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3.容赦ない兄がいるので
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舞踏会の開かれている大広間には多くの人がいるにもかかわらず、静まりかえっている。
兄の周りにいた人々が少しずつ兄と距離をとっているのが見えた。あのあまりにも物騒な顔と気配なら当然だろう。隣にはレイが半分諦めた顔で何かを言いながら腕をつかんでいる。レイも、かわいい妹である私がこんな目に遭っているのを見て、動かないなんてことが兄にできるとは思っていないのだろう。
私は兄を視界に入れつつ平静を装いながらイアンとの会話を続ける。
「理由?」
「えぇ、いきなり婚約破棄なんて……」
「そんなことお前が一番よくわかっているだろう。お前の家の爵位は金で買ったものだ」
「……はい?」
「彼女が教えてくれなければずっと騙されていたところだった」
イアンが腕に巻き付いた令嬢と視線を絡めて笑う。そして二人で私やラクシフォリア家の根も葉もないうわさを並べ立て始めた。
なんだこの茶番は。
確かにラクシフォリア家は、情報に疎い下級貴族からそう言われている。しかし、イアンは腐ってもこの国の王子。それがただの噂であることを知っているはずだ。
そろそろ私も腹が立ってきた。一発殴れば少しは黙るだろうか。そう思って軽くこぶしを握り始めた頃、兄の腕をつかんでいたレイの手は振りほどかれた。兄は迷いのない足取りで王子の前へ歩み出る。
「……これはどういうことでしょう?」
兄の感情を抑えた冷淡な声が会場に響く。
それに答えたのは茶番を繰り広げて悦に浸っていた王子。本来であれば私をエスコートしているはずのこいつは、令嬢を腕に巻き付けたまま兄を睨みつけた。
「お前たちの所業を暴いてやったまでだ。もう二度と俺の前に現れるな。ラクシフォリア家の叙爵に関わった者たちも調査する」
イアンのやかましい声に兄の顔が少しゆがむ。
余計なことを言うなと目配せするが、そんなものが通じるならこのバカ王子はこんな行動を起こさない。
しかし、まさかこんなことをするとは思っていなかった。
私がため息をつくより先に、少し呆れたような表情の兄が首を小さく横にふる。
「……殿下。私の妹、シャーロットとの婚約を破棄すると、そう聞こえましたが」
「あぁ、そう言った。金で爵位を得るような家の娘など、俺の婚約者にはふさわしくない」
イアンの発言に焦っているのは周りだけ。宰相の子息なんて、酒の入った瓶を王子に向かって投げようとして止められている。
見守るしかない貴族たちのどうにかして場を収めてくれという圧を、私は一身に浴びていた。
しかし、隣には言質はとったと言いたそうな、凶悪なまでに美しい笑顔をした兄がいる。
――終わりね。
王子の後ろに、慌てた顔の国王と宰相が見える。来るのが遅い。把握が遅い。何もかもが遅い。
「では、そのように。シャル、帰りましょう。レイ、シャルを頼む」
兄は威圧感たっぷりに長いジャケットの裾を翻し、会場を後にする。
いつのまにか近くにいたレイが私をエスコートしてくれ、その後ろを歩いた。
「お待ちください!!」
焦った宰相の声に足を止め、兄はゆっくりと振り返り、優雅に笑った。私とレイを先に行かせる。
何を言うつもりだろうか。小さな嫌味で済むといいが、無理だろう。脅しのようなことを始めたら止めないといけない。私とレイは示し合わせるまでもなく、歩く速度を落とす。
「我が祖国トリトニアと貴国との友好な関係は、終わりのようですね」
出た言葉は、脅しではなく最終宣告。
そこまで言うか。おもわず、天を仰ぐ。横を見るとレイも同じように額に片手を当てて天を仰いでいた。
「レイ、なんとかしてきてよ」
「……オレはできない」
小声で話す私たちの後ろで兄は静かにとどめを刺した。
「貴国への数々の支援がこんな形で返されるとは、残念です」
誰かのすがるような大声を背に、兄とレイ、私は王城を後にした。
「やりすぎじゃない?」
帰りの馬車に乗り込んだ私がそう言うと、兄はきょとんとした顔をする。
「そうかい? 足りないくらいだよ」
後悔などまったくしていないと顔に書いてある兄の横でレイも満足そうに頷いている。
レイも兄の味方なのか。そう思ってレイの方を向く。
「王族との婚姻を理由に、トリトニアへの支援要求がどんどん大きくなっていたからな。いい機会だったのだろう」
トリトニアの外交官であるレイは、最近王城に呼び出される頻度が多くなっていた。そして、王城で見かけるたびにイアンに絡まれていたのを思い出す。
「……まぁ、建前に使っただけだろうがな」
「そうだね。シャルにあんな事するやつ許せないだろう?」
レイの言葉に兄はよくわかっているなと何度も頷いていた。
兄の周りにいた人々が少しずつ兄と距離をとっているのが見えた。あのあまりにも物騒な顔と気配なら当然だろう。隣にはレイが半分諦めた顔で何かを言いながら腕をつかんでいる。レイも、かわいい妹である私がこんな目に遭っているのを見て、動かないなんてことが兄にできるとは思っていないのだろう。
私は兄を視界に入れつつ平静を装いながらイアンとの会話を続ける。
「理由?」
「えぇ、いきなり婚約破棄なんて……」
「そんなことお前が一番よくわかっているだろう。お前の家の爵位は金で買ったものだ」
「……はい?」
「彼女が教えてくれなければずっと騙されていたところだった」
イアンが腕に巻き付いた令嬢と視線を絡めて笑う。そして二人で私やラクシフォリア家の根も葉もないうわさを並べ立て始めた。
なんだこの茶番は。
確かにラクシフォリア家は、情報に疎い下級貴族からそう言われている。しかし、イアンは腐ってもこの国の王子。それがただの噂であることを知っているはずだ。
そろそろ私も腹が立ってきた。一発殴れば少しは黙るだろうか。そう思って軽くこぶしを握り始めた頃、兄の腕をつかんでいたレイの手は振りほどかれた。兄は迷いのない足取りで王子の前へ歩み出る。
「……これはどういうことでしょう?」
兄の感情を抑えた冷淡な声が会場に響く。
それに答えたのは茶番を繰り広げて悦に浸っていた王子。本来であれば私をエスコートしているはずのこいつは、令嬢を腕に巻き付けたまま兄を睨みつけた。
「お前たちの所業を暴いてやったまでだ。もう二度と俺の前に現れるな。ラクシフォリア家の叙爵に関わった者たちも調査する」
イアンのやかましい声に兄の顔が少しゆがむ。
余計なことを言うなと目配せするが、そんなものが通じるならこのバカ王子はこんな行動を起こさない。
しかし、まさかこんなことをするとは思っていなかった。
私がため息をつくより先に、少し呆れたような表情の兄が首を小さく横にふる。
「……殿下。私の妹、シャーロットとの婚約を破棄すると、そう聞こえましたが」
「あぁ、そう言った。金で爵位を得るような家の娘など、俺の婚約者にはふさわしくない」
イアンの発言に焦っているのは周りだけ。宰相の子息なんて、酒の入った瓶を王子に向かって投げようとして止められている。
見守るしかない貴族たちのどうにかして場を収めてくれという圧を、私は一身に浴びていた。
しかし、隣には言質はとったと言いたそうな、凶悪なまでに美しい笑顔をした兄がいる。
――終わりね。
王子の後ろに、慌てた顔の国王と宰相が見える。来るのが遅い。把握が遅い。何もかもが遅い。
「では、そのように。シャル、帰りましょう。レイ、シャルを頼む」
兄は威圧感たっぷりに長いジャケットの裾を翻し、会場を後にする。
いつのまにか近くにいたレイが私をエスコートしてくれ、その後ろを歩いた。
「お待ちください!!」
焦った宰相の声に足を止め、兄はゆっくりと振り返り、優雅に笑った。私とレイを先に行かせる。
何を言うつもりだろうか。小さな嫌味で済むといいが、無理だろう。脅しのようなことを始めたら止めないといけない。私とレイは示し合わせるまでもなく、歩く速度を落とす。
「我が祖国トリトニアと貴国との友好な関係は、終わりのようですね」
出た言葉は、脅しではなく最終宣告。
そこまで言うか。おもわず、天を仰ぐ。横を見るとレイも同じように額に片手を当てて天を仰いでいた。
「レイ、なんとかしてきてよ」
「……オレはできない」
小声で話す私たちの後ろで兄は静かにとどめを刺した。
「貴国への数々の支援がこんな形で返されるとは、残念です」
誰かのすがるような大声を背に、兄とレイ、私は王城を後にした。
「やりすぎじゃない?」
帰りの馬車に乗り込んだ私がそう言うと、兄はきょとんとした顔をする。
「そうかい? 足りないくらいだよ」
後悔などまったくしていないと顔に書いてある兄の横でレイも満足そうに頷いている。
レイも兄の味方なのか。そう思ってレイの方を向く。
「王族との婚姻を理由に、トリトニアへの支援要求がどんどん大きくなっていたからな。いい機会だったのだろう」
トリトニアの外交官であるレイは、最近王城に呼び出される頻度が多くなっていた。そして、王城で見かけるたびにイアンに絡まれていたのを思い出す。
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