過労死した研修医、悪役令嬢になる〜1年後に”例の感染症”が流行る世界で一から医学を始めます!〜

上村 俊貴

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12異世界最初の医師

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 エミリアは鳴り響いた鐘の音に合わせて教本を閉じた。

「今日はここまでですわ。お疲れ様ですわ」

 エミリアが公爵家の屋敷の一室を改造して作った教室から立ち去ろうとすると、先程まで授業を聞いて必死にメモを取っていた生徒たちがエミリアの進路を塞いだ。

「先生、ここの原理なんですが――」

「先生、私はこの感染症の原理が今ひとつ――」

「先生私は――」

「ああもうっ! 一度に話さないでくださいまし! お並びなさい!」

 エミリアに一喝された生徒たちは素直に列を作る。この世界では列を作って待つという習慣はなかったのだが、エミリアがこの医学講座を始めてからの2週間で生徒たちに叩き込んだのだ。

 ようやっと質問攻めから開放されて部屋の外に出てきたエミリアを見て、イリスは嬉しそうに笑った。

「ふふっ、楽しそうですね、お嬢様」

「どこをどう見たらそう見えますの……? もうヘロヘロですわ……」

「そう言いながら、毎日最後の1人までちゃんと質問を聞いてあげているじゃないですか。楽しくないと、そこまでできないのではないですか?」

「それは……確かに、そうかもしれませんわね」

 今エミリアの医学講座を受けているのは、アウレリアノが推薦した公爵領でも指折りの優秀な者たちだ。いずれも神童の呼び声高い、16歳~22歳までの若者たちである。

 なので、当然の見込みは早い。エミリアは、幼い頃から塾に通い、圧倒的勉強量で国内最高の医学部に合格した。いわば究極の努力型であり、いわゆる天才ではない。しかし、今教えている者たちは間違いなく天才だ。

(大学にはたくさんいたなあ、私の半分以下の勉強量で私以上の点数を取る化け物とか……)

 しかし、この世界ではエミリアが医学の始祖なのだ。同じ授業を受ければ勝てない天才たちでも、10年以上長く、それも死ぬ気で勉強してきたエミリアなら、絶対に知識で勝ることができる。子供じみた感情なのはわかっているが、凡人である自分が、天才たちを教える立場にいることが、エミリアはなかなか楽しかった。

「ええ、言われなくてもわかるわよ、だってエミリア、生き生きしてるもの」

 イリスは姉の顔でエミリアの頭をぽんぽんと撫でると踵を返す。

「お嬢様、地下室でメイド達が待っております」

「ええ、今行くわ」

 エミリアは週1回のペニシリンの点検のため地下室に向かった。

***
 
「アルバロ村から医師を派遣するように連絡があった?」

「ええ。なんでも、領都に来ていたアルバロ村の者がお嬢様のお弟子さんの1人に病気を治してもらったらしく、自分の村ではやっている奇病も診て欲しいと」

「なるほど……」

 エミリアが医学講座を始めて1ヶ月。よく見かける病気を重点的に学んだ一期生たちは、エミリアの講義を受けていない時間は、町でこの世界初めての医師として活動している。

 その内の1人に診てもらった者からの依頼というわけだ。

「どうしますか? 誰か派遣するのでしたら、すぐに呼び出しますが」

「いえ、私が行きますわ。たぶん、彼らではまだ謎の病には対処できませんわ」

「では私も……」

「イリスはここに残ってくださいまし。アウレリアノ!」

 呼びかけに応じて部屋にやってきたアウレリアノは、エミリアが何を言うまでもなくエミリアの望んだ答えを口にした。

「エミリア様、留守中の講義はお任せ下さい」

 アウレリアノには、エミリアの知識をまとめ、講義で使う教本を執筆してもらっている。今やこの世界でエミリアに次いで医学知識があるアウレリアノなら、しばらく講義するくらいなら不足はないだろう。

「話が早くて助かるわ」

「そういうことだから、イリスはアウレリアノの補助をお願いしたいのですわ」

「かしこまりました」

「それと、明日朝一番で出発するから、馬車と旅の用意もお願い。護衛も欲しいですわ」

「かしこまりました」

 翌朝、エミリアの指示を完璧に実行したイリスが用意した馬車に、護衛と一緒に乗り込んだエミリアは、アルバロ村に向けて出発した。

 丸4日馬車で移動したところで、エミリアたちはアルバロ村に到着する。そこは水田が広がるのどかな農村だった。イリスが気を遣って装飾が少なめな馬車を選んでくれていたが、それでも公爵家の馬車はこの農村では嫌でも目立つ。

 すぐに村人が集まってきてしまい、エミリアは護衛を連れて馬車を降りた。

「私は領主代理のエミリアですわ。村長はいるかしら?」

 エミリアの言葉に、集まっていた村人たちは騒然となる。片田舎の村に、いつも領都にいるはずの領主代行が突然やってきたのだから当然だ。

 程なくして、年老いた男性がエミリアの前に歩み出た。そのままエミリアの前で膝をつく。

「領主代行様、私はダリル。この村の長をしております」

「私は現公爵の娘、エミリアですわ。今は領主代行よ。顔を上げなさい、ダリル。あなたに教えてもらいたいことがあるのですわ」

「何でしょうか?」

「この村では昔から奇病が流行っているそうね?」

「ええ。しかしどこでそれを?」

 エミリアは領都でエミリアがやっていることと、この村の病気のことを知った経緯を説明した。

「イガク、というのはよくわかりませんが、もうご存知なのであれば隠しても仕方ありません。おっしゃるとおり、この村には古くより奇病と言うべき病が存在しております」

「詳しく教えてくれるかしら」

 村長の話によると、その奇病は水田で作物を育てる農家の者がよく掛かるらしい。そして、罹ったが最後、腹が異常に膨れ、そのまま死に至る、とのことだ。

(水田に入る者が発症する病……腹部の異常な膨張……何らかの原因で血流に異常をきたしているのかしら?)

 そのまま思考の海に沈んでいきそうになるエミリアを、ダリルの声が引き戻した。

「それで、領主代行様は我が村の奇病のことなど聞いてどうしようと言うのです?」

「決まっていますわ。治療するのですわ。そして、二度とのその病に掛かることのないように、正しい予防法を教えて差し上げますわ!」

 自信満々に信じられないことを宣言したエミリアに、村人たちは困惑していた。しかし当のエミリアは、病の原因を考えるのに夢中で、そのことには気がつきもしていないのだった。
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