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公爵夫人の幸せな契約破棄
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「……契約を見直してもらえないだろうか」
テーブルをはさんで正面。私の偽の夫であるユーリの言葉に私は顔をあげて彼を見つめる。
「どういうこと?」
私の言葉にユーリは視線を私から外し、言いにくそうに口を開閉させる。
「えっと……」
何度も口ごもり、話が進まない。
「添い遂げたい方が見つかった?」
つい、待ちきれなくなってしまい、口をはさむ。ユーリは小さく首を振る。
「それは、そうなのだが……」
「だったら、契約は破棄ね。今までお世話になりました」
軽く頭を下げる。ユーリがなにやら言いたそうにしているが、手が上がったり下がったりするだけなので、待つのが面倒になってしまった。
「では、出ていく準備をするわね」
「ちょっ……レナ……待ってくれ……」
「どうしたの?」
「あ、えっと、すまない。まとまったら話に行く……」
ユーリがそう言って話すのをやめてしまったので一礼して部屋を出た。まとまったら話に行く。彼が時々使う手段だ。ユーリはおっとりとした性格に口下手なのもあって、せっかちな私と決定的に会話のテンポが合わない。
私が表情から察して言いたいことを先回りしてしまうことも多々あった。
そんな彼と私は契約で結ばれた偽夫婦だった。
侯爵家の長男であったユーリと、伯爵家の次女であった私は高等学園の同期だった。偽の結婚のきっかけは利害の一致と周囲の勘違い。
学生時代特有の色恋沙汰に辟易としていた私と、何もわからないまま泥沼に巻き込まれ疲弊していたユーリが形だけの付き合いを始めた。それがいつのまにか互いに将来を約束している仲という噂に形を変え、双方の家に届いた。あれよあれよという間に婚約は成立。後には引けなくなっていた。
互いに恋愛感情を持たない私たちはかといって別の相手がいるわけでもなく、婚約を受け入れた。
二人で話し合った結果、卒業後私たちは契約を結び、互いに必要な時だけ協力し合う偽の夫婦となった。
私たちの根底にあったのは、いち早く社交界にはびこる縁談やら色恋やらの話から抜け出したい、それだけだった。
侯爵夫人としての仕事はかなりあったが、それ以外は自由にしていた。趣味のお茶だって好きに買わせてもらえている。
なので、この生活はおおむね気に入っていた。1つだけ、後継ぎ問題に目をつぶれば。結婚して2年、子供はまだかと周囲はそわそわしている。しかし、ベッドを共にしていないのだ。そわそわするだけ無駄である。
契約時の取り決めに、誰かを愛したら、速やかに契約の見直しを提案する、というものがあった。ユーリはそれに従ったのだ。
自室に戻り、一息つく。長くは続かないと思っていた偽の結婚だが、ここまで早いとは思っていなかった。
動揺している自分に驚いた。ユーリが人を好きになったのは喜ばしいことだろう。
棚の一番端、美しく彫刻の施された木箱を手に取る。ユーリと二人で出かけたときに買ったものだ。中に入っているのは小さな便せんに書かれた手紙。
ユーリが発動するまとまったら話に行く、は話すのではなく、書いておくが正しい。
小さい便箋に、あの時はこう言いたかった、実はこれはこういう意味だったとあれこれ書いて扉の隙間に差し込んでおくのだ。
契約結婚と言っても全く干渉しないということでもなく、共同生活を送る友人くらいの距離感だった。当然言い争いもたびたび起こっている。せっかちな私とのんびりな彼の言い争いは当然、私の一方的なものになる。すぐにまとまったら話に行くと言われ、便箋が扉に挟まれる。
そこまで待っていると、私も頭が冷えている。そして、向こうも同じなようで、便箋にはごめん、とだけ書いてあることが多かった。私もその手紙を持って謝りに行って円満に終わる。
それでも話し合う必要があるときは、私も手紙で返事を書いた。同じテンポで会話ができない私たちは、手紙を使って無理やり歩調を合わせて会話をしていたのだ。
今思うと並々ならぬ努力である。
そして、それをすべて残してある私も私だ。
彼の流れるような筆跡をなぞる。少々癖のある文字は最初読むのに苦労した。
今では周囲の誰の文字よりも慣れ親しんだ文字だ。これがもう見られなくなるのは少し寂しい気がした。
私は自分が思っていたよりも、ユーリのことが好きだったらしい。
感傷に浸っているとノックで現実に引き戻される。
返事をしても誰も応えない。
もしやと思い、扉をみた。いつもの便箋が挟まっている。
立ち上がって手に取る。きっとこれが最後の手紙だ。
少し泣きそうになるのをこらえながら2つ折りにされた便箋を開く。
『さっきはうまく話せなくて、ごめん。僕が添い遂げたいのは君だ』
飛び込んできた文字に目を疑う。扉を開けて廊下に出ると、ユーリが立っていた。
「ユーリ……」
「契約を破棄して、改めて僕と結婚してほしい。だめかな」
相変わらずの弱気な顔。しかし、目の奥には確固たる思いがあるのを知っている。
「ちゃんと、話してよ」
「うん、ごめん、結局手紙になっちゃった」
口下手は直さないとね。そう言って下を向くユーリ。思わず小さく笑ってしまった。
「……でも、手紙のほうがユーリらしいわね」
私の言葉に、ユーリが顔をあげた。目を丸くしているユーリの顔をみてどうしようもなく愛しさを感じる。
「契約破棄しましょう。私も、あなたと添い遂げたいわ」
私が笑うと、ユーリは嬉しそうに私を抱きしめた。
******
私の夫が、紙に文字を書いている。書き終えるとこちらに向きを変えて私の前に置かれた。
「この子の名前なんだけど……」
流れるような線の癖字。誰よりも慣れ親しんだ、彼の文字。
愛しい子の名前。彼が一番最初に送る我が子への手紙だった。
「いいわね」
私は文字を指でなぞり、すぐそばで眠る我が子の名前を呼んだ。
テーブルをはさんで正面。私の偽の夫であるユーリの言葉に私は顔をあげて彼を見つめる。
「どういうこと?」
私の言葉にユーリは視線を私から外し、言いにくそうに口を開閉させる。
「えっと……」
何度も口ごもり、話が進まない。
「添い遂げたい方が見つかった?」
つい、待ちきれなくなってしまい、口をはさむ。ユーリは小さく首を振る。
「それは、そうなのだが……」
「だったら、契約は破棄ね。今までお世話になりました」
軽く頭を下げる。ユーリがなにやら言いたそうにしているが、手が上がったり下がったりするだけなので、待つのが面倒になってしまった。
「では、出ていく準備をするわね」
「ちょっ……レナ……待ってくれ……」
「どうしたの?」
「あ、えっと、すまない。まとまったら話に行く……」
ユーリがそう言って話すのをやめてしまったので一礼して部屋を出た。まとまったら話に行く。彼が時々使う手段だ。ユーリはおっとりとした性格に口下手なのもあって、せっかちな私と決定的に会話のテンポが合わない。
私が表情から察して言いたいことを先回りしてしまうことも多々あった。
そんな彼と私は契約で結ばれた偽夫婦だった。
侯爵家の長男であったユーリと、伯爵家の次女であった私は高等学園の同期だった。偽の結婚のきっかけは利害の一致と周囲の勘違い。
学生時代特有の色恋沙汰に辟易としていた私と、何もわからないまま泥沼に巻き込まれ疲弊していたユーリが形だけの付き合いを始めた。それがいつのまにか互いに将来を約束している仲という噂に形を変え、双方の家に届いた。あれよあれよという間に婚約は成立。後には引けなくなっていた。
互いに恋愛感情を持たない私たちはかといって別の相手がいるわけでもなく、婚約を受け入れた。
二人で話し合った結果、卒業後私たちは契約を結び、互いに必要な時だけ協力し合う偽の夫婦となった。
私たちの根底にあったのは、いち早く社交界にはびこる縁談やら色恋やらの話から抜け出したい、それだけだった。
侯爵夫人としての仕事はかなりあったが、それ以外は自由にしていた。趣味のお茶だって好きに買わせてもらえている。
なので、この生活はおおむね気に入っていた。1つだけ、後継ぎ問題に目をつぶれば。結婚して2年、子供はまだかと周囲はそわそわしている。しかし、ベッドを共にしていないのだ。そわそわするだけ無駄である。
契約時の取り決めに、誰かを愛したら、速やかに契約の見直しを提案する、というものがあった。ユーリはそれに従ったのだ。
自室に戻り、一息つく。長くは続かないと思っていた偽の結婚だが、ここまで早いとは思っていなかった。
動揺している自分に驚いた。ユーリが人を好きになったのは喜ばしいことだろう。
棚の一番端、美しく彫刻の施された木箱を手に取る。ユーリと二人で出かけたときに買ったものだ。中に入っているのは小さな便せんに書かれた手紙。
ユーリが発動するまとまったら話に行く、は話すのではなく、書いておくが正しい。
小さい便箋に、あの時はこう言いたかった、実はこれはこういう意味だったとあれこれ書いて扉の隙間に差し込んでおくのだ。
契約結婚と言っても全く干渉しないということでもなく、共同生活を送る友人くらいの距離感だった。当然言い争いもたびたび起こっている。せっかちな私とのんびりな彼の言い争いは当然、私の一方的なものになる。すぐにまとまったら話に行くと言われ、便箋が扉に挟まれる。
そこまで待っていると、私も頭が冷えている。そして、向こうも同じなようで、便箋にはごめん、とだけ書いてあることが多かった。私もその手紙を持って謝りに行って円満に終わる。
それでも話し合う必要があるときは、私も手紙で返事を書いた。同じテンポで会話ができない私たちは、手紙を使って無理やり歩調を合わせて会話をしていたのだ。
今思うと並々ならぬ努力である。
そして、それをすべて残してある私も私だ。
彼の流れるような筆跡をなぞる。少々癖のある文字は最初読むのに苦労した。
今では周囲の誰の文字よりも慣れ親しんだ文字だ。これがもう見られなくなるのは少し寂しい気がした。
私は自分が思っていたよりも、ユーリのことが好きだったらしい。
感傷に浸っているとノックで現実に引き戻される。
返事をしても誰も応えない。
もしやと思い、扉をみた。いつもの便箋が挟まっている。
立ち上がって手に取る。きっとこれが最後の手紙だ。
少し泣きそうになるのをこらえながら2つ折りにされた便箋を開く。
『さっきはうまく話せなくて、ごめん。僕が添い遂げたいのは君だ』
飛び込んできた文字に目を疑う。扉を開けて廊下に出ると、ユーリが立っていた。
「ユーリ……」
「契約を破棄して、改めて僕と結婚してほしい。だめかな」
相変わらずの弱気な顔。しかし、目の奥には確固たる思いがあるのを知っている。
「ちゃんと、話してよ」
「うん、ごめん、結局手紙になっちゃった」
口下手は直さないとね。そう言って下を向くユーリ。思わず小さく笑ってしまった。
「……でも、手紙のほうがユーリらしいわね」
私の言葉に、ユーリが顔をあげた。目を丸くしているユーリの顔をみてどうしようもなく愛しさを感じる。
「契約破棄しましょう。私も、あなたと添い遂げたいわ」
私が笑うと、ユーリは嬉しそうに私を抱きしめた。
******
私の夫が、紙に文字を書いている。書き終えるとこちらに向きを変えて私の前に置かれた。
「この子の名前なんだけど……」
流れるような線の癖字。誰よりも慣れ親しんだ、彼の文字。
愛しい子の名前。彼が一番最初に送る我が子への手紙だった。
「いいわね」
私は文字を指でなぞり、すぐそばで眠る我が子の名前を呼んだ。
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