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ホラー映画好きにとってホラー映画は吊橋になりえるか
しおりを挟むホラー映画「キミノトナリニ」は和製ホラー映画の巨匠による最新作である。
急に亡くなった従姉妹の葬式のあと、主人公の男性のもとにその従姉妹が生前送ったと思われる荷物が届く。日にち指定で男性の誕生日に届くようになっていたその小さな箱を開けると一番上に手紙、そして綺麗にラッピングされたプレゼントが入っていた。
悲しいようなうれしいような気持ちで手紙を開けると「誕生日おめでとうごめん逃げて」と震える文字でかかれていた。不審に思いながら小包を開けるとそれは表紙背表紙中身まですべてが赤黒い謎の本だった。
不気味に思いながらも捨てる気になれなかった主人公はそこから不可思議な恐怖へと誘われていく、というストーリーだ。
「ゾンビものだったらよかったのに」
ポップコーンを買いに並んでいる恵美と今回のターゲットの智輝を視界の端にいれながら、美怜は憎々しげに「キミノトナリニ」のポスターを睨んだ。
「そんな見てると呪われるぞ」
「え、やだ」
明らかに怖がっている様子の美怜を龍太がからかう。しかしその時に視界にポスターをいれてしまい、その顔は少し引き攣っている。
「それより、ポップコーンと飲み物いるか?」
龍太が売店のメニュー看板を指差しながら美怜に声をかける。美怜は眉間にしわを寄せて大袈裟なぐらい唸った。
「飲み物だけ」
搾り出した返答に龍太は少し驚いたような顔をする。美怜は映画にはコーラとポップコーンが欠かせないと常々言っているのだ。
「お昼ご飯食べたばかりじゃない。それにひっくり返すんじゃないかと思って……」
「……確かに」
龍太は何度も頷いて、じゃあ飲み物はコーラでいいよなと言いながら、一応確認といった様子で美怜を見た。
美怜が黙って頷くのをみると、鞄の中から、眼鏡ケースを取り出してシルバーリムの伊達眼鏡をかける。
「それ、いつもかけるけど、変装?」
「あぁ、一応な」
「卒業以来会ってないんでしょ? 意味ある?」
「雰囲気作りだよ、ほっとけ」
そう言うと龍太は飲食物売り場の列の最後尾へ並びにいった。
龍太は石橋を叩いて渡るような慎重さを持つ男である。
恵美たちはちょうど飲み物を買い終えたところで飲み物とバケツのような大きさの紙コップに入ったポップコーンを抱えている。2人は売店の隣の近日公開の映画のフライヤーが並べられた場所で立ち止まるとフライヤーを見ながらなにやら話している。
ここからじゃなにを話しているか聞き取れない。美怜がもう少し近くに行くかと考えていると龍太が戻ってきた。飲み物を2つとジップ付きの袋に入ったポップコーンを持っている。
「これなら落としても被害は少ないと思って。つまむか?」
「いいの? ありがと」
「シアター先に入ったほうがいいだろ? 開いたらしいから行こう」
恵美たちの横をそっと通りすぎ、シアターに入る。席に着くとすぐに2人が入ってくるのが美怜たちにははっきり見えて、2人は映画のフライヤーを見る振りをして顔を隠す。
恵美と智輝は中央のすこし左側の座席に座った。良い席を取ったといっていたのでその辺りだと考えていた美怜たちは最終列右通路よりに席を取っていた。ちょうど二人の様子が見える。
「吊橋効果って覚えてるか?」
シアター内はまだ暗くなってもおらず、人の声でざわつく中、龍太が不意につぶやいた。
「ん? 吊橋とかのドキドキする環境を一緒にすごした人がドキドキを恋愛感情と誤解する、みたいなやつでしょ。それが?」
「いや、智輝くんはそれを知っているのかなと」
渋い顔を隠さずに話す龍太を見て美怜は、龍太が恵美へのアプローチの一つに吊橋効果を狙ったホラー映画鑑賞なんてものを計画していたことを思い出す。
同時に美怜の脳裏に、2人で試しに見たホラー映画で互いにホラーは大の苦手だということが発覚し、計画は頓挫したという苦い思い出も蘇り、美怜も渋い顔になる。
「んー……どうでしょうね。今回は恵美から誘ったものだから、知らないかもしれないわね」
そんなことよりと続ける。美怜は自分の顔が引き攣っているのを感じた。シアターが暗くなる。映画が始まるのだ。
「私たちの無事を祈りましょう」
「……そうだな」
わかっていたことだが、ここから先はホラーが苦手な美怜と龍太にとって地獄である。
「叫ぶなよ」
「そっちこそ」
2人は事前に絶叫を互いの手を思い切りつねることで我慢するという同盟をむすんでいる。
それが効果をなすのかどうかは一時間半たってみないとわからない。
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