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11アウレリアノ
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「はじめまして、アウレリアノ様」
「エミリア様、この老骨にそのような礼儀は不要ですぞ」
口ではそんなこと言っているが、アウレリアノはこれと言って恐縮した様子もない。領主代行であるエミリアを前にしてこの余裕。公爵、つまりはエミリアの父からの相談を受けることもあるというには本当らしい。
「そんなことありませんわ。知識あるものには敬意を表するべきでしょう?」
「…………どうやら、最近人が変わったというのは本当のようですな」
心の底を覗き込むような鋭い視線に、エミリアは顔をしかめそうになるが我慢した。
「それで、本日は領主代行様自らどういった御用向きで?」
「少し協力してほしいことがあるのですわ」
「何でしょうか」
「アウレリアノ様は、医学というものをご存知かしら」
「いえ……およそ全ての学問は基礎程度は押さえていると自負しておりましたが……イガク、というのは聞いたこともございませんな」
「やはりそうですのね。実は私、医学という新しい学問を広めたいのですわ」
「新しい学問を広める……それは一体何のためでしょう?」
「人々を救うためですわ。アウレリアノ様、こちらの劇はご存知かしら?」
「『呪いの大地』……最近街で話題の劇ですな。なんでも、傷口から土に含まれる悪魔の呪いが入り込み、人を病にする、という内容だとか」
「流石、耳が早いですわ。この劇を作ったのは私なのですわ」
「エミリア様が、ですか? イガクとは、脚本術か何かなのですかな?」
「違いますわ。私が伝えたかったのは、悪魔の呪いの方ですわ」
「では、イガクは呪術だと?」
「それも違いますわ。でも、今のままではそう思われても仕方ありませんわね」
「…………エミリア様は何がおっしゃりたいのですかな?」
「これは失礼しましたわ。単刀直入にお伝えすれば、私の医学を理解して、アウレリアノ様にこれは正しいと領民に伝えていただきたいのです」
「…………なるほど、あなたのイガクとやらを伝えるために、私の評判を貸せ、と。そういうことですか」
「そのとおりですわ。協力していただけるかしら?」
「それは内容次第と言わざるを得ませんな。私は貴族でもなんでもございません。そんな私が貴族の方々や商人の方々から信頼していただけているのは、自分が正しい確信できたもののみを正しいとお伝えしてきたからこそ。いくら領主代行たるエミリア様の依頼といえど、私が正しいと確信できなければ、正しいと申し上げることはできかねますな」
「いいですわ。私の医学は正しいと、アウレリアノ様に確信させて差し上げますわ」
大見得を切ったエミリアだったが、実際この後の説明は難航する。なにせ、目に見える証拠を提示するのが極めて難しいのだ。アウレリアノが持っていた過去の感染症の流行記録や同時期の気温や湿度などがうかがい知れる書物などを使い、なんとかアウレリアノに医学は正しいと確信してもらえたのは、説明を始めて1ヶ月が経った頃だった。
***
エミリアは公爵領領都の中央広場に集まった人々を見下ろしながら思わずつぶやいた。
「アウレリアノ様のお墨付きは絶大ですわね……」
「一部では大賢者、などと呼ばれる程のお方ですから」
「それにしても少し町中に張り紙をしておいただけですわよ? まさかこの広場が埋まるなんて思いませんわ」
公爵は王に次ぐ地位にあるだけあり、公爵領は広大だ。そのため、領都もまた広大である。そんな広大な領都で一番大きな広場ともなれば、野球くらいはできてしまいそうなほど広い。
(それが埋まるんだもん……半端ないなあ、アウレリアノさん)
まさかあのおじいさんにここまでの権威があったとは、などとエミリアがなかなか失礼なことを考えていると、その隣に当の本人がやってきた。
「エミリア様、準備はよろしいですかな?」
「ええ、いつでも大丈夫ですわ」
今から開催されるのは、この世界で初めての医学の講義だ。領主代行のエミリアが王都の学院で独自に研究していた内容を、知者と名高いアウレリアノが正しいと認め、人々に初めて公開する、という触れ込みだ。
(まあ講義って言っても、日本だと小学生でも知ってるような内容なんだけどね)
いきなり細菌というのは真核生物で、ウイルスというのは生物と物質の中間的な存在で――云々。などと言ったところで、誰も理解できないだろう。これでも日本では高校生が生物の授業の序盤で習うような内容だが、生物は細胞の集まり、ということすら知らない人々には、十分に高度すぎるのだ。
(まあでも、逆にこっちの世界の人達は意識や魂の正体とか、それを操るにはどうすればいいかとか、医学では解明できていないことが分かってるみたいだし、どっちが優れてるってわけでもないんだろうけど)
本音を言うと、エミリアも魔法を学びたい。そして意識や魂の正体を理解したい。せっかく異世界に来たのだから、当然の願望だ。
(だからこっちをさっさと終わらせよう。待ってなさいコ◯ナ。あんたが来た頃には、感染症対策バッチリにしといてやるんだから)
エミリアは決意を新たにすると、人々の前に用意された演台へと歩き始めたのだった。
「エミリア様、この老骨にそのような礼儀は不要ですぞ」
口ではそんなこと言っているが、アウレリアノはこれと言って恐縮した様子もない。領主代行であるエミリアを前にしてこの余裕。公爵、つまりはエミリアの父からの相談を受けることもあるというには本当らしい。
「そんなことありませんわ。知識あるものには敬意を表するべきでしょう?」
「…………どうやら、最近人が変わったというのは本当のようですな」
心の底を覗き込むような鋭い視線に、エミリアは顔をしかめそうになるが我慢した。
「それで、本日は領主代行様自らどういった御用向きで?」
「少し協力してほしいことがあるのですわ」
「何でしょうか」
「アウレリアノ様は、医学というものをご存知かしら」
「いえ……およそ全ての学問は基礎程度は押さえていると自負しておりましたが……イガク、というのは聞いたこともございませんな」
「やはりそうですのね。実は私、医学という新しい学問を広めたいのですわ」
「新しい学問を広める……それは一体何のためでしょう?」
「人々を救うためですわ。アウレリアノ様、こちらの劇はご存知かしら?」
「『呪いの大地』……最近街で話題の劇ですな。なんでも、傷口から土に含まれる悪魔の呪いが入り込み、人を病にする、という内容だとか」
「流石、耳が早いですわ。この劇を作ったのは私なのですわ」
「エミリア様が、ですか? イガクとは、脚本術か何かなのですかな?」
「違いますわ。私が伝えたかったのは、悪魔の呪いの方ですわ」
「では、イガクは呪術だと?」
「それも違いますわ。でも、今のままではそう思われても仕方ありませんわね」
「…………エミリア様は何がおっしゃりたいのですかな?」
「これは失礼しましたわ。単刀直入にお伝えすれば、私の医学を理解して、アウレリアノ様にこれは正しいと領民に伝えていただきたいのです」
「…………なるほど、あなたのイガクとやらを伝えるために、私の評判を貸せ、と。そういうことですか」
「そのとおりですわ。協力していただけるかしら?」
「それは内容次第と言わざるを得ませんな。私は貴族でもなんでもございません。そんな私が貴族の方々や商人の方々から信頼していただけているのは、自分が正しい確信できたもののみを正しいとお伝えしてきたからこそ。いくら領主代行たるエミリア様の依頼といえど、私が正しいと確信できなければ、正しいと申し上げることはできかねますな」
「いいですわ。私の医学は正しいと、アウレリアノ様に確信させて差し上げますわ」
大見得を切ったエミリアだったが、実際この後の説明は難航する。なにせ、目に見える証拠を提示するのが極めて難しいのだ。アウレリアノが持っていた過去の感染症の流行記録や同時期の気温や湿度などがうかがい知れる書物などを使い、なんとかアウレリアノに医学は正しいと確信してもらえたのは、説明を始めて1ヶ月が経った頃だった。
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エミリアは公爵領領都の中央広場に集まった人々を見下ろしながら思わずつぶやいた。
「アウレリアノ様のお墨付きは絶大ですわね……」
「一部では大賢者、などと呼ばれる程のお方ですから」
「それにしても少し町中に張り紙をしておいただけですわよ? まさかこの広場が埋まるなんて思いませんわ」
公爵は王に次ぐ地位にあるだけあり、公爵領は広大だ。そのため、領都もまた広大である。そんな広大な領都で一番大きな広場ともなれば、野球くらいはできてしまいそうなほど広い。
(それが埋まるんだもん……半端ないなあ、アウレリアノさん)
まさかあのおじいさんにここまでの権威があったとは、などとエミリアがなかなか失礼なことを考えていると、その隣に当の本人がやってきた。
「エミリア様、準備はよろしいですかな?」
「ええ、いつでも大丈夫ですわ」
今から開催されるのは、この世界で初めての医学の講義だ。領主代行のエミリアが王都の学院で独自に研究していた内容を、知者と名高いアウレリアノが正しいと認め、人々に初めて公開する、という触れ込みだ。
(まあ講義って言っても、日本だと小学生でも知ってるような内容なんだけどね)
いきなり細菌というのは真核生物で、ウイルスというのは生物と物質の中間的な存在で――云々。などと言ったところで、誰も理解できないだろう。これでも日本では高校生が生物の授業の序盤で習うような内容だが、生物は細胞の集まり、ということすら知らない人々には、十分に高度すぎるのだ。
(まあでも、逆にこっちの世界の人達は意識や魂の正体とか、それを操るにはどうすればいいかとか、医学では解明できていないことが分かってるみたいだし、どっちが優れてるってわけでもないんだろうけど)
本音を言うと、エミリアも魔法を学びたい。そして意識や魂の正体を理解したい。せっかく異世界に来たのだから、当然の願望だ。
(だからこっちをさっさと終わらせよう。待ってなさいコ◯ナ。あんたが来た頃には、感染症対策バッチリにしといてやるんだから)
エミリアは決意を新たにすると、人々の前に用意された演台へと歩き始めたのだった。
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