過労死した研修医、悪役令嬢になる〜1年後に”例の感染症”が流行る世界で一から医学を始めます!〜

上村 俊貴

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33魔法薬

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「おや、セリーナ様ではないですか。お久しぶりです」

「お久しぶりです、ジュード様」

「それと……なるほど、今日は・・・主と一緒なのですね、エミリ」

「はい。今日はお嬢様の付き添いでございます」

(今日は……? ただの使用人が図書館に来たことがあるってこと?)

「ジュード様、今日はジュード様に教えていただきたいことがあって来たのです」

「何でしょう? 私がお教えできることであれば喜んで」

「ありがとうございます。実は、人を眠らせる魔法について知りたいのです」

 セリーナの言葉に、ジュードはスッと目を細める。すぐに柔和な笑みに戻ったジュードは、本棚の間へと歩き出す。セリーナとイリスはジュードについていった。

「人を眠らせる魔法というのは、飲食物に魔法を付与することができます。そして、その魔法を付与されたものを口にしたものを眠らせる。人の身体に影響を与える物質を作れるという意味では、エミリア様が広めている医学で言うところの薬と似ていますね」

 こちらがくわしいことを何も言っていないにも関わらず、ジュードは人を眠らせる魔法そのものではなく、その魔法が食べ物に付与できることから説明する。おそらく、ジュードはイリスの一件を知っているのだろう。

「しかし、この効果については、先日エミリには教えたので、セリーナ様もご存知でしょう。今日はその他に、何が知りたいのですか?」

(エミリは人を眠らせる魔法が食べ物に付与できるって知ってたってこと? このことをセリーナは――)

「ジュード様、エミリがここに来ていたというのは本当ですか?」

(――知らなかったみたいね。ということは、セリーナの指示で調べに来たわけじゃない。ということは――)

「ええ。本当ですよ。ですよね、エミリ? あなたが熱心に人を眠らせる魔法について調べていたのを、私はよく覚えていますよ」

「はい、その節はお世話になりました」

「いえいえ。それで――――」

 ジュードはパチンと指を鳴らす。

「――――メイド姿もお似合いですよ、エミリア様」

「なっ!?」

(もうセリーナ……そんな反応されたら誤魔化せないじゃない……)

「……どうしてわかったのですか、ジュード様?」

「私がエミリア様を見間違えるわけがありません。どれだけ変装しようと、あなたの美しさは隠せるものではありません。この変装であなたをあなたとわからなかった門兵や憲兵は職務怠慢ですね」

 ジュードの褒め殺しに、エミリアはどんどんと俯いていってしまう。

「…………ジュード様? その……嬉しいですが真面目に答えて欲しいですわ」

 エミリアは頬を染めながら、なんとか上目遣いでジュードを見る。

「あははっ、失礼しました。エミリア様がお美しいのは嘘ではありませんが、気がついた本当の理由は、それです」

 ジュードはエミリアの胸の中央を指差す。

「もしかして、以前いただいたペンダントで?」

「ええ。そのペンダントには少しだけ私の魔力が入っているのです。ですから、近づくとわかるのですよ」

「それで……」

「エミリアさん、変装がバレたら……」

 ジュードにエミリアの変装がバレたことに慌てるセリーナに、エミリアは笑った。

「ふふふっ、ジュード様は大丈夫ですわ。それに、何か魔法をお使いになっているのでしょう?」

「流石エミリア様です。魔法はあまりお得意ではないはずなのに、お気づきになるとは」

「ジュード様が何の対策もなく変装している私に話しかけたりしないと信じていただけですわ」

「ありがとうございます。セリーナ様、先ほどこの場所に魔法で結界を張りました。今この中は、物理的にも魔法的にも外からは見えなくなっていますのでご安心下さい」

「そ、そうなのですね……よくわかりましたね、エミリアさん」

「ジュード様ならそれくらいはしてくださると思っていただけですわ。それでジュード様、さっきの話、どう思いますか?」

「そうですね……おそらくですが、セリーナさんを眠らせた犯人は、本物のエミリでしょう」

「そんなっ……どうしてあの子がそんなことを……」

 セリーナは相当ショックを受けたのか、その場に座り込んでしまう。エミリはセリーナと年も近く、姉妹同然に育った使用人だった。

「理由はわかりませんが、セリーナ様がそこまで驚かれるということは、もしかすると人質でも取られているのかもしれませんね」

「人質……」

「セリーナさん、エミリがなぜ裏切ったのかも気になると思いますが、今は、そのエミリが私の変装を知っていることの方が重要ですわ」

「っっ!! そうでした!」

 エミリは、セリーナがエミリアを変装させているのを見ている。さらに、エミリアが乗ってきた馬車を目立たないように隠す事になっていたのもエミリだ。

「つまり、エミリア様が王城に侵入している事が、クレイス殿下に知られてしまうのも時間の問題と言うことですね」

「ええ。その前に陛下にお目にかからないといけませんわ。陛下は私の味方になって下さるはずですわ」

 エミリアが王に謁見するために図書館を出ていこうとした時、王城のほうが騒がしいことに気がついた。すぐさまジュードが魔法で外の様子を確認する。

「どうやら遅かったようです。憲兵達がこちらに向かってきています」

「なんですって!?」

「どうしましょう、エミリアさん!」

(どうするって……どうする!? 私の戦ったりできないんだけど!?)

「ひとまず私について来て下さい」

 エミリアとセリーナはジュードの案内で図書館の奥へと進んでいった。

***

 協力者を名乗る人物からの手紙を受け取った翌日、イリスの夕食には再び手紙が隠されていた。

「またですか……」

『手紙を受け取ってくれてありがとう。もし君がそこから出ることを望むなら、今夜0時にドアの前で待っていてくれ』

 手紙を読み終えたイリスはドアの方を見る。最初に確認した通り、そこにあるのは簡単には壊せそうにない、外からしか鍵の開け閉めができないドアだけだ。

(ドアの前で待っていたからと言って、何ができるというのでしょうか? しかしまあ、他にやることがないのも事実ですが……)

 結局イリスは、素直に自称協力者の指示に従って0時の少し前からドアの前で待つことにした。そして、ちょうど時計が0時を示した時。

「久しぶりだね、イリス。と言っても、君は僕を覚えていないかもしれないけれど」

 ドアの向こうから聞こえてきたのは、どこかで聞いたことがあるような、しかし誰と言われるとわからないような青年の声だった。
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