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待ち合わせ場所と笑顔
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翌日、映画館のある駅の待ち合わせスポットである少女の像の前に美怜は立っていた。
「美怜」
背の高い細身の男が小走りで近寄ってくる。待ち人来たりと美怜は、スマートフォンを操作して流していた曲を止めてイヤホンを外した。
「龍太、待ったよ」
「お前が早い、まだ待ち合わせ時間20分前だぞ」
そう言って顔をしかめる龍太。
龍太は白いTシャツに大きめのネイビーのカラーシャツを羽織って、黒いスキニーを着ていた。切れ長の目に通った鼻筋はイケメンと言って良い部類に入る男である。
「そう? 恵美たちもここで待ち合わせっぽいから、あっちのカフェで様子をみることにする。待ち合わせ時間は13時ね」
「あと1時間半あるじゃないか」
「万が一会ったりでもしたらこまるじゃない。お昼食べつつ待ちましょ。あそこのカフェ、ご飯もおいしいって評判よ」
美怜は返事を待たずに歩き出す。龍太がカフェめしは腹にたまらないなどとぶつぶつ言いながらも後ろをついて行った。
********
「え、うま」
港町のモダンな店という雰囲気のカフェで数量限定のステーキ丼を食べて龍太は思わずといった様子でつぶやいた。
「でしょ? カフェタイムよりランチタイムの方が混んでるの、ここ」
美怜はそう答えながら平皿に盛られた十五穀米のマグロアボカドサラダ丼を口に運ぶ。
特に何を話すわけでもなく、無言の食事の時間が続いた。20分ほどで食べ終え、食後に頼んだお茶とケーキを食べていると龍太は外を見ながら口を開いた。目線は待ち合わせ場所の少女像だ。
「今日はなんだ?」
「智輝くん? 映画?」
「智輝くん」
「研究室の同期、話によると確実に気があるらしいのよ。で春ちゃんが気を利かせて二人きりにしてあげたってところね」
「……春ちゃんとやらは」
龍太の顔が引き攣る。察しがいいといいたげな顔をして、美怜は頷く。
「恵美のことをよく知ってるわ。もちろん、私のこともね」
龍太が大袈裟に顔に手を当てる。
「そいつも愉快犯か」
「あら、愉快犯なんて。あなたと一緒よ」
「積極的に関わるのと、巻き込まれているのとは全然違うだろう。俺は後者、春ちゃんとやらは前者だろう」
「そう? 春ちゃんは優しい子よ、私たちと違ってね」
「智輝くんが哀れでならない」
深くため息をつく龍太。美怜がやり過ぎないようにいつもついて来るこの男は、美怜が一番最初に題材にした男である。
恵美は優しく明るい性格でいつも人に囲まれている。思春期特有の恋愛関係の諍いも多くあったようだ。
告白されたり、嫉妬されたり、理不尽な怒りをぶつけられたりそんなトラブルが恵美の日常だった。
恵美の周りで勝手に巻き起こる色恋沙汰を、恵美は持ち前の鈍感さと寛容さで解決していた。
告白されることも恵美にとってはトラブルのうちであった。
「いままでの関係が変わってしまうのは嫌なの。私はみんなと友達でいたい。みんな恋人の方がいいのかな」
中学三年の3月、妹が告白地獄から解放された卒業式のあと、美怜にこぼした一言は、美怜に『妹には恋愛感情がないのでは』と思わせるに至る最初の事件だった。
それは、妹が高校に入学した半年弱で核心に変わっていた。
そのころに美怜は龍太から「お前の妹を好きになった」と相談を受けたのだ。
思春期真っただ中の男子高校生が同級生の女子にわざわざお前の妹を好きになったから協力してくれ、なんて言ってくるのは、なかなか勇気がいることだっただろうと、美怜は今ならそう思う。
しかし、そんな勇気を出してきた龍太に美怜はあっけらかんと“妹は恋をしない”と告げたのだ。
告白したところで、その恋は実らない。高三の美怜の残酷とも言える言葉を龍太は黙って聞いていた。
しかし、その言葉にも龍太はあきらめず、あの手この手でアプローチをしかけた。美怜もすこし手伝った。
結果、その恋はあっけなく散ったのだ。
義理の感情かなにかか、美怜のところに報告にきた龍太の顔をみたとき、美怜は初めて、消えるしかない恋心をもったいないと思った。
――今、目の前で消えようとする龍太の恋心を残しておきたい。私だけでもすべて知っておきたい。
その一心で、美怜はその日一日を龍太の心情の吐露と愚痴を聞くことに費やした。
美怜はそのままの勢いでその話を題材に恋愛小説を書き、龍太に渡した。
殴られてもしかたないような行為の果てに、今の美怜がいる。
恵美は恋心を受けとることはできない。
美怜は、そんな妹への思いを聞いて小説を書くと決めて、約6年。
妹の振られた人と妹の恋愛を書いた小説は未発表も含めると20を超えた。
――今日聞く妹への恋心はどんなものなのだろう。
美怜も少女像に目線を向ける。
「恵美は、今日も恋人はできないかな」
「そうだろうな、あ、恵美来たが智輝くんはいるか?」
「うーん、あ、いる。今、手を振ってる男の子」
「よし行くぞ、映画、チケットは取ってある。先出てろ、会計しておくから、見失うなよ」
「了解」
智輝の笑顔が美怜にはひどく眩しく映る。彼の目には恵美はどう映っているのだろう。それを彼の言葉で聞いてみたい。美怜はそう思いながら2人を見つめていた。
「美怜」
背の高い細身の男が小走りで近寄ってくる。待ち人来たりと美怜は、スマートフォンを操作して流していた曲を止めてイヤホンを外した。
「龍太、待ったよ」
「お前が早い、まだ待ち合わせ時間20分前だぞ」
そう言って顔をしかめる龍太。
龍太は白いTシャツに大きめのネイビーのカラーシャツを羽織って、黒いスキニーを着ていた。切れ長の目に通った鼻筋はイケメンと言って良い部類に入る男である。
「そう? 恵美たちもここで待ち合わせっぽいから、あっちのカフェで様子をみることにする。待ち合わせ時間は13時ね」
「あと1時間半あるじゃないか」
「万が一会ったりでもしたらこまるじゃない。お昼食べつつ待ちましょ。あそこのカフェ、ご飯もおいしいって評判よ」
美怜は返事を待たずに歩き出す。龍太がカフェめしは腹にたまらないなどとぶつぶつ言いながらも後ろをついて行った。
********
「え、うま」
港町のモダンな店という雰囲気のカフェで数量限定のステーキ丼を食べて龍太は思わずといった様子でつぶやいた。
「でしょ? カフェタイムよりランチタイムの方が混んでるの、ここ」
美怜はそう答えながら平皿に盛られた十五穀米のマグロアボカドサラダ丼を口に運ぶ。
特に何を話すわけでもなく、無言の食事の時間が続いた。20分ほどで食べ終え、食後に頼んだお茶とケーキを食べていると龍太は外を見ながら口を開いた。目線は待ち合わせ場所の少女像だ。
「今日はなんだ?」
「智輝くん? 映画?」
「智輝くん」
「研究室の同期、話によると確実に気があるらしいのよ。で春ちゃんが気を利かせて二人きりにしてあげたってところね」
「……春ちゃんとやらは」
龍太の顔が引き攣る。察しがいいといいたげな顔をして、美怜は頷く。
「恵美のことをよく知ってるわ。もちろん、私のこともね」
龍太が大袈裟に顔に手を当てる。
「そいつも愉快犯か」
「あら、愉快犯なんて。あなたと一緒よ」
「積極的に関わるのと、巻き込まれているのとは全然違うだろう。俺は後者、春ちゃんとやらは前者だろう」
「そう? 春ちゃんは優しい子よ、私たちと違ってね」
「智輝くんが哀れでならない」
深くため息をつく龍太。美怜がやり過ぎないようにいつもついて来るこの男は、美怜が一番最初に題材にした男である。
恵美は優しく明るい性格でいつも人に囲まれている。思春期特有の恋愛関係の諍いも多くあったようだ。
告白されたり、嫉妬されたり、理不尽な怒りをぶつけられたりそんなトラブルが恵美の日常だった。
恵美の周りで勝手に巻き起こる色恋沙汰を、恵美は持ち前の鈍感さと寛容さで解決していた。
告白されることも恵美にとってはトラブルのうちであった。
「いままでの関係が変わってしまうのは嫌なの。私はみんなと友達でいたい。みんな恋人の方がいいのかな」
中学三年の3月、妹が告白地獄から解放された卒業式のあと、美怜にこぼした一言は、美怜に『妹には恋愛感情がないのでは』と思わせるに至る最初の事件だった。
それは、妹が高校に入学した半年弱で核心に変わっていた。
そのころに美怜は龍太から「お前の妹を好きになった」と相談を受けたのだ。
思春期真っただ中の男子高校生が同級生の女子にわざわざお前の妹を好きになったから協力してくれ、なんて言ってくるのは、なかなか勇気がいることだっただろうと、美怜は今ならそう思う。
しかし、そんな勇気を出してきた龍太に美怜はあっけらかんと“妹は恋をしない”と告げたのだ。
告白したところで、その恋は実らない。高三の美怜の残酷とも言える言葉を龍太は黙って聞いていた。
しかし、その言葉にも龍太はあきらめず、あの手この手でアプローチをしかけた。美怜もすこし手伝った。
結果、その恋はあっけなく散ったのだ。
義理の感情かなにかか、美怜のところに報告にきた龍太の顔をみたとき、美怜は初めて、消えるしかない恋心をもったいないと思った。
――今、目の前で消えようとする龍太の恋心を残しておきたい。私だけでもすべて知っておきたい。
その一心で、美怜はその日一日を龍太の心情の吐露と愚痴を聞くことに費やした。
美怜はそのままの勢いでその話を題材に恋愛小説を書き、龍太に渡した。
殴られてもしかたないような行為の果てに、今の美怜がいる。
恵美は恋心を受けとることはできない。
美怜は、そんな妹への思いを聞いて小説を書くと決めて、約6年。
妹の振られた人と妹の恋愛を書いた小説は未発表も含めると20を超えた。
――今日聞く妹への恋心はどんなものなのだろう。
美怜も少女像に目線を向ける。
「恵美は、今日も恋人はできないかな」
「そうだろうな、あ、恵美来たが智輝くんはいるか?」
「うーん、あ、いる。今、手を振ってる男の子」
「よし行くぞ、映画、チケットは取ってある。先出てろ、会計しておくから、見失うなよ」
「了解」
智輝の笑顔が美怜にはひどく眩しく映る。彼の目には恵美はどう映っているのだろう。それを彼の言葉で聞いてみたい。美怜はそう思いながら2人を見つめていた。
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