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32使用人エミリ
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「エミリアさんっ!」
エミリアの乗った馬車が王都に到着し、王城の門へと続く道に差し掛かったところで、エミリアは馬車の外から自分を呼ぶ声を聞いた。公爵令嬢である自分をさん付けで呼ぶ者はそう多くはない。しかし、窓から外を見ても、それらしい人影は見えなかった。
「止めてちょうだい」
エミリアは御者に馬車を止めさせると、ドアを開いて外に出る。あたりを見渡すと、エミリアの馬車が進んでいた道に続く道を見つけた。
エミリアが覗き込むと、そこには1台の馬車が停まっていた。男爵家の紋が入ったその馬車の窓から顔を出していたのは――
「セリーナさん? どうしてここに?」
「お待ちしておりました。エミリアさんなら必ずいらっしゃると思いましたので……」
待っていたというセリーナだが、エミリアがいつ王城に来るかなどわからなかったかはずだ。何日もこんなところで待っていたのだろうか? いくら馬車の中にいたとはいえ、いつ来るかもわからないエミリアを待っていたとは驚きである。
「どうしてそんなことを……いえ、その前に、セリーナさん、私は来ると分かっていたということは、イリスのことを知っていますのね?」
セリーナは小さく頷く。どういう事情かは分からないが、セリーナの目には涙が浮かんでいた。
「わかりましたわ。まずはセリーナさんのお部屋に案内してくださるかしら?」
「もちろんです。ですが……このまま王城に入るのは危険です。こちらへ」
セリーナに促されるままセリーナの馬車に入ったエミリアは、数分後、セリーナの側仕えのメイドそっくりの姿になって馬車から出てきた。
「すごいですわね……でも、ここまでする必要があったのかしら?」
「どうしたのエミリ! 変な話し方して」
「!?」
まだからこちらに来てから昔に名前を呼ばれるとは思っておらず、エミリアは思わず固まってしまう。それを怒っているのだと勘違いしたセリーナが、耳元で囁いた。
「ごめんなさい、エミリアさん。でも、今は我慢して私の使用人になりきって下さい。名前はエミリです」
「わかましたわ。でも、別に怒っているわけではありませんから安心なさい。んんっ……申し訳ありません、お嬢様」
エミリアの完璧な使用人っぷりに、セリーナは目を丸くする。
「心配掛けないでちょうだいね? それでは、王城に戻りましょう。出しなさい」
セリーナの声で馬車は道から出て王城へと走り出す。エミリアが乗ってきた馬車は、セリーナの使用人が先ほどまでセリーナの馬車が入っていた場所に隠しておいてくれる手筈となっている。
「それにしてもお嬢様、どうしてあのようなところでエミリア様をお待ちになっていたのですか?」
あくまで使用人として話すエミリアに、セリーナも話し方を合わせる。
「そう言えば、あなたには話していなかったわね。今のクレイス様は少し様子がおかしいの。エミリアさんのところのイリスを拘束した時、あの方は私を人質に使ったのよ」
セリーナはシャツのボタンを上から2つほど外し、首元を露出させる。そこには、ロープで縛られた跡が残っていた。
(首にロープの後……穏やかじゃないわね)
「お嬢様を人質に!? ではその傷は……」
「ええ、その時ついたものよ。と言っても、実際に人質になっている間のことは覚えていないの。魔法で眠らされていたみたいでね」
「では、どうして自分が人質になっていたとわかったのですか?」
「状況的にそれしか考えられなかったからよ。私が何故か丸1日眠ってしまった日と、イリスが捕まった日は同じだったわ。起きたら首元にはこの跡があった日が、イリスの捕まった翌日。クレイス様の配下にイリスを捕らえられるほどの手練れはいないわ。私が何かしらの手段で人質になっていたと考えるのが妥当よ」
(確かに、筋は通ってるわね。でも、私との婚約を破棄してまで愛したセリーナを人質になんてするかしら? 私の命令を受けたイリスが、絶対にセリーナを見殺しにしない確信があったとか? 私がセリーナを散々いじめているのを見ていたクレイス様が? 考えにくい気がするけど……)
「エミリアさんが絡むと、クレイス様の様子がおかしくなることはこれまでもあったけど、今回は流石に異常よ。だから、エミリアさんがそのまま王城に入れば、なにをされるかわからないわ」
「だからお嬢様が先に接触してエミリア様の事情を説明するおつもりだったのですね」
「その通りよ。今日もハズレだったけどね」
もちろん嘘である。なぜならセリーナが今話している使用人こそエミリアなのだから。
「ひとまず帰ったらお茶にしましょう。付き合ってくれるかしら?」
「よろしいのですか?」
「ええ。いつものことじゃない。変な子ね。ふふっ」
「申し訳ございません。ふふっ」
門兵を騙し、王城内の憲兵を騙し、何事もなくセリーナの部屋に入った瞬間、セリーナは勢いよく頭を下げた。
「申し訳ありません、エミリアさん! 私、エミリさんにあんな失礼な……」
「だから怒ってませんわ。必要なことだったのでしょう。なら構いませんわ」
「ありがとうございます……」
「それよりセリーナさん、あなた、どうやって自分が眠らされたか、原因は突き止められているのかしら?」
「え? 私が人質にされていた時ですか?」
「そうよ」
「いえ……細かいことは……。おそらく魔法で眠らされていたのだろう、ということしか……」
「わかりましたわ。お嬢様、今から図書館に行きましょう」
「どうしたのですか、突然」
「お嬢様?」
「あっ……どうしたの、急に?」
「私は魔法に明るくありませんから、図書館の方に教えていただきたいことがあるのです。お付き合いいただけますか?」
「わかりました、付き合いましょう」
セリーナと使用人に変装したエミリアは、早足で王城に隣接する王立図書館へと向かった。
エミリアの乗った馬車が王都に到着し、王城の門へと続く道に差し掛かったところで、エミリアは馬車の外から自分を呼ぶ声を聞いた。公爵令嬢である自分をさん付けで呼ぶ者はそう多くはない。しかし、窓から外を見ても、それらしい人影は見えなかった。
「止めてちょうだい」
エミリアは御者に馬車を止めさせると、ドアを開いて外に出る。あたりを見渡すと、エミリアの馬車が進んでいた道に続く道を見つけた。
エミリアが覗き込むと、そこには1台の馬車が停まっていた。男爵家の紋が入ったその馬車の窓から顔を出していたのは――
「セリーナさん? どうしてここに?」
「お待ちしておりました。エミリアさんなら必ずいらっしゃると思いましたので……」
待っていたというセリーナだが、エミリアがいつ王城に来るかなどわからなかったかはずだ。何日もこんなところで待っていたのだろうか? いくら馬車の中にいたとはいえ、いつ来るかもわからないエミリアを待っていたとは驚きである。
「どうしてそんなことを……いえ、その前に、セリーナさん、私は来ると分かっていたということは、イリスのことを知っていますのね?」
セリーナは小さく頷く。どういう事情かは分からないが、セリーナの目には涙が浮かんでいた。
「わかりましたわ。まずはセリーナさんのお部屋に案内してくださるかしら?」
「もちろんです。ですが……このまま王城に入るのは危険です。こちらへ」
セリーナに促されるままセリーナの馬車に入ったエミリアは、数分後、セリーナの側仕えのメイドそっくりの姿になって馬車から出てきた。
「すごいですわね……でも、ここまでする必要があったのかしら?」
「どうしたのエミリ! 変な話し方して」
「!?」
まだからこちらに来てから昔に名前を呼ばれるとは思っておらず、エミリアは思わず固まってしまう。それを怒っているのだと勘違いしたセリーナが、耳元で囁いた。
「ごめんなさい、エミリアさん。でも、今は我慢して私の使用人になりきって下さい。名前はエミリです」
「わかましたわ。でも、別に怒っているわけではありませんから安心なさい。んんっ……申し訳ありません、お嬢様」
エミリアの完璧な使用人っぷりに、セリーナは目を丸くする。
「心配掛けないでちょうだいね? それでは、王城に戻りましょう。出しなさい」
セリーナの声で馬車は道から出て王城へと走り出す。エミリアが乗ってきた馬車は、セリーナの使用人が先ほどまでセリーナの馬車が入っていた場所に隠しておいてくれる手筈となっている。
「それにしてもお嬢様、どうしてあのようなところでエミリア様をお待ちになっていたのですか?」
あくまで使用人として話すエミリアに、セリーナも話し方を合わせる。
「そう言えば、あなたには話していなかったわね。今のクレイス様は少し様子がおかしいの。エミリアさんのところのイリスを拘束した時、あの方は私を人質に使ったのよ」
セリーナはシャツのボタンを上から2つほど外し、首元を露出させる。そこには、ロープで縛られた跡が残っていた。
(首にロープの後……穏やかじゃないわね)
「お嬢様を人質に!? ではその傷は……」
「ええ、その時ついたものよ。と言っても、実際に人質になっている間のことは覚えていないの。魔法で眠らされていたみたいでね」
「では、どうして自分が人質になっていたとわかったのですか?」
「状況的にそれしか考えられなかったからよ。私が何故か丸1日眠ってしまった日と、イリスが捕まった日は同じだったわ。起きたら首元にはこの跡があった日が、イリスの捕まった翌日。クレイス様の配下にイリスを捕らえられるほどの手練れはいないわ。私が何かしらの手段で人質になっていたと考えるのが妥当よ」
(確かに、筋は通ってるわね。でも、私との婚約を破棄してまで愛したセリーナを人質になんてするかしら? 私の命令を受けたイリスが、絶対にセリーナを見殺しにしない確信があったとか? 私がセリーナを散々いじめているのを見ていたクレイス様が? 考えにくい気がするけど……)
「エミリアさんが絡むと、クレイス様の様子がおかしくなることはこれまでもあったけど、今回は流石に異常よ。だから、エミリアさんがそのまま王城に入れば、なにをされるかわからないわ」
「だからお嬢様が先に接触してエミリア様の事情を説明するおつもりだったのですね」
「その通りよ。今日もハズレだったけどね」
もちろん嘘である。なぜならセリーナが今話している使用人こそエミリアなのだから。
「ひとまず帰ったらお茶にしましょう。付き合ってくれるかしら?」
「よろしいのですか?」
「ええ。いつものことじゃない。変な子ね。ふふっ」
「申し訳ございません。ふふっ」
門兵を騙し、王城内の憲兵を騙し、何事もなくセリーナの部屋に入った瞬間、セリーナは勢いよく頭を下げた。
「申し訳ありません、エミリアさん! 私、エミリさんにあんな失礼な……」
「だから怒ってませんわ。必要なことだったのでしょう。なら構いませんわ」
「ありがとうございます……」
「それよりセリーナさん、あなた、どうやって自分が眠らされたか、原因は突き止められているのかしら?」
「え? 私が人質にされていた時ですか?」
「そうよ」
「いえ……細かいことは……。おそらく魔法で眠らされていたのだろう、ということしか……」
「わかりましたわ。お嬢様、今から図書館に行きましょう」
「どうしたのですか、突然」
「お嬢様?」
「あっ……どうしたの、急に?」
「私は魔法に明るくありませんから、図書館の方に教えていただきたいことがあるのです。お付き合いいただけますか?」
「わかりました、付き合いましょう」
セリーナと使用人に変装したエミリアは、早足で王城に隣接する王立図書館へと向かった。
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