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29クレイスの目的
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「お嬢様! 大変ですっ!」
「どうしたのイリス? あなたがそこまで慌てるなんて珍しいわね」
「そんなのんきなことを言っている場合ではありません! 早く来て下さい! 門に王国軍がやってきています!」
「王国軍?」
(なんで王国軍がこの公爵家に? 確かに軍の実質的な司令官は公爵だけど、公爵に用があるなら王都の公爵邸に行くべきだろうし……ここに来る理由はないはずだけれど……)
エミリアはイリスに急かされて門へと向かった。そこにはイリスの言う通り、王家の紋を掲げた王国軍の姿があった。
「領主代理のエミリアですわ。今日はどういったご要件でいらっしゃったのかしら?」
エミリアの登場に、王国兵たちは敬礼で応じる。どうやらエミリアを犯罪者として捕えに来たわけではないようだ。まあ、そんな心当たりはないので当たり前といえば当たり前だが。
「我々は、クレイス第一王子殿下の命をうけ、各地で酒の製造の認可作業にあたっております」
おそらく一番階級が高いであろう兵が、1枚の書状を差し出す。
「「本日付で、王国全土に酒税法を施行する。これに伴い、酒の製造には王の許しが必要となる。酒の製造を行っている者は、本法の責任者であるクレイス第一王子の命を受けた兵士がやってきた場合には、製造現場を確認させ、製造過程を説明すること。正しい製造過程であれば王の許可を与える。正しくない製造過程であれば酒の製造を禁ずる。なお、酒とは、公爵家のエミリアが提唱した化学式でC2H6Oのエタノールを含む液体を指すこととする」?」
「エミリア様はここでエタノールを製造していますね?」
「ええ。ですが、それはお酒ではありませんわ」
「それは存じ上げております。しかし、この酒税法には、飲用のエタノールとそれ以外のエタノールの区別はございません。ですので、エミリア様にも認可を受けていただく必要があります」
「それは絶対必要なのかしら? これでも私、公爵令嬢ですわよ?」
(権力を振りかざすのは嫌だけど、こんな面倒なことに付き合って暇ないし、仕方ないわよね)
公爵は王に次ぐ地位にある。その令嬢に無礼を働いたとあっては、ただの兵士である彼らなど、簡単に処刑されてしまうだろう。
たじろいだ兵士たちに、エミリアはこれで終わったかと、踵を返そうとする。しかし……
「お待ち下さいエミリア様。確かにエミリア様は公爵令嬢であられます。我ら一兵卒とは位が違う。ですが、今は我らも第一王子殿下からの命を受けております。引くわけにはなりません」
(なるほど……どうやら是が非でも調べたいらしいわね……)
兵士たちの様子から、クレイスからよほど強く命令されているのであろうことが伺える。
「わかりましたわ。あなた達の検査とやらを受け入れますわ。ついていらっしゃい」
エミリアはアルコールを製造している建物に兵士たちを案内する。
「ご協力、感謝いたします」
「手短にお願いしますわ。今アルコールの生産ペースを落とすわけにはいきませんの」
「かしこまりました」
兵士たちはキビキビと動き、様々な機器の動きや、生産途中の液体の成分などを確認していく。程なくして、コップ1杯の製造されたアルコールを持った兵士がエミリアの前にやってきた。
「後はこれを私が飲み、なんともなければ王の許可をお与えします」
目の前で、高純度のエタノールのあおろうとした兵士を、エミリアは慌てて手首をつかんで止める。
「死にますわよ!?」
「死ぬのですか? では、このアルコールは間違った製造方法で作られた、ということになってしまいますが」
「なっ!?」
(そうきたか! クレイス様め…………まさかこんな方法で嫌がらせしてくるなんて……)
未だに嫌われていることは、叙勲式での一件でわかっている。まさか直接妨害してくるとは思わなかったが……。
「ご安心下さいエミリア様、私はこの中で一番酒には強いのです。たかだかコップ1杯で、どうこうなるはずがありません」
慌てるエミリアと対照的に、兵士は落ち着いていた。おそらくだが、この兵士は今自分が手にしているエタノールを、ただの強い酒、程度にしか思っていない。
(あえて医学知識のない兵士を送り込んで、私に止めさせるのが目的か……)
エミリアが死ぬからやめろと言えば、兵士はこのアルコールは危険なアルコールだとして、製造を禁止させる。もしエミリアが止めなければ、兵士は急性アルコール中毒でほぼ間違いなく死ぬ。エミリアが作っているエタノールの濃度は96%、コップ1杯250ml、あの兵士の体重を65kgとすると、あれ1杯で血中アルコール濃度は0.44%。約半数が死亡するラインを超えている。医師として止めない訳にはいかない。
「死にますわ。嘘ではありません」
「ですがそれではエミリア様に王の許可を与えることが……」
「いりませんわ。アルコールの製造は即刻やめますわ。これでいいでしょう?」
「よろしいのですか?」
「目の前で死のうとしている者を止めずに、何が医師ですか。アルコールの製造が禁止されるのはもちろん良くはありませんわ。でも、それとこれとは別ですわ」
きっぱりと言いきったエミリアに、兵士たちは顔を見合わせる。
「エミリア様がそうおっしゃるなら」
兵士たちは荷物の中から、先ほどの書状とは異なる書状を取り出した。
「エミリア様。あなた様の酒の製造過程は王の許可を与えられるものではありませんでした。よって、今後一切の酒の製造を禁止します」
エミリアは兵士が指をさしたところにサインをする。すると、その書状は2枚に増え、一方がエミリアの手に、もう一方が兵士の手へと収まった。
「エミリア様。ご協力いただきありがとうございました」
「あなた達もご苦労さま」
エミリアは兵士たちを門まで案内する。兵士たちが次々と乗ってきた馬にまたがる中、先ほどエタノールを飲もうとした兵士がエミリアの元へとやってきた。
「エミリア様…………この度はありがとうございました」
「あら、なんのことかしら?」
「クレイス殿下の言う通りにあの酒を飲んでいたら、私は死んでいたのでしょう?」
「そうね」
「だからです。あなたは私の命の恩人だ。そんなあなたに、我々は……」
「気にしないでいいですわ。王子殿下の命だったのでしょう? それに、私が嘘をついていたかもしれませんわよ?」
「それは…………そう…………いえ、あなたはそんなことをする方ではないと、私はそう感じました。この御恩は忘れません。またいつか、お会いすることがあれば」
兵士は敬礼をして馬に乗り込む。すぐに一団は出発し、道の向こうに消えていった。
「さて、これからどうすればいいのかしら?」
エミリアの言葉は、夕焼けの赤に溶けていった。
「どうしたのイリス? あなたがそこまで慌てるなんて珍しいわね」
「そんなのんきなことを言っている場合ではありません! 早く来て下さい! 門に王国軍がやってきています!」
「王国軍?」
(なんで王国軍がこの公爵家に? 確かに軍の実質的な司令官は公爵だけど、公爵に用があるなら王都の公爵邸に行くべきだろうし……ここに来る理由はないはずだけれど……)
エミリアはイリスに急かされて門へと向かった。そこにはイリスの言う通り、王家の紋を掲げた王国軍の姿があった。
「領主代理のエミリアですわ。今日はどういったご要件でいらっしゃったのかしら?」
エミリアの登場に、王国兵たちは敬礼で応じる。どうやらエミリアを犯罪者として捕えに来たわけではないようだ。まあ、そんな心当たりはないので当たり前といえば当たり前だが。
「我々は、クレイス第一王子殿下の命をうけ、各地で酒の製造の認可作業にあたっております」
おそらく一番階級が高いであろう兵が、1枚の書状を差し出す。
「「本日付で、王国全土に酒税法を施行する。これに伴い、酒の製造には王の許しが必要となる。酒の製造を行っている者は、本法の責任者であるクレイス第一王子の命を受けた兵士がやってきた場合には、製造現場を確認させ、製造過程を説明すること。正しい製造過程であれば王の許可を与える。正しくない製造過程であれば酒の製造を禁ずる。なお、酒とは、公爵家のエミリアが提唱した化学式でC2H6Oのエタノールを含む液体を指すこととする」?」
「エミリア様はここでエタノールを製造していますね?」
「ええ。ですが、それはお酒ではありませんわ」
「それは存じ上げております。しかし、この酒税法には、飲用のエタノールとそれ以外のエタノールの区別はございません。ですので、エミリア様にも認可を受けていただく必要があります」
「それは絶対必要なのかしら? これでも私、公爵令嬢ですわよ?」
(権力を振りかざすのは嫌だけど、こんな面倒なことに付き合って暇ないし、仕方ないわよね)
公爵は王に次ぐ地位にある。その令嬢に無礼を働いたとあっては、ただの兵士である彼らなど、簡単に処刑されてしまうだろう。
たじろいだ兵士たちに、エミリアはこれで終わったかと、踵を返そうとする。しかし……
「お待ち下さいエミリア様。確かにエミリア様は公爵令嬢であられます。我ら一兵卒とは位が違う。ですが、今は我らも第一王子殿下からの命を受けております。引くわけにはなりません」
(なるほど……どうやら是が非でも調べたいらしいわね……)
兵士たちの様子から、クレイスからよほど強く命令されているのであろうことが伺える。
「わかりましたわ。あなた達の検査とやらを受け入れますわ。ついていらっしゃい」
エミリアはアルコールを製造している建物に兵士たちを案内する。
「ご協力、感謝いたします」
「手短にお願いしますわ。今アルコールの生産ペースを落とすわけにはいきませんの」
「かしこまりました」
兵士たちはキビキビと動き、様々な機器の動きや、生産途中の液体の成分などを確認していく。程なくして、コップ1杯の製造されたアルコールを持った兵士がエミリアの前にやってきた。
「後はこれを私が飲み、なんともなければ王の許可をお与えします」
目の前で、高純度のエタノールのあおろうとした兵士を、エミリアは慌てて手首をつかんで止める。
「死にますわよ!?」
「死ぬのですか? では、このアルコールは間違った製造方法で作られた、ということになってしまいますが」
「なっ!?」
(そうきたか! クレイス様め…………まさかこんな方法で嫌がらせしてくるなんて……)
未だに嫌われていることは、叙勲式での一件でわかっている。まさか直接妨害してくるとは思わなかったが……。
「ご安心下さいエミリア様、私はこの中で一番酒には強いのです。たかだかコップ1杯で、どうこうなるはずがありません」
慌てるエミリアと対照的に、兵士は落ち着いていた。おそらくだが、この兵士は今自分が手にしているエタノールを、ただの強い酒、程度にしか思っていない。
(あえて医学知識のない兵士を送り込んで、私に止めさせるのが目的か……)
エミリアが死ぬからやめろと言えば、兵士はこのアルコールは危険なアルコールだとして、製造を禁止させる。もしエミリアが止めなければ、兵士は急性アルコール中毒でほぼ間違いなく死ぬ。エミリアが作っているエタノールの濃度は96%、コップ1杯250ml、あの兵士の体重を65kgとすると、あれ1杯で血中アルコール濃度は0.44%。約半数が死亡するラインを超えている。医師として止めない訳にはいかない。
「死にますわ。嘘ではありません」
「ですがそれではエミリア様に王の許可を与えることが……」
「いりませんわ。アルコールの製造は即刻やめますわ。これでいいでしょう?」
「よろしいのですか?」
「目の前で死のうとしている者を止めずに、何が医師ですか。アルコールの製造が禁止されるのはもちろん良くはありませんわ。でも、それとこれとは別ですわ」
きっぱりと言いきったエミリアに、兵士たちは顔を見合わせる。
「エミリア様がそうおっしゃるなら」
兵士たちは荷物の中から、先ほどの書状とは異なる書状を取り出した。
「エミリア様。あなた様の酒の製造過程は王の許可を与えられるものではありませんでした。よって、今後一切の酒の製造を禁止します」
エミリアは兵士が指をさしたところにサインをする。すると、その書状は2枚に増え、一方がエミリアの手に、もう一方が兵士の手へと収まった。
「エミリア様。ご協力いただきありがとうございました」
「あなた達もご苦労さま」
エミリアは兵士たちを門まで案内する。兵士たちが次々と乗ってきた馬にまたがる中、先ほどエタノールを飲もうとした兵士がエミリアの元へとやってきた。
「エミリア様…………この度はありがとうございました」
「あら、なんのことかしら?」
「クレイス殿下の言う通りにあの酒を飲んでいたら、私は死んでいたのでしょう?」
「そうね」
「だからです。あなたは私の命の恩人だ。そんなあなたに、我々は……」
「気にしないでいいですわ。王子殿下の命だったのでしょう? それに、私が嘘をついていたかもしれませんわよ?」
「それは…………そう…………いえ、あなたはそんなことをする方ではないと、私はそう感じました。この御恩は忘れません。またいつか、お会いすることがあれば」
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