主代行でしょう? 一番偉いのはお嬢様ですよ?」
「ああっ、そういうことではないのですわ。なんと言ったら良いでしょうか………………そうっ! この公爵領で最も知識があり、人々がその知恵を頼るような、そういう人物は誰かしら」
「そういう意味でしたか。そうですね……それでしたらアウレリアノ様でしょうか」
「アウレリアノ……どういう人ですの?」
「この公爵領一の知者です。旦那様が蔵書の管理を任せている一族の者で、領内の商人や役人からの相談を受けたりもしていたかと」
「イリス、アウレリアノ様が正しいと言ったら、あなたは信じるかしら?」
「場合によると思いますが……おそらくあの方なら筋の通った説明をされるでしょうから、信じるのではないかと」
「そうよね! そうと決まればさっそくそのアウレリアノという方に会いに行きますわよ!」
(私にも説明できないようなことは、すでにある権威を借りて納得してもらえばいい。もっと早く気がつくべきだったわ)
科学的に正しい、というのも言ってしまえば「科学」という権威が正しいと言ったものを信じているだけだ。それをこの世界でも応用してやるだけのこと。特定の人物に頼るというのは、科学のように世界中のほとんどで使える便利な権威ではないが、公爵領で実際に感染症が減ったという事実ができれば、そこから後はどうとでもなる。
「急にどうしたのですか、お嬢様」
「始めるんですわ、本当の医学教育を!」
エミリアは屋敷に戻るなり、イリスを連れてアウレリアノのところに向かった。
「少しずつですが、効果が出てきているようですわね」
「ええ。お嬢様の考えた脚本は大人気ですから」
(すごくありきたりなストーリーだったから、褒められるとどう反応していいやら困るなあ)
実はエミリアの脚本は、エミリアが日本で触れてきた小説や漫画を真似して作ったものだ。おそらく日本で公開しようものなら、やれ〇〇のパクリだの、劣化版〇〇だのと批判されていたことだろう。それでも大人気になったということは、この世界の娯楽のレベルが低いのか、日本の娯楽のレベルが高いのかどちらかだろう。どちらものような気もするが。
「でも、最終的に「悪魔が作った呪い」ってことになってるのが引っかかりますわ」
「まだ言ってるんですか……私はお嬢様のことを信じていますが、それでも目には見えない生き物が身体に入ってきて悪さをして、それが病の原因、という話は未だに信じられないのですが……」
「う~~、確かに信じがたい話でしょうけれど、本当のことなのですわ」
「じゃあ証拠はあるんですか?」
「それは…………ありませんわ……」
元の世界でも、感染症の原因がウイルスや細菌だと言うことが知られるようになったのは、比較的最近だ。加えて大した顕微鏡も無いようなこの世界で、細菌やウイルスの証拠を示すのはほぼ不可能だ。仮に顕微鏡を用意できたとしても、それで見える謎の粒が病気の原因だとわかってもらうことは至難の業だろう。
「でしょう? であれば、悪魔の呪い、ということにしておいたほうがわかってくれます。わからない物語はつまらないですよ?」
「それは……そうですわね」
ちなみにエミリアは最初に書いていた脚本で、イリスとジュードの両方から変えるように言われた部分が、細菌やウイルスに関する部分だ。それほど分かりにくかったということだろう。
(でも、今のままじゃだめよね……いや、だめじゃないのかしら?)
仮に今のまま、細菌やウイルスを悪魔の呪いだということだとして、何か不都合があるか、エミリアは改めて考える。
感染症予防の観点からだけ言えば、悪魔の呪いが病にかかった人の身体の中で増殖し、それが咳やくしゃみなどで外部に漏れ、それを吸い込んだり、それらがついたところを触った手で口や目の粘膜に触れることで悪魔の呪いが伝染る、ということでも問題ない。この説明だけで、手洗いうがいとマスク着用の意味を説明できる。
(転生してから約1ヶ月。正直、この調子だとコ○ナの発生までに感染対策を広められるかは微妙だ。でもだからって、意味がないから細菌とウイルスの説明は適当でもいい……のか)
エミリアが今考える限り問題はなくとも、本質的に間違った説明は、いつか致命的な破綻につながる気がする。
(いや、やっぱり多少時間がかかっても正しい知識を伝えよう。正直時間はないけど、私しか正しい知識を持ってないのは怖すぎる)
エミリアが死んだら、誰も感染症の本当に原因を知らなくて、悪魔祓いに頼んで感染症を治そうし始める、なんてことになったら大変だ。そんな状態でコ○ナなど来ようものなら、人類は大打撃を受けるだろう。
「イリス、証拠は見せてあげられませんけれど、本当に感染症の原因は細菌やウイルスという目には見えないほど小さな生き物なのですわ」
「はじめからお嬢様のことは信じております。ですが、信じがたい、ということです」
「それなのですわ……どうすればよいかしら……」
「そもそも、お嬢様はどうやって感染症の原因がその小さな生物だと知ったのですか?」
「改めて言われると難しいですわね……」
どう知ったと言われても、子供の頃からそういうものだと言われてきたからそういうものだと思っていたのだ。科学的にそれが正しいと言われ、それを信じていただけで……。
「そうですわ! イリス、この公爵領で一番偉いのは誰かしら?」
「何をおっしゃっているのですか? 旦那様も奥様も王都なのですからお嬢様が今は領主代行でしょう? 一番偉いのはお嬢様ですよ?」
「ああっ、そういうことではないのですわ。なんと言ったら良いでしょうか………………そうっ! この公爵領で最も知識があり、人々がその知恵を頼るような、そういう人物は誰かしら」
「そういう意味でしたか。そうですね……それでしたらアウレリアノ様でしょうか」
「アウレリアノ……どういう人ですの?」
「この公爵領一の知者です。旦那様が蔵書の管理を任せている一族の者で、領内の商人や役人からの相談を受けたりもしていたかと」
「イリス、アウレリアノ様が正しいと言ったら、あなたは信じるかしら?」
「場合によると思いますが……おそらくあの方なら筋の通った説明をされるでしょうから、信じるのではないかと」
「そうよね! そうと決まればさっそくそのアウレリアノという方に会いに行きますわよ!」
(私にも説明できないようなことは、すでにある権威を借りて納得してもらえばいい。もっと早く気がつくべきだったわ)
科学的に正しい、というのも言ってしまえば「科学」という権威が正しいと言ったものを信じているだけだ。それをこの世界でも応用してやるだけのこと。特定の人物に頼るというのは、科学のように世界中のほとんどで使える便利な権威ではないが、公爵領で実際に感染症が減ったという事実ができれば、そこから後はどうとでもなる。
「急にどうしたのですか、お嬢様」
「始めるんですわ、本当の医学教育を!」
エミリアは屋敷に戻るなり、イリスを連れてアウレリアノのところに向かった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
相続した畑で拾ったエルフがいつの間にか嫁になっていた件 ~魔法で快適!田舎で農業スローライフ~
ちくでん
ファンタジー
山科啓介28歳。祖父の畑を相続した彼は、脱サラして農業者になるためにとある田舎町にやってきた。
休耕地を畑に戻そうとして草刈りをしていたところで発見したのは、倒れた美少女エルフ。
啓介はそのエルフを家に連れ帰ったのだった。
異世界からこちらの世界に迷い込んだエルフの魔法使いと初心者農業者の主人公は、畑をおこして田舎に馴染んでいく。
これは生活を共にする二人が、やがて好き合うことになり、付き合ったり結婚したり作物を育てたり、日々を生活していくお話です。
悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる
竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。
評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。
身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
無能令嬢、『雑役係』として辺境送りされたけど、世界樹の加護を受けて規格外に成長する
タマ マコト
ファンタジー
名門エルフォルト家の長女クレアは、生まれつきの“虚弱体質”と誤解され、家族から無能扱いされ続けてきた。
社交界デビュー目前、突然「役立たず」と決めつけられ、王都で雑役係として働く名目で辺境へ追放される。
孤独と諦めを抱えたまま向かった辺境の村フィルナで、クレアは自分の体調がなぜか安定し、壊れた道具や荒れた土地が彼女の手に触れるだけで少しずつ息を吹き返す“奇妙な変化”に気づく。
そしてある夜、瘴気に満ちた森の奥から呼び寄せられるように、一人で足を踏み入れた彼女は、朽ちた“世界樹の分枝”と出会い、自分が世界樹の血を引く“末裔”であることを知る——。
追放されたはずの少女が、世界を動かす存在へ覚醒する始まりの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる